(写真:大槻純一、以下同)
(写真:大槻純一、以下同)

「シェア型書店で書店復興を図るなら、プロジェクトのターボチャージャーとして、この方に頼むしかない」。そう思い詰めた作家・今村翔吾氏から協力を求める熱い手紙が届いたクリエイティブディレクター、佐藤可士和氏は、突然の依頼をどう受けとめたのでしょうか。 ※日経ビジネス電子版の連載企画「書店再興」を基にした新刊『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』が2026年3月27日に発刊しました。当コラムには同書のベースとなった日経ビジネス電子版の記事をセレクトして転載しています。その第3回。

 シェア型書店「ほんまる」のクリエイティブディレクションは、まさに飛び込みの依頼だったと思います。大変多忙な佐藤可士和さんが、なぜこのプロジェクトをお受けになったのか。そこから、伺っていければと思います。

佐藤可士和さん(以下、佐藤):僕の仕事はブランド戦略を概念から、2次元、3次元まで幅広く組み立てて、トータルに実現していくことです。企業がクライアントの場合、最終的なアウトプットは当然、売り上げになるわけですが、そこに社会課題の解決が伴っている必要があることを、特に最近は痛感しています。

 企業として売り上げを上げようとすると、社会課題の解決がセットになっていることが多い、ということですか。

佐藤:僕自身も、仕事の焦点は、いかにカッコよくデザインするかではなく、いかに世の中の役に立つか、そこを最重要に考えています。その中で、今村翔吾さんからいただいたお手紙が、僕の考えと合致していたんですね。

佐藤可士和(さとう・かしわ)
佐藤可士和(さとう・かしわ)
クリエイティブディレクター 1965年、東京都出身。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業後、博報堂を経て2000年に「SAMURAI」を設立。ユニクロ、楽天グループ、セブン&アイグループなどのブランド戦略、国立新美術館のシンボルマークデザイン、「ふじようちえん」「カップヌードルミュージアム」のトータルプロデュースなどを手がける。『佐藤可士和の超整理術』など著書多数。京都大学経営管理大学院特命教授

佐藤:発端は今村さんがインタビューでお話しされている通りで(「『BSもPLも見てます』経営する作家・今村翔吾氏が考える書店ビジネス」)産経新聞の書評欄で僕が今村さんの『茜唄』を紹介したことでした。

 普段、あまり歴史小説は読まないのですが、今村さんの作品は『茜唄』に限らず、ドライブ感、グルーヴ感があって、読み始めたらやめられなくなります。

 重量感と同時に軽快なリズム感もある歴史小説ですよね。

佐藤:そうそう、ページをめくる手が止まらなくなるでしょう。その力量に圧倒されていたのですが、その今村さんがX(旧ツイッター)で僕の書評を喜んでくださっていると、マネージャーから聞いていて、僕もうれしかったんです。

 そうしたら次に、あ、手紙が来た、ということになり、「何だろう?」と拝読したら、書評へのお礼と、書店が絶滅の危機にあることに対する、作家としての問題意識がつづってありました。

 可士和さんご自身も、書店には思い入れがおありですか。

佐藤:僕も本が好きですので、今村さんの問題意識はとても共感できることでした。僕の場合、小説やビジネス書だけじゃなくて、画集や写真集のようなビジュアル本を探すことも好きで、そういう本はやっぱり本屋さんでぶらぶらしながら「出会う」ことが大事なんです。

 もちろんネット書店には別の便利さがありますが、未知の刺激をもらって、クリエイティブのベースにもなるような本は、体験を伴いながらの出会いが大切だと思っています。

佐藤可士和が引き受けた理由

 それにしても、じゃあ可士和さんに熱い思いで手紙をつづれば、お仕事を受けてくださる……なんてことはないですよね?

佐藤:まあ、そうですよね(笑)。

 今村さんによると便箋13枚にしたためたということですが、そんな量の直筆の手紙って、読むのがしんどくないですか?

佐藤:いや、その手紙が素晴らしかったんですよ。達筆で、文章がめちゃくちゃうまくて、それこそ小説のように、どんどん先を読んでいきたくなる。それで、読んでいくうちに、心が動かされていくんです。

 手紙の文言の中に、こういう表現があって共感した、というポイントはありますか。

佐藤:まず、とても丁寧な文面でした。「無理を承知の上でのお願いですが、万が一可能性があれば……」みたいに謙虚で、そこから今村さんのお人柄が伝わってきました。

 今村さんは問題意識を持つだけでなく、すでに書店経営というアクションを自ら起こしています。それも書かれていましたか。

佐藤:はい、そこも大事なポイントでした。書店の経営はすでに着手している。その上で次は「シェア型書店」をやろうと思っている。ひいてはお手伝いをいただけないでしょうか、ということで、熱い思いだけでなく事業に対する経験と、展望が感じられたのです。

 そこからお2人の面会となったわけですが、今村さんとしては可士和さんが会ってくださるだけでも過分で、受けてくださるとまでは思っていなかったそうです。

佐藤:そんなことはないですよ。僕の場合、「会う」ということは、もう「やる」ということに近いですから。

 今回のシェア型書店というビジネスモデルに対する、可士和さんサイドから見る意義とは、どのようなものだったのでしょうか。

佐藤:シェア型書店については、僕も最初はよく知らないでいました。それで、今村さんからお話を聞いて、町にある店に足を運んでみたら、ビジネスの構造はすぐ理解できました。

 既存のシェア型書店もインディーズ的な意味で面白いモデルですが、今村さんの構想には、このモデルに出版社や取次といった法人を引き込んで、全国展開もしていくというダイナミズムがありました。

 そのアイデアを聞いた時に、あ、だったら確かにゲームチェンジャーになる可能性があるな、とピンと来て。

 今村さん曰く、「可士和さんも自分も、時代が変わっていくことを面白がる性格」とのことですが。

佐藤:そうなんですよ。たとえばガラケーだった携帯電話がスマホに変わって、時代のコンテクストがガラッと変わりましたよね。そういう変化を常に感じていたい。それは僕の行動原理の一つです。

 ただ「本屋さん」という業態でそれができると思っていなかった。そこは盲点で、視点を変えると、書店はメディアであり、出会いの場であり、新しいビジネスの場であり、と、いろいろな使い方ができるな、と。

 本を売るという単一のものから、多方面にぐっと拡張していくような。

佐藤:僕はそれを書店の「プラットフォーム」化と捉えています。

作家・今村翔吾さん(写真左)と「ほんまる」のロゴの打ち合わせ
作家・今村翔吾さん(写真左)と「ほんまる」のロゴの打ち合わせ

最悪に備えることでアクセルを踏み込める

 可士和さんから見たこのプロジェクトの勝ち筋は、どこにありますか。

佐藤:今村さんの熱い思いをどうしたら社会に実装できるか、そのようなフィージビリティ(実現可能性)を考えた時、今村さんが持っているバックボーンは、まずすごく大きいと考えました。

 熱い思いを持つこと自体も大事ですが、肝心なことは、それを実現するための構想であり実行力です。今村さんの場合、ご自身が直木賞も受賞されている有名な作家であり、出版社や取次という本関係のBtoBに強力なネットワークをお持ちです。

 テレビやラジオにも出演されていて、知名度も高い。ご本人がメディアとのタッチポイントをたくさん持っていて、発信力がある。そのアドバンテージは大きいですね。

 といっても、今回の「ほんまる」は可士和さんの参画も含めて、今村さんにとっては覚悟が必要な投資だと思えます。

佐藤:僕はどのプロジェクトでも、スタートする前に、最高のストーリーと最悪のストーリーを考えています。それで、最悪のストーリーになった時に持ちこたえられるか? みたいなことをクライアントと話し合うんです。今村さんとも当然、そのプロセスは踏みました。

 最悪の場合……作家をやめねばならない、とかでしょうか?

佐藤:いえ、作家というポジションは絶対に崩さない。この場合の最悪のストーリーは、「ほんまる」の事業が失敗して、投資が取り戻せないことで、作家をやめるとか、そういうところには行かないようにします。つまり、撤退ポイントをちゃんと描いておくんです。

 それらを確認し、最悪に備える精神状態をあらかじめセットしておくと、逆にここまでは大丈夫となって、安心してアクセルを踏めるのです。

 なるほど。

佐藤:僕の経験からいっても、最高、最悪双方をきちんと想定したプロジェクトで、大失敗が起きたことはありません。チームのメンバーたちが、ささいなことで動揺せず、平常心で息切れすることなくゴールまで行けるのです。

 可士和さんのクリエイティブディレクションは、「課題」→「コンセプト」→「ソリューション」の3段階があり、とりわけ最初の「課題」の特定には、徹底的に時間をかける、と取材で伺いました。

佐藤:クライアントとの「壁打ち(対話)」ですね(日経ビジネス電子版「計画は『正しい言葉』から 半年続いた社長と佐藤可士和氏の壁打ち」)。

超高速でパスのやりとり

 しかし、今回の「ほんまる」は昨年の10月に今村さんとお会いになって、年が明けた1月にはもうプレゼンテーション。速くないですか?

佐藤:速いですね(笑)。今回は今村さんと僕という2人の間で話を進められたので、意思決定を素早く行うことができました。大きな組織ですと、ステークホルダーも多く、取締役会の承認を得るなど必要なプロセスも複雑になります。それはそれでもちろん重要なことですが、今村さんとは「これ、やりたいですよね」と言ったら、それがそのままオーケー、パスしたらシュート! みたいな感じで、そのスピード感が気持ちよかったですね。

 可士和さんと今村さんは年齢差がありますが、その辺は意識しなかったですか。

佐藤:ああ、全然意識していないですね。僕は普段から、お相手が若くても年上でも、まったく関係ないです。

 大きな齟齬(そご)も出なかった?

佐藤:欲しいところにパスが来て、それが即いいプレーにつながる、という感じで、息もタイミングも合っていました。1回のミーティングは2時間ぐらいをセットするのですが、2人でわあわあと、すごく盛り上がるんです。で、その2時間で、びっくりするぐらいいろいろなことが決まっていく。時間効率がいいんですよ。

 意思疎通もよければ、タイパもいい、と。

佐藤:それはやはり、今村さんの中ですでにいろいろな準備が整っていたことが大きかったと思います。課題が整理できていて、新規プロジェクトのアイデアも十分にあり、仮に僕がやらなくても、プロジェクトは立ち上げる、という状態になっていましたので。僕へのご依頼についても、「自分ではできないブランドコミュニケーションのところで、プロの力を借りたい」と、はっきりしていました。神保町の店舗を4月にオープンするというように、スケジュールも具体的でしたね。

 物件を借りたら家賃が発生しますから、開店日を決めそこから逆算して、パパッと進めていく必要がある。最初にお会いした次のミーティングの時には、もうネーミングまで決めていました。

 なんと。

佐藤:プロジェクトの存在意義をはっきりさせるためにも、デザインワークを行うためにも、ネーミングはすごく重要です。

 いろいろな切り口で考えると面白い視点が見つかりますので、「思いつくまま、何百個でも考えましょう。僕も考えますので、今村さんの事務所でも考えてください」ってお伝えしたら、すぐさま取り組んでくださって、このぐらいまでにとお伝えした期日には一覧表で検討できる状態になっていました。

ストーリーを生み出す作家はビジネスにも向いている

 今村さんの拠点は滋賀県ですが、距離は問題にならなかったでしょうか。

佐藤:物理的な距離があったので、スピーディーに進めていくことが、さらに必要でした。ただ、繰り返しになりますが、それができたのは、前段での課題の整理と達成したいイメージが、今村さんの中できちんとなされていて、しかも明確に言語化されていたからなのです。

 今村さんはリアルに本屋さんを経営されている。前職では、ダンスインストラクターとして、ダンスのチームを率いてもいました。いろいろな経験値が今村さんの中にあり、その上で、やるべきことがはっきりしていたので、「どうしたらいいのでしょうか?」ということがなかったんですね。

 言語化を仕事とする作家は、自らの課題を言葉にすることができる。ということは、作家は実はビジネスに向いている?

佐藤:作家の方は、ストーリーが作れるんですよね。マーケティング経営でいうブランドストーリーが最初から描けているんです。

 普通は広告会社の人がやるような作業を、今村さんは内製化されているんですね。

佐藤:そこはもうお手のものじゃないですか。まさにストーリーテラーであられるし、そのストーリーに合わせて行動しているわけです。その意味で先端的な経営者像ですね。

 作家の方は皆さん、ストーリーテリングの力や、イメージ力はおありだと思いますが、それを行動に移して実行していくのは、またちょっと別の能力になるのかなと思います。今村さんはそこを、バイタリティーと機動力で突破していく。エネルギッシュで、パワフル。それで、熱い思いもありながら、実行に必要なドライな判断力も併せ持っている。

 作家で経営者という、新しいタイプのクリエイターが登場したな、と非常にうれしく思っています。

(次回は「ほんまる」の今村翔吾さんのインタビューです。シェア型書店の具体的なメリット、予想される難点などについて率直に聞いています)

日経ビジネス電子版 2024年3月25日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)