今村翔吾(いまむら・しょうご)
作家、書店経営者
1984年、京都府生まれ。関西大学文学部卒業。ダンスインストラクター、作曲家、滋賀県守山市の埋蔵文化財調査員を経て、2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。18年『童神』(後に『童の神』に改題)で角川春樹小説賞、20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。「くらまし屋稼業」シリーズ、『幸村を討て』『茜唄』『戦国武将伝 東日本編/西日本編』などベストセラー多数。『イクサガミ』は実写ドラマと漫画化、『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』はアニメ化と、メディアミックスもメジャーに展開中。21年に大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」を事業承継。22年に一般社団法人「ホンミライ」を設立。23年、佐賀市に「佐賀之書店」を新規出店。24年3月からシェア型書店の「ほんまる」プロジェクトをスタートし、4月に東京・神保町に1号店を出店。

「まちの本屋さんに未来はあるのか――」。直木賞作家の今村翔吾さんが2024年4月、東京・神保町に開業した「ほんまる」のルポをとっかかりにスタートした本連載「書店再興」。そこから足かけ2年、日本各地を回り、再興のための様々なチャレンジを追ってきた積み重ねが、ついに書籍になりました(26年3月末発売)。これを記念して、今村さんにお話を伺った第3回、連載第34回です。

 まちの書店を支えるシステムは、昭和時代にがっちりと造られた。時代背景がまったく変わった令和の世に、そのシステムが機能しなくなっているのは必定といえる。では、次の一手は何か。その「出口戦略」が描けていないところが、出版・書店業界のいちばんの問題だ、と今村翔吾さんは言う。「僕だったら、次にこれをする」と、今村さんがひねり出したのは奇想天外なアイデア。それは果たして変化の呼び水になるか。

大きな業界でやるべき、でも小さな界隈(かいわい)にも引かれる

現在、書店は大手中心の既存業界がある一方で、独立系書店と呼ばれるトレンドもあり、マニエリズムの様相を呈しています。下北沢「本屋B&B」の共同経営者で、ブックコーディネーターとして活躍する内沼晋太郎さんは、「大きな業界」「小さな界隈」と言い表していますが、今村さんのチャレンジは、その2つを融合していくものなのか、どちらにも属していないのか。あるいは、融合したほうがいいのか、そのあたりから聞いていければと思います。

今村翔吾さん(以下、今村):それでいったら、僕のアクションは第三極ですね。僕が常々思っているのは、作家でもなく、取次でもなく、書店でもなく、出版社でもない、まったく新しい場所から書店再興を目指せないか、ということです。ただ、それが難しいことを、しみじみと身に染みて感じているところです。ということを前々回(「『イクサガミ』著者が語る『ネトフリのすごみ』と『書店再興の難しさ』」)でもお話ししました。

少なくとも、ご自身は既存の「業界」と「界隈」の架け橋的な存在ではない、と。

今村:どっちを選ぶかとか、両者をつなぐかとかではないですね。そもそも既存の大手業界と新興の業態は、統合するのが無理な気がしますし、無理に統合したら、両者のいいところが消えてしまう。ただ、大衆小説家という自己規定からいうと、僕自身は直観的に大きな業界のほうを見ていかなあかん、と思っています。

 心情的には独立系書店の小商いのほうが、本の楽しみが凝縮されていて、僕だってそっちに引かれるんですよ。でも、悪くとらえると、小さいほうは趣味的で、排他的な雰囲気のところも多く、ビジネスとしてのスケールも、持続可能性もよう感じられない。まあ、それぞれが草の根的に生きていれば、それでいいとは思うのですが。

草の根が実は大きな業界を支えている、という見方はできませんか。

今村:店主さん個人の思いや思考、思想を込めながら、ユニークな店舗経営をしている小さな書店が、多くの本好きの心をとらえて、書店業界のギリギリの籠城戦を支えている。その可能性はあります。

 とはいえ、僕の個人的な心情を除いて、業界を残すということを考えると、大きな業界で何かやらなあかん。そういう時代に来ていると強く思います。

前回うかがったように、今村さんは作家として成功しているのに、わざわざ書店業界にも参入して、つぶれかけていた新刊書店を事業承継したり、シェア型書店という新業態に挑戦したり、まったく新しいルールの文学賞を創設したり。

今村:ただの評論家でいるのはひきょうなので、自分で動きますと宣言して、やっているわけですが、僕自身が動きの中からでしか、ものを考えられない性質だということもあります。

 それで書店再興については、どう言ったらええんやろな……この業界って、資本主義の中にいることは確かなのに、その原理は資本主義じゃなくて、宗教的感情だった、ということを発見して、自分でも驚いているところなんですけど(笑)。((「『イクサガミ』著者が語る『ネトフリのすごみ』と『書店再興の難しさ』」))

ルネサンス(文芸復興)を仕掛けているつもりが、必要なのは宗教改革だった、という発見でした。

本についてきれい事を言い過ぎたかも

今村:こうして取材を受けてきて、なおさら考える機会も増えたんですけど、この業界はどこかでビジネスのボタンをかけ違えた。増築の仕方を間違った。そう思うことは、ますます増えているのですが……合理的な改革を阻んでいるのは、宗教的感情だったのか、と。

たとえば欧米をはじめ海外では書店の衰微はそれほどいわれていません。日本と海外の違いとして、雑誌と本の流通が同一という事情や、取次という卸に返品可能な委託販売制度など日本的な仕組みが挙げられています。そこはどうなんでしょう?

今村:いや、それらの制度をうんぬんする以前に、この業界は外から見るには美しすぎる。そこが問題じゃないかと思います。

 たとえば「クリスマスにプレゼントされた一冊の本で、人生が変わりました」とか、「生きづらい自分が一冊の本に救われました」とか、あまりにも美しく、ほっこりする逸話がいっぱいあって、まあ、そこは夢の国なんよ。

 その意味では、こんなに人生で大切にしてもらえて、こんなに消滅の危機が話題に上がっている業界って、ほかにはないんじゃないですか?

 今は地方の中核都市でも、百貨店がどんどん店じまいをしています。書店に比べると、それらの市場規模やインパクトのほうがはるかに大きい。でも、まちの書店がつぶれるほうが、より強いシンパシーを呼んでいる。

今村さんご自身も、そして私も、「本には物理的なモノとは違う、別の価値がある」と、一種の幻想を信じていますよね。

今村:そう、某テーマパークじゃないけれど、外から見るにはめちゃくちゃ美しい幻想があって、出かけていくとその魅力に魅了されていく。だけど、その夢の国を運営するために、内側では不自由極まりない状況で労働している人がいる。僕自身、これまでのインタビューでまちの書店を残すためにきれい事を言い過ぎたかなと、ここに来て思いますね。

うーん。ここで今村さんから、作家的な内省の言葉が出てきたことは、意外な展開です。

今村:きれい事を言い過ぎたというか、きれい事ばっかり信じているから、その期待に応えようとして、現実を隠そうとして、それが、かえって病巣をでかくしているんじゃないか。そういう疑いが自分の中に芽生えてきました。

今求められているのは「信長的」な力業?

出版・書店業界の構造が、今の時代に合わなくなっていることと、それに加えて、本というものが「文化」の代表になって、過剰に保護されてきた事情がそこにはある……と、これは今村さんご自身がずっと言い続けていることです。

今村:昔はドリームだったかもしれへんけど、健全な競争がそこに起きていないから、全体が沈んでいく。昭和の景気のいい時代の仕組みでは、もうやれるはずがないのは、すでに自明のことなんですよ。それが証拠に、業界の因習を無視して突っ込んできたAmazon(アマゾン)が、あんなに伸びたわけですし。

 今の出版界は、室町幕府が崩壊して戦国時代に突入したようなところにいるんでしょうね。で、誰も「出口」をデザインしないまま、きれい事で維持しようとして、中身がスカスカになっている。大きな業界と小さな界隈の二極に分かれていって、まちの書店という中間層がぼろぼろになっている。

だとしたら、合理的な判断として書店の数を整理し、システムを再編する「信長的」な力業が必要だ、ということになりますよね。

今村:それが正論なんよ。暴力的ともいえるぐらいの大変化が必要になる。ただ、この業界のさらに難しいところは、「どっと崩れた側にこそ、本当に本のことが好きな人がいる」という気がするところやねん。で、それをきれい事や、って批判する自分も、そこにいる。

堂々巡りに陥っていきますね。

今村:一つ確かなことは、出版・書店業界には出口戦略がないところ。そろそろ出口を決めないといけないのですが、それを決めて、ここに行こうというリーダー、もしくはリーダー企業がいない。僕がいくら出口を提唱したところで、一人の作家に過ぎず、組織的にがっちり組み込まれたシステムを崩していくのはすごく難しい。

リーダーは大手出版社以外には担えない

たとえば今村さんが思い描くリーダー、もしくはリーダー企業は、どこの誰になりますか。

今村:それはもう大手の出版社しか担えないんじゃないかと思っています。それも1社だけでなく、利益が出ている大手が数社集まり、手を結んで出口戦略を語ってくれたら、変わることはいっぱいあります。

 今の業界のサプライチェーンの構造だと、出版社の取り分が異様に大きくなっていて、大手出版社は圧倒的な優位性があります。仕組みの改革に着手できる体力があるのは、まずそこになります。

出版社(作家も含む)、取次、書店というステークホルダーの利益配分は、ざっと7:1:2ですからね。

今村:もちろん出版社は、業界の利益の源となるコンテンツをゼロから作り上げる労力を担っていて、そのリスクも高いから、利益配分を削れと言いたいのではありません。ただ、現実として、大手はIP(知的財産)で利益を拡大させているのだから、業界全体の持続可能性に、もっと関与してもいいのではないかと思いますよね。

 それでいうと、僕は今、明確にハラを立てている事態があって。

何でしょうか?

今村:今時の出版社の新卒社員が、配属先として「編集」ではなく「ライツ(権利ビジネス)」を真っ先に志望する、と出版社の人から聞いたことです。

 どっちが上や、というのではなく、ライツをやるには、制作の現場を踏んでいることが死活的に重要だと思うんですよ。作家も編集者もスタッフも、現場で人がどんなに努力、苦労をして作品を生み出しているか。そこを知らないで、IPやライツをやっておけば、将来つぶしが利くだろうとか、利益率でいえばライツが花形だろうとかいった理由で、最初にライツをやりたいという。そのことに、すごく危機を感じていて、それは順序が違うと、オッサンの小言といわれてもいいから、言っておきたいです。

書店だけでなく社会全体に共通する問題

医師の「直美(ちょくび)」問題と通じますね。そこは今、私たちが語った本への信仰とは真反対の効率主義で、下積みをすっ飛ばして、手っ取り早くもうけるのがいい、という今の風潮ですね。

今村:実際、IPは出版社の利益の源泉になっている。変えなあかんところは、業界全体の仕組みなんだけど、そこでイニシアチブを持っているところが、今の状態でも普通にもうかっているから、よけいにたちが悪いんですよ。

 商売をしている人は、自分だけが生き残ったらいいという思いと、業界が生き残ったらいいという思いのはざまで、常に揺れていると思うんです。で、それは、どっちも本当です。社員や家族を抱えている限り、生活を守らなあかんし、そのために業界が急激に変わって、自分らの居場所がなくなってしまうことは、めちゃくちゃ怖い。だからといって、全体の底上げを怠っていると、目の前にある自分の居場所さえ失っていく。

二極化という現象は、出版・書店業界だけでなく、今の日本、今の世界のあらゆる場面で見られるものです。

今村:限られた数%だけが富裕で、中間層がごそっと抜け落ちて、底の方で苦労する人が増えているというのは、書店業界だけでなく、社会全般のありようと同じやね。

その点で、書店業界の課題と、解決のアイデアは、ほかの小売業や、広く社会課題にも敷衍(ふえん)できる可能性があります。

今村:僕は業界の再編が不可避と言いましたが、実際に地域の文化インフラとして、必要な書店があるのは事実です。そういう文化インフラは資本主義とは違う論理で、生活保護に近い発想で、資金を流入してでも残すべきなのではないかと思います。ここは効率主義だけでは解決できません。

 でも、それをやると、一方で仕組みに乗っかるだけで、何の努力もせずに、全体の足をひっぱるところも出てくる。

社会科学でいう扶養論の議論になっていきますね。

いっそのこと選挙で決めよう!

今村:それが国家課題やったら、リーダーは政治家になるんだろうけど、この出版・書店業界の政治は誰が握っているんだ? という話になる。

 ……だから、もういっそのこと「出版国」をつくり、「出版議会」を組織して、業界選挙をするのが、いいんとちがう?

え、そういう方向に行きますか?

今村:そう、業界を考える議会を設立して、作家党、出版社党、取次党、書店党と、各党から立候補した人員から選挙で議員を決めて、業界のビジョンと出口戦略を決める。

 投票権はこの業界に関わるすべての人。作家もそうだし、出版社の営業や編集者も、書店員もアルバイトも全部含めていい。なんなら、書店で本を買う購買者だって有権者や。

なるほど。というか、すごいところに飛んじゃいました。

今村:議会で「資本主義と自由競争を採用します」、と方針が決まったら、僕だってそれに従って市場原理で戦う。夢とか、文化とか、自分が言ってきたきれい事は、いったん忘れます。

 そうではなくて、僕らの業界ってやっぱり単純な勝ち負けではなく、情緒的な側面ときれい事が大事なんや、というのなら、出版国ならではの民主主義のルールを考えて、やっていく。そこで利益配分の変更や、再販制度や委託販売制度の是非も論議したらいいやん。

前回、前々回の「宗教改革」のすゝめから、フランス革命時の国民議会に進展しました。まさに歴史の流れの通りであり、歴史小説家の本領が出た……といえるかもしれません……。

今村: 出版文化を標榜してきた人たちが第一身分、大手出版社の経営陣が第二身分、そんで僕らは平民代表の第三身分。まさに革命、まさにこれが歴史に学ぶこと、文化を守るということじゃないですか(笑)。インタビューの途中で、書店業界はもうあかんと思う、なんてボヤいたところから、だいぶ飛躍ができてよかったです。

 もちろん出版国と出版議会なんて、これも夢物語やけど、日本では1867年に徳川幕府が政権を返して、明治維新の世が始まりました。そうやって国を変えられたんだから、その国の中の小さな書店業界を変えられへんはずがない。もっと言うと、わが国は第2次世界大戦の後にだって、すごい復興を果たしたじゃないですか。

もう少し現実的な着地を考えると、議会というより、出版・書店業界を俯瞰(ふかん)して、将来に有効なビジョンを決めていくタスクフォース的なものはあってもいいですね。

今村:それは国際連合ですね。出版国とか、議会とかいっても、そこに強権を付ける気持ちは僕にはない。だったら、国連みたいなところが理想ですね。

作家の奇想天外な発想が起爆剤になると信じて

だいぶ飛躍してしまいました。現実には、その国連もだいぶ機能不全が進んでいるようですが、それはそれとして。

今村:作家の妄想やね(笑)。それが作家、作品の多様性の根源だと、ご理解いただければ幸いです。

 その上で、僕は守るべきことと、つぶすべきことは相反するとは思っていなくて、守るために、つぶれるべきは、つぶれるべき。そうでないと、いずれみんなを巻き込む大崩壊が起きるのは歴史の必定ですので、この業界に構造改革は絶対に必要です。

 そのためにアクションを起こすことが大事ですが、作家ならではの奇想天外な発想や行動が、起爆剤になることを信じています。どんなに心折れることが続いたとしても、どんどん攻めていくつもりです。

 「書店再興」はここでシーズン1を終了し、3月末日に書籍『書店再興(サイコー!)」として、日経BPから刊行しました。「出版国の議会選挙」という、歴史小説家ならではの奇想天外なソリューションは、今村さんのことですので、どこかで実現させてしまうかもしれません。この連載の“シーズン2”で継続して書店再興を追っていきます。どうぞ楽しみにしていてください。

[日経ビジネス電子版 2026年4月10日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)