イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に徹底解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第7回では、アルベルト・アインシュタインやフィンセント・ファン・ゴッホら歴史に名を残す天才と発達障害の関係を取り上げます。 =敬称略

 イーロン・マスクとビル・ゲイツが自閉症スペクトラム障害(ASD)の特性により、対人関係に苦労する一方で、驚異的な集中力を生かしてイノベーションを生み出してきたことを前回の記事『マスクとゲイツが告白した発達障害 困難を「最強の武器」に変える天才の思考』では紹介しました。

 このような発達障害の特性は、マスクやゲイツのようなイノベーターに限らず、世界の歴史に名前を残すさまざまな天才たちに見られるものです。今回の記事では、科学や芸術、思想などの分野で傑出した業績を生んだ天才たちと発達障害の関係を読み解きます。

 発達障害と天才的な才能との関係性を指摘する研究者は少なくありません。例えば、発達障害に詳しい精神医学者の岩波明は著書『天才と発達障害』でこう述べています。

 「天才たちの能力が、何らかの発達障害や精神疾患と結びついていることは珍しくない。過去には『天才とは狂気そのもの』とする学説も精神医学界には根強くあり、イタリアの精神科医(チェーザレ・)ロンブローゾがその代表例としてあげられる」

 「芸術家や科学者においては、発達障害などが伴っているケースは稀ではない。それどころか、むしろ発達障害の特性が創造性を生み出したようにも思えることもある」

 この本によると、進化論の祖として知られるチャールズ・ダーウィンや現代物理学の基礎を築いたアルベルト・アインシュタイン、哲学の巨人ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインらもASDの特徴を持っていたそうです。『天才と発達障害』は世界的な多くの天才を取り上げて、発達障害との関係を読み解いた素晴らしい本です。

 「歴史に残る何かを成し遂げた人や、大きく世の中の仕組みを変える働きをした『天才』たちをみてみると、どこか尋常ではない、過剰な集中力を持っていることが多い。普段はいくらか、あるいはかなりずぼらであったとしても、特定の一点になると、見違えるほどの能力を発揮し、常人とはまるで異なるパワーで物事を成し遂げてしまうのである。このような『異脳』の人たちにおいては、本人の能力が飛びぬけてすぐれていることはもちろんであるが、彼らのもつ過剰な集中力が発達障害など何らかの精神的な特性と関連していることは珍しくはない」と岩波は指摘しています。

 米国の著名な精神医学者で統合失調症研究の世界的権威であるナンシー・C・アンドリアセンが著した『天才の脳科学 創造性はいかに創られるか』によると、創造的な人には以下のような特徴があるそうです。

 「創造的な人々は繰り返し拒絶を受けても、やり通す能力をもっている。やり通すということは欠かせない。なぜなら創造的な人々は境界を乗り越え、新しい見方をする傾向があるので、繰り返し拒絶されるのが普通だからである」

 「創造的な人々は非常に好奇心に富んでいる傾向がある。どうやってとか、なぜとかを理解すること、ばらばらにしたものをもとに戻すこと、通常の社会では隠されあるいは禁じられるべきであるとされる精神や魂の領域にまで入り込むことを好む」

 「彼らの好奇心には迫力があり、エネルギーに満ちている。ひとたびある構想や問題に夢中になると、執拗に取り組む」

スピノザやゴッホも発達障害

 天才と発達障害の関係を理解するためには、アイルランドの精神医学者マイケル・フィッツジェラルドが著した『天才の秘密 アスペルガー症候群と芸術的独創性』という書籍も大変参考になります。アスペルガー症候群に関する先人たちのさまざまな研究を丁寧に読み解いた俯瞰的な本で、さまざまな人物の事例が豊富だからです。

 例えば、17世紀の偉大な哲学者で『エチカ』を著したオランダのスピノザは、自己中心的で過敏であり、世間とずれていて社会不適応、限られた対象にしか興味関心を示さない、といったアスペルガー的な特徴が見られました。一般的な常識に欠ける一方で、驚くほど独創的な考えを生み出す能力があり、信仰の対極にある哲学的自由や、個人的な神の対極にあるものとして、自然と同一の神という考えを提示しました。

 フィッツジェラルドは、スピノザが「自閉症モードにある哲学者だった」と述べ、社会の権威や規範、対人関係を気にせず、純粋に哲学に集中した結果、突出した成果を挙げられた、と指摘しています。

 「ひまわり」で知られるオランダ出身の天才画家フィンセント・ファン・ゴッホも、社交上の障害が見られたほか、自身にも他者にも一定の習慣を強要し、狭い範囲の関心事にすべてを忘れて没頭する人物でした。風景や色に魅了されることを含めて、アスペルガー症候群の傾向があり、「ゴッホが異常なまでにこの特徴を示しているのは明らかで、その上に、それを表現するだけの非凡な才能も持ち合わせていたのである」とフィッツジェラルドは述べています。

 フィッツジェラルドの見解をまとめると、アスペルガー症候群の人には次のような共通点が見られます。

 まず常識にこだわらないため、誰もが当然だと思っている前提を疑う傾向があることです。さらに社会的な評価や地位、承認よりも、正しいか、美しいか、一貫しているかなどを重視します。このように社会的な評価から自由になって思考できる傾向がイノベーションを可能にしているとも言えそうです。

アスペルガー症候群と独創性の関係をロマン化するのは危険

 ただ、アスペルガー症候群と芸術的独創性の関係を「ロマン化」するのは危険です。フィッツジェラルドによると、多くのアスペルガー症候群の当事者は、苦しさや孤立、疎外感を抱きながら生きており、失業するなど生活面で困窮するケースも目立つからです。アスペルガー症候群の人が社会的に活躍できなかった場合は、歴史に記録されることもありません。

 社会性が低かったマスクやゲイツも人間関係に苦労しましたが、アスペルガー的な特徴と稀有な才能を理解してくれる人と出会ったことが救いになりました。

 フィッツジェラルドの研究を踏まえると、アスペルガー症候群のイノベーターは「社会的に不器用なまま、世界の前提を書き換えることをやめなかった人」と言えそうです。世界を“異なるOS(基本ソフト)”で見る脳を持つイノベーターは、ときに世界そのものを書き換えます。

権威に対して反抗的で、教師に不遜な態度を取ることが多く、空気を読まない発言が多かったアルベルト・アインシュタインにはASDの特徴が見られると研究者は指摘する(写真:ALBUM/アフロ)
権威に対して反抗的で、教師に不遜な態度を取ることが多く、空気を読まない発言が多かったアルベルト・アインシュタインにはASDの特徴が見られると研究者は指摘する(写真:ALBUM/アフロ)

日経ビジネス電子版 2026年4月7日付の記事を転載]

天才になれなくても、天才の思考法は誰でも学べる。イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才イノベーターの成功は「思考の型」から生まれています。『天才思考』では、第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に詳細に解剖します。

山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)