(インタビュー写真:今 紀之)
(インタビュー写真:今 紀之)

※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。当コラムには同書のベースとなった日経ビジネス電子版の記事をセレクトして転載しています。その第2回。

 前回、書店冬の時代に、書店を愛している人たちの力をもう一度集結させるビジネスモデルが「シェア型書店」だと、今村さんはおっしゃいました。

シェア型書店とは
シェア型書店とは
「シェア型書店」:「貸し本棚屋」「棚貸し書店」などとも呼ばれる本の販売業態。店舗のオーナーが30センチ四方ほどの本棚を個別に貸し出して、その賃貸料で主な収益を得る。オーナーが仕入れ・販売にかかわることなく本を売る新しい書店の仕組みとして注目されつつある。(図:ほんまる)
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 この「シェア型」モデルの優位性は、どのあたりにあるのでしょうか。

今村翔吾さん(以下、今村):戦国時代にたとえると、毛利家が治めていた土地の半分を豪族たちに任せて、その豪族と連合して「一緒に国を守ろうぞ」といった、「唐傘連判状」のイメージじゃないかと思っています。

今村翔吾(いまむら・しょうご)
今村翔吾(いまむら・しょうご)
作家、書店経営者 1984年、京都府生まれ。関西大学文学部卒業。ダンスインストラクター、作曲家、滋賀県守山市の埋蔵文化財調査員を経て、2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。18年『童神』(後に『童の神』に改題)で角川春樹小説賞、20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。「くらまし屋稼業」シリーズ、『幸村を討て』『茜唄』『戦国武将伝 東日本編/西日本編』などベストセラー多数。21年に大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」を事業継承。22年に一般社団法人「ホンミライ」を設立。23年、佐賀市に「佐賀之書店」を新規出店。24年3月からシェア型書店の「ほんまる」プロジェクトをスタート。4月に東京・神田神保町に1号店を出店予定。(写真提供:今村翔吾事務所。全国47都道府県の書店、学校、公民館を回る「今村翔吾のまつり旅」中のカット)
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 毛利家はそれで領地の運営リスクを減らしつつ、領土を守って、さらに発展させることができる。全部の権益を握るのではなく、共存の仕組みをつくることで、毛利家は力を蓄えた。

 持てる者が場所を用意し、有為の出店者を募って共に栄える。いい仕組みのように思えますが、なぜ、これまで採られてこなかったのでしょう。

今村:逆に言うと、書店業界にシェア型、棚貸し、という業態が出てきたということは、この業界がよほど追い詰められているという証左でもあると思います。

 確かに既存の業態だけで儲かるなら、他の力を借りる必要はありませんね。

今村:そして前回申し上げたように、書店ビジネスは新規参入したり継続したりするのが意外に難しく、新しいアイデアがなかなか出てこないわけです。

 でも、儲けるのは難しいけれど、本屋さんを愛する人、自分でやりたい人は、実はたくさんいる。

 これって、個人が書店を持つまでのハードルがあまりにも高すぎるからで、そこらへんに市場に埋めがたいギャップがあるということです。

 初期投資で1000万円以上が必要だったり、独特の商習慣があったりして、在庫管理だけでも大変だ、と前回に伺いました。

今村:そう、やりたい人とビジネスの間がかけ離れていて、その間をつなぐ仕掛けがなさすぎるんです。

今村:前回の繰り返しになりますが、僕は、本屋さんは町に絶対必要な存在だと思っています。シェア型書店の仕組みを通して、本好き、本屋さん好きの人たちが、いわば「ミニ本屋さんの経営」を楽しんでくれて、そこから「本当に書店を経営してみたい」という人が出てきたら、サポートできる仕組みまで整えていきたい。

 町の本屋さんを復興できる人を育てる。それがこのプロジェクトのゴール設定なんですね。

今村:だからこそ、シェア型の業態を一時の流行にしないで、ここでしっかりとつくり上げることが必要だと思っているし、それに取り組むことにワクワク感もあるんですよ。

PLもBSもキャッシュフローも見ています

 今村さんは本業の小説で、若くして直木賞、吉川英治文学新人賞、山田風太郎賞などなどメジャーな賞を総なめにされています。現在もレギュラーの連載、執筆が4本。それだけではなく、テレビやラジオにも定期的に出演されています。さらに書店も2店、経営されています。よく、こんなことを考えて、ビジネスとして動かすだけの時間がありますね。

今村:僕は作家であるとともに、もともとビジネス的な人間だと思うんです。22年には本にまつわるプロジェクトを行う一般社団法人「ホンミライ」を設立して代表理事に就任しました。自分の事務所の経理についても、PL(損益計算書)、BS(貸借対照表)、キャッシュフローを月に1回、スタッフと一緒に必ず確認しています。

 作家というと、無頼だったり、浮世離れしたり、というのが前世紀のステレオタイプですけれど、それとはだいぶ違います。

今村:それは僕が育った家の環境が影響していると思います。僕の父親は教師だったのですが、1997年にダンスチームを創設して、ダンス事業やライブ活動を通じて若い世代を育成。後に起業した人なんです。

 僕もその活動にずっと関わっていて、舞台に立ちつつ、生徒を教え、さらに会社の経営も行っていましたので。

 今村さんの「前職・ダンスインストラクター」という経歴を見て「?」でしたが、そういうことだったのですね。

今村:そのような経営視点で書店ビジネスを見てみると、従来型の本屋さんは厳しいけれど、シェア型書店の形なら勝算があるな、と思い至ったわけです。

 今村さんという人間が持つ執筆と経営のリソースの配分は、どのようになっているのでしょうか。

今村:おかげさまで僕の本はデビューしてからずっと、右肩上がりで読者の方に読まれています。本当にありがたいことです。時間の使い方でいうと、とにかく移動中でも何でも、ずっと書いていますね。車の中で書く、飛行機の中で書く、フェリーでも書く、ジェットボートでも書く。極論、歩いている時でも書きます。

 歩きながら?

今村:外で人と待ち合わせして、約束の時間まで15分あったら、片足を縁石とかに上げて、そこにパソコンを乗せてこう、カタカタと。自転車に乗っている時以外、全部書けます。

約120日間で日本全国の書店などを回る「まつり旅」の最中は、車内でも執筆していた(写真提供:今村翔吾事務所)
約120日間で日本全国の書店などを回る「まつり旅」の最中は、車内でも執筆していた(写真提供:今村翔吾事務所)

 ……その執筆とは別にビジネスのスキームも考えているわけじゃないですか。

今村:それは風呂の中でやっています(笑)。

 お風呂の中は確かに書きにくそうですが。

今村:浴槽にパソコンを落としたら、さすがにダメージがでかすぎるでしょ(笑)。ですから、風呂とかトイレとかの時間はビジネスを考えることにしています。

 頭の中はずっと稼働しているということですか。

今村:僕のアタマの中には作家脳とビジネス脳というCPUが2つありまして、片方が休んでいると片方がガッと起動する、みたいな感じで交互に使っています。お風呂に入りながら、「あの立地やったら、坪なんぼまででいけるやろうか」なんて、出店戦略を考えること自体が楽しいんです。僕が住んでいる滋賀だったら、彦根かな、いや長浜の黒壁スクエアとかに出た方がええかな、とか。たぶん秀吉も風呂に入りながら、あの城はどうやって落とせばええねん、なんてやっていたと思うんですよね。

神保町に出しておしまい、では意味がない

 ビジネスにはリスクも付き物ですよね。シェア型書店の仕組みには、どんなリスクがあると考えていますか。

今村:そうですね。この形が「行ける、儲かる」となったら、あっという間にレッドオーシャン化するところが第一にあるでしょうね。簡単に言えば、ハコ(物件)を借りて、棚を置けば誰でもできる業態ですから。

 ただ僕は、レッドオーシャン化は、別に問題だとは思っていないんです。むしろ、みんなが注目して、書店業界、出版業界以外からも参入が増えるのは、市場の広がりになるからOKやと思う。ですが、儲け主義で本の価値を二の次にしたり、過剰出店や価格競争が起きて破綻する店、借金を負う人が増えたり、といった事態になることを恐れています。

 近年の高級食パンブームみたいな感じでしょうか。

今村:シェア型書店は小っさい業界ですが、だからこそ、関連する業界とともに、「これがモデルケースや」と言えるだけの形を一気通貫でつくってしまわないとあかんと思っていて。東京の神保町に出して、話題をつくって、ちゃんちゃん、じゃなくて、適切な経営形態を分析しながら、全国に広げていきたいんです。

 先行するシェア型書店の経営者にお会いしたことはありますか。

今村:いろいろ研究する中で、お会いしたところもありますし、パンフレットを頂いたところもあります。棚を貸すと一言で言っても、現状ではオーナーによってさまざますぎて、経営のフォーマット、と言えるようなものはまだありません。

 僕らもワン・オブ・ゼムではあるんですが、このままあちこちに乱立していくと、ものすごく面白いスタイルなのに、「シェア型書店」というものの基本的なイメージが何もできないまま、どこかで衰退していきそうな危機感は感じています。だからこそ、幅広く門戸を開くものをつくらなあかんと思っていて。

 せっかく革命が起こりつつあるのに、ある程度まとまって数の力が出ないと、影響力もしぼんでしまう。

今村:そう、「あちこちで一揆が起きているのに、ばらばらのままで個別に鎮圧されて、歴史の波間に消えていく」……というパターンに落ちてはいけないな、と。

 そうではなくて、最初は一家だけで立っていた楠木正成が、全国の武士をうまいことまとめて鎌倉幕府を倒した、と、そういうパターンにもっていきたいんです。

 倒幕後のイメージはどうなるのですか?

今村:旗印はなんといっても町の本屋さん復活です。「ほんまる」でしっかり儲けられるモデルをつくって、儲けが出たら、棚主さんにセミナーを開き、有志、あるいは投資して独立できる人を増やし、出版業界、書店業界に還元して、いい対流を起こしたい。資金面や運営面、ネットワークづくりなどを応援する。小さな棚一個から一つの店ができていくまでを支援したいんです。

 「ほんまる」はフランチャイズ化も考えていますか。

今村:考えています。そうなった場合、地域性や人口、年齢層、市場の特性など、それぞれに違う条件の中でも、全国的に耐えられるブランディングをしないとあかんでしょう。

 誰にも愛されるようなロゴであったり、ブランドイメージであったりと、そういう世界をつくり出してくださる方の力が絶対に必要だと、そこは真剣に思っていました。で、それは自分にはできない。だったらもう佐藤可士和さんしかいないと思い詰めて、可士和さんに手紙を書きました。

 手紙で?

今村:はい、手紙で。

「無理だよね」と笑いつつ便箋に綴った“直訴状”

 誰の紹介も経ないで、ですか?

今村:はい、ぶっつけ本番です。実は可士和さんが1回だけ、僕の本を産経新聞の書評で取り上げてくださったんです。

(インタビュー写真:今 紀之)
(インタビュー写真:今 紀之)

 佐藤可士和さんが書かれたということ以上に、その内容が書き手の僕に響くもので、そのことがすごくうれしくて。僕の勝手なイメージですと、可士和さんはクールで、しゅっとしていて、都会的で、合理的で……という思い込みがあったんですよ。

 ところが書評の文章には、情熱とか情念とか、僕の持っていたイメージとは真逆なものがこもっていて。僕自身、文章を書く人間なので、その熱が分かるんですよ。その時のうれしさがずっと胸の内にあって、そうだ、手紙を書いてお願いしよう、と。それを聞いたスタッフはみんな、「無理、無理」って笑っていて、僕自身も無理、無理、無理、無理、みたいに思っていた(笑)。

 で、書いたと。

今村:はい、「オレは行動の男やから」といって、書きました。直訴状か、というくらいに長い手紙を。便箋に13枚くらいやったでしょうか。

 それこそ坂本龍馬が「どうしてもこの方にお会いして、お伝えしたい」と、松平春嶽に手紙を書いたのと同じ気分になって。一所懸命に書き進めたけれど、8枚目でしくじったから、また1枚目から書き直そう、というように。

 なんて初々しいのでしょう。

今村:手紙を出した後は1カ月待って、お返事がなかったら、やはりこれは暴挙であった。佐藤可士和さんに失礼なことをしてしまったということで、自分たちでやり直そうと考えていました。そうしたら忘れもしません、出張先の函館で「可士和さんからご連絡をいただいた」という話がスタッフから来て、松前城の前で可士和さんにお電話をさせていただいたんです。

 僕、その時、手が震えていましたね。それで、まずは一度会いましょうということになって。

 そこまでこぎつけても、「すばらしい試みですね。どうか頑張ってください」と、励まされて終わることは、よくありますよね。

今村:そもそも、会っていただくだけでも過分なことでしたし、「できることがあるなら、やりますよ」ぐらいを言っていただき、やんわりと終わるかなあ、とも思っていたのですが「分かりました。じゃあ、やりましょう」と。可士和さんはすぐに行動に移してくださった。そのパワーがすごくて、僕らの方がうかうかしてられへんぞと、いう感じで話が進んでいきました。

 お会いしたのはいつだったのですか。

今村:去年(23年)の10月です。それで、年明けには「ほんまる」のロゴ、本棚、空間、グッズ類について、完璧に近いプレゼンテーションをしていただいていました。

 速っ! スピード感が違いますね。

いつかは死ぬ、1分1秒もムダにしたくない

今村:僕も決断が速い人間ですが、そんな僕から見ても可士和さんのスピード感と決断は異次元でした。

 僕は39歳で、作家業界ではまだまだ若いといわれていますが、いつかは死ぬわけで、その中で1分1秒でもムダにしたくない。それは自分のためというより、少しでもこの出版業界、本にまつわる世界を前に進めたい、という思いがあるからなんです。

 大阪郊外で破綻した書店の事業継承をした時も、たった一人で何ができんねん、と陰口をいわれましたが、そういうのはすでに聞き慣れていて、もうどうでもいいんです。

 ただ歴史小説家として、織田信長、坂本龍馬、高杉晋作らと対峙する中で、たった一人、誰かが始めたことが歴史をつくっていくことを僕は知っている。織田信長が斃(たお)れた後に、秀吉みたいな人物が出てくることも知っている。だから、一歩でも進めておきたくて、その速度感というのも、とっても大事なんです。

 佐藤可士和さんがデザインされた「ほんまる」1号店は、一つひとつの棚だけでなく、全体が発信装置というとらえ方で、来店するお客さんだけに留まらない、マスマーケティングの発想が込められていますね。

シェア型書店「ほんまる」の個人向け入居ガイドから(提供:ほんまる)
シェア型書店「ほんまる」の個人向け入居ガイドから(提供:ほんまる)

今村:そこなんです。狭い趣味の世界ではなくて、マスに届くことが、シェア型書店の未来を決める。可士和さんは「(全体を)ショッピングモールのように考えてデザインしました」と、おっしゃっていました。

 モールを歩いて、いろいろなお店を見るワクワク感を、デザインに込めておられるんですよね。ショッピングモールというキーワードを聞いた時、「ああ、それや」と心から納得しました。

 今、シェア型書店というムーブメントが起きている。その中で、この形が持つ可能性を考えて、いちばん遠くまで見ているのは、もしかしたら僕かもしれん、という自負はあるんです。ただ、僕だけがエンジンになってそこまで行くには、ガソリンが足らんし出力も上げる必要がある。となると、もう一人、ロケットみたいなスーパーチャージャーが必要だ、と。そこで可士和さんにお願いした。

 このモデルは、可士和さんにはすぐ理解してもらえましたか。

今村:可士和さんも最初、「シェア型書店って何ですか?」みたいなところから始まって、僕が一所懸命説明をして、途中からむしろ可士和さんの方がノリノリになってくださって。お話ししていて思ったのは、きっとこの方は世の中がチェンジしていくことが、すごく好きなんだろうな、ということでした。僕もまったく同じなんです。ゼロからイチを生み出していくことが、本当に面白いんです。

(次回に続きます。「ほんまる」のプロジェクトを受けた経緯を、佐藤可士和さんにインタビューします)

日経ビジネス電子版 2024年3月18日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)