「まちの本屋さんに未来はあるのか――」。直木賞作家の今村翔吾さんが2024年4月、東京・神保町に開業した「ほんまる」のルポをとっかかりにスタートした本連載「書店再興」。そこから足かけ2年、日本各地を回り、再興のための様々なチャレンジを追ってきた積み重ねが、ついに書籍になりました(26年3月末発売)。

 これを記念して、連載当初からご登場していただいている直木賞作家・今村翔吾さんに、自ら経営する書店の現状や将来を伺って……と思ったのですが、「今まで夢みたいな綺麗事を言い過ぎていた」と、話は予想外の方向へ!

岡田准一さんもハラハラ、「イクサガミ」の続編

今村さんの代表作の一つ『 イクサガミ 』(講談社文庫・全4巻)は、2025年11月にNetflixで実写版全6話が世界配信されました。日本発の実写オリジナル作品として、初の時代劇は、日本国内では配信初週から4週連続1位。非英語シリーズグローバルTOP10でも1位を達成し、その後すぐにシーズン2制作が発表されました。シーズン1の最後には、いかにも次に続くような刺激的な展開があったので、「来るな~」と期待していましたが、この大ヒットとスピーディーな続編決定はまさしく快挙ですね。

『イクサガミ 天』 (講談社文庫)
『イクサガミ 天』 (講談社文庫)
斬れ。生き残れ。デスゲーム×明治時代――大興奮の侍バトルロワイヤル開幕!明治11年。深夜の京都、天龍寺。「武技ニ優レタル者」に「金十万円ヲ得ル機会」を与えるとの怪文書によって、腕に覚えがある292人が集められた。告げられたのは、〈こどく〉という名の「遊び」の開始と、七つの奇妙な掟。点数を集めながら、東海道を辿って東京を目指せという。各自に配られた木札は、1枚につき1点を意味する。点数を稼ぐ手段は、ただ一つ――。「奪い合うのです! その手段は問いません!」剣客・嵯峨愁二郎は、命懸けの戦いに巻き込まれた12歳の少女・双葉を守りながら道を進むも、強敵たちが立ちはだかる――。(本書紹介文より)

今村:ありがとうございます。次シーズンに続くような終わり方は、Netflixに限らず連続ドラマでは昨今の常道でもあって、そうやりながらシーズン2が製作されないパターンも多いんです。「イクサガミ」でも、相当な視聴スコアを叩き出さないとシーズン2は無理だ、という見方はあったので、実はハラハラしていました。

グローバルで視聴数1位を取ったことが決め手になったんですか。

今村:僕自身はプロデューサーではないので、正確なことは分かりませんが、それほど単純なことではなく、どの国で1位を取ったか、というNetflix独自の重み付けがされているようです。今回は米国、ドイツ、フランスなど主要国の上位をことごとく取ったということで、早々に決まったようですね。

 今回、俳優の岡田准一さんが主演のみならず、プロデューサー、アクションプランナーという3つの大役を務められています。シーズン2を撮るかどうかの会議に出向いた時は、受験の合否発表のようで、めっちゃ緊張したと、あの岡田さんですら、そうお話しされていました。

今村翔吾(いまむら・しょうご)
今村翔吾(いまむら・しょうご)
作家、書店経営者 1984年、京都府生まれ。関西大学文学部卒業。ダンスインストラクター、作曲家、滋賀県守山市の埋蔵文化財調査員を経て、2017年に『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で作家デビュー。18年『童神』(後に『童の神』に改題)で角川春樹小説賞、20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞、22年『塞王の楯』で直木賞を受賞。「くらまし屋稼業」シリーズ、『幸村を討て』『茜唄』『戦国武将伝 東日本編/西日本編』などベストセラー多数。『イクサガミ』は実写ドラマと漫画化、『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』はアニメ化と、メディアミックスもメジャーに展開中。21年に大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」を事業継承。22年に一般社団法人「ホンミライ」を設立。23年、佐賀市に「佐賀之書店」を新規出店。24年3月からシェア型書店の「ほんまる」プロジェクトをスタートし、4月に東京・神保町に1号店を出店。

豪華な俳優陣と監督、スタッフをはじめ、ロケもセットも本格的で、とんでもない製作費がかかっていそうだと感じました。

今村:僕が住んでいる滋賀県内だけでも、さまざまな有名寺院がロケ地になっています。それらの寺院は、どこも重要文化財ですよね。登場人物がお寺の池の飛び石を渡って逃げるシーンがあるでしょ。それには石が1個足りなかったんですが、その石を運び込むにはクレーンを使わなあかん。ただ、重要文化財だからクレーンなんて、とんでもない。そこで、最新の技術で作った本物そっくりの石を置いたのですが、それが1個200万円と聞きました。

CGじゃなくて、ガチで作っちゃうんですか。

今村:そうなんですよ。登場人物が神社でお神楽を踊るシーンもあったでしょう。その鳥居も一から作っておられました。由緒ある神社という設定だから、鳥居だって風化してないとおかしいということで、わざわざ風化している木を手配して、基礎工事をして、それだけで千万円単位だった、と。

制作費は、いったいおいくらぐらいだったのでしょうか。

今村:それは僕も知らないのですが、日本の超大作級の映画3本分と聞いています。

とにかく尋常じゃなかった

そうですか……ちなみに直近の邦画の超大作「国宝」は、破格の制作費をかけた作品で、それが12億円とされていますね。「イクサガミ」は豪華俳優陣もそうですが、物語の根幹をなすデスゲーム「蠱毒」の参加者も、原作通りに292人という設定で、その人たちが天龍寺に集まるシーンでは、俳優さんの数もすごかったですね。

今村:格闘のシーンが激し過ぎて、切った張ったをやりながら、俳優さんたちも、自分がどうなっているのか分からへん。ホテルで待機しながら、次の撮影の時に、「このチーム、来てください~」って呼ばれたら、「あ、俺、生き残ってたんや」、「解散で~す」っていわれたら、「あ、俺、死んだんや」となっていたそうです。

今村さんは原作執筆時に、「蠱毒」参加者の292人全員の名前と出自を、ちゃんと設定されていたんですよね。そもそも、それ自体がすごいです。

今村:『イクサガミ』はデスゲームの背景、立て付け、ルールも含めて、書き上げるのに6年かかりました。僕もそうだし、ドラマ制作の方も、とにかく作品クオリティーの追求が尋常じゃなかった。

 僕の仕事場では100インチのモニターで配信映像を見ていますが、ドラマは映画館での上映にも耐えられる解像度になっているんですよ。音声もヘッドホンからオーディオセット、さらに映画館のシステムまで、いろいろなデバイスに耐えられるよう、細かくリミックスしている。なおかつ、スマホでも見られるわけですから、Netflixの制作姿勢と、それを実現してしまう体制はすごいよね。

その上で、藤井道人監督の力量にも、あらためて驚きました。

今村:岡田准一さんも藤井監督には驚いてはりました。長きにわたった撮影が、ほぼ完パケ状態になって関係者で試写した時、みんなが「ああ、ついに完成だ……」と思う中で、藤井監督がなんか、こう、メモをバーッと取ってはるんですって。で、「あと430カ所、修正するところが出てきた」と。たとえば音のタイミングが0.1秒遅いとか、その精度で仕上げていったそうです。

うわあ。エピソードが止まりませんねえ。

今村:そうそう、いや、今日は「書店再興」の話ですよね。

はい、そうです、そうです。「イクサガミ」が面白すぎて盛り上がってしまいました。

 さて、この連載のスタート地点は2024年4月、今村翔吾さんが、まちから書店が消えていく状況を何とかしようと、東京・神保町にシェア型書店「ほんまる」を開業したことでした。(「直木賞作家・今村翔吾氏が神保町に上げる『本屋さん』再興の狼煙」)

 今村さんが上げた「書店再興の狼煙」を追って足かけ2年。第1シーズン連載の締めくくりに、現在地はどこなのかを、まずはうかがっていきたいと思います。

意味はある、でも他人事の視線に心が冷える

今村:いろいろと挑戦する中で、応援されたり、ありがたいと言っていただいたりすることは多く、それは本当にうれしいのですが、一方で、書店業界の方々は、ホントにまちから書店がなくなることを止めたいと思ってはるのかな、と。その原点の問いに戻ることはしばしばありますね。

今村さんがきのしたブックセンターを引き継いだ時、おばあちゃんとお孫さんらしき女の子が、2人でうれしそうに絵本を選ぶ様子を見た。その光景をなくさないためにやる、とおっしゃっていましたよね。

今村:そうなんです。たった5分ぐらいの時間だったけど、2人が楽しそうに品定めしている時間は、僕が書店を継続させないと続いていかない。そう思うと、自分がアクションを起こす意味が痛感されて。

 25年末のクリスマスに京都でトークイベントに出た時は、本を愛する子どもたちの話を聞くことができて、それも感動的でした。この時期は全国の書店で「ブックサンタ」も催されています。大変な境遇にいる子どもたちに本をプレゼントするという、書店主導のチャリティー活動なのですが、そういう活動が成り立っていることを知ると、僕が書店の存続に力を入れることの意味もあるな、と思う。

 でも、毎回、そこに戻らないとやっていけへんぐらい、書店再興には難所が多い。それも事実です。

今村さんにとって、それは主に経営的な数字のことでしょうか?

今村:経営というよりも、同じ業界や本好きの人たちからの「今村さんが、なんか、やっとるわ」みたいな、他人事の視線に心が冷えるというか。

 「書店が大変だ、大変だ」という割には、関係者の間で危機感を共有する意識は薄く、誰かが少しでも目立つ活動をすると、SNS上で重箱の隅をつつくような、つまらん理屈のバッシングが始まって、おもろいアクションが広がっていかない。結果、誰からも批判されない無難なものしか残らず、それが市場をどんどん衰退させていく。そういう日本の“世間”みたいなものは、一つの大きな障壁ですね。

Netflixのようにガチな利益を上げているところと、世界レベルの大きなお仕事をされると、その落差に失望感が拡大されてしまうとか?

今村:確かにNetflixのようなチームと仕事をすると、この日本的な停滞にモヤモヤが募ることはあります。映像化の影響力はすさまじく、直木賞の時とは比べものにならないほど多くの人に届いています。その力の差を痛感しましたから。

映像のヒットの前提として、今村さん原作の『イクサガミ』が、非常によく練られたプロットの大型エンタメ時代小説だということがある。そこが大事です。

今村:そう、作家である自分がクオリティーの高い小説を書くことが、いちばん大事よね。

 Netflixだって、もちろん外資的なビジネスの割り切り、ドライさはあって、それは小説よりもっとシビアです。ただ、数字っていうと冷たいのですが、その数字の元にも、先にも人がいることを忘れていない。

 関わる人みんなで、このゴールを目指そう、この数字を叩き出そう、このリターンを獲得しようって、はっきりしていて、さらに、どういう人たちに、どのようにドラマを見てもらうか、真剣に取り組んでいる。だから成果も出るんです。

そこには、数字での評価をとともに、「人を感動させる」というコンテンツ産業の根幹がありますよね。

今村:そう、みんなでガンガン新しいことに挑戦しようや、そして楽しもうや、という気概があります。でも、日本で新しいことをやろうとすると、いやいやいや、現状維持でええんや、余計なことをしなさんな、という大きな逆波のような圧力を感じてしまう。書店や本の周りは、特にそういうのが強い気はしますね。

今村さんは30歳で作家になると宣言して、前職を辞めた。有言実行で執筆に励み、そこから有力な賞を次々と受賞。直木賞受賞もデビューからわずか5年で実現しています。そのような作家としての達成と、書店再興アクションとでは、スピード感に大きな落差があります。そもそもビジネス的な観点でいえば、書店を経営するより、作品を書いているだけの方が、歩留まりは圧倒的にいいのでは?

そもそも、なぜ本屋さんを再興しようとするのか

今村:そこはほんまにそうなんです(笑)。事業だって別の業種だったら、もっと早く、もっと大きなリターンを出していたと思うんですよね。

確かに今村さんのバイタリティーと知識があったら、そうでしょう。

今村:じゃあ、お前はなんで書店をやっとるねん、という話になるんだけど、そう聞かれたら、やっぱり自分が好きだから、という答えになってしまうんです。

そこに「本」という商材の不思議さがありますね。商品を売る“商い”なのに、その出口が数字ではなく、感情に置き換わっている。

今村:要は「本は文化だ」というドグマが、商売の周辺に色濃くあるということですね。そして僕自身が、その「文化」という言葉にとらわれて、ジレンマを感じている。

 実際、書店でおばあちゃんとお孫さんの姿を見たり、京都のイベントで本が好きな子どもたちに接したりして感動することは、確かにある種の宗教的な感覚に近い。自分でもそう思います。

本には、人が生きる意味を問うという思想が込められていますものね。

今村:「本」という宗教があるなら、うん、僕もそれを信じています。それはあまりに自明だったので、自分で深掘りすることをしてこなかったことに、こうしてお話ししていて、気付きましたね。

 たとえばキリスト教が国教の国の人に、「あなたはキリスト教を信じているんですか?」と聞いても、理由をはっきりと説明できる人って少ないと思うんです。生まれた時からそうだった、としか言えへんでしょう。それと同じで、僕もそこに理由なんてさほど持っていない。ただ、信じている。

私たち本好きは、子ども時代から「本を読めば賢くなる、心が豊かになる」と言われ、それを疑うことなく育ってきました。実際、本を読むことは楽しいし、感動を与えてくれる。そういう「信仰」に近い価値観は、アタマの中にごく自然にあると思います。

今村:だから、本が好きな人はみんな洗礼を受けているようなものですよね。僕らが育った昭和時代よりもはるか以前、文字や紙を大陸から輸入したころから、日本人は「書くこと」「書き残すこと」を、大切にしてきた。『源氏物語』なんて、その筆頭ですし、江戸時代は寺子屋での学習で、識字率は世界ナンバーワンでした。そういった民族文化のDNAに刻まれた価値観が、本という媒体へのこだわりにもつながって、令和の今につながっている気がしますね。

夢みたいな綺麗事を言い過ぎていた

別の角度から考えてみると、まちに書店が普通に存在していた時代は、書店がローリスクで、かつ文化的な商売として成り立っていたからこそですよね。ただ、そこに過剰な意味はなく、店主さんたちは「子どもが感動する姿を見たい」とか「人の人生を変えたい」といったドグマではなく、「そこそこもうかる」から書店をやっていたわけでしょう。でも、本の精神性に重きを置くと、商売との距離がどんどん離れていってしまう。

今村:そうなんよ。もうかるか、もうからんかが、本来の商売の姿ですよね。で、その商売が成り立たなくなったら、辞めるか、もうかるように仕組みを変えていくか、どちらかをせなあかん。

 でも、書店の存在意義を文化、思想、精神性に置いてしまうと、限界を超えてムリをしてしまう。だから今、書店の現場がどんなに疲弊しても、書店の数が減っても、現状をきっぱり変えていこうという流れにならない。言うてみれば、書店員さんなんかは、使命に身をささげるシスター、ブラザーみたいな存在になっているんですよね。

 いや、今、話していて目が覚めましたが、僕自身が夢みたいな綺麗事を言い過ぎてきた。夢の国の教義にとらわれ過ぎていたんです。その教義から見直していかなあかん。

「書店再興」の着地は、書店の「ルネサンス(文芸復興)」かな、と予測していましたが、なんと「宗教改革」につながっていきました。

今村:僕も含めて、書店業界には本を信じて、重労働にいそしむ人たちがいる。また、その本に救いを求めて、ひたむきな信仰をささげる人がいる。一方で、そのような既存のシステムの中で、おいしい思いをしている昔の貴族みたいな人がいることも、僕は知っています。そう考えると、確かに宗教改革に近いですね。まず既存の教義を、もう少し新しく合理的なものにアップデートしないとダメなんです。

そのために必要なことは何でしょうか。

今村:これははっきりしていて、議論ではなく、実際の行動です。だから僕はアクションを続けているんだと、ここで整理が付きました。

(→ということで次回、今村翔吾のアクションとその後の話に続きます。宗教のお話は第3回で! 書籍にはさらにがっつり収録しています。このインタビューは2025年12月23日に行われました)

日経ビジネス電子版 2026年3月27日付の記事を転載]

「本屋さんがなくなる」悲観論ばかりが叫ばれる書店業界で、直木賞作家・今村翔吾氏を初め、個人が、企業が立ち上がる。経済産業省や地方自治体も黙っちゃいない。昭和の発想を切り替えて、書店を「頑張れば稼げる」ビジネスに変えていく具体的な試みはいくつもある。これらの発想は異業種にも応用可能だ。

清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)