トランプ政権は「アメリカ・ファースト」を掲げている。このような中、果たしてアメリカは日本にとって「核の傘」であり続けるだろうか。日本の政治も急速に変化しており、従来の安全保障体制は限界を迎えつつある。成毛眞、小泉悠、多田将の3氏がアメリカの安全保障について議論する。『文庫版 2040年の未来予測』発売を記念しての座談会第2回。(構成:栗下直也、写真:鈴木愛子)
破れゆく「核の傘」への懸念
成毛眞(以下、成毛):7月の参議院選挙の結果を見ていると、興味深い傾向が見えてきます。票を落としたのは共産党、公明党といった従来の左派・リベラル系政党で、一方、右寄りの政党や保守系の新興政党がごっそりと議席を増やしました。重要なのは、これがまだ「1回目の変化」に過ぎないということです。
2040年まであと15年ありますが、その間に衆議院選挙は平均2年半ごとに実施されますから、少なくともあと5回は選挙があります。参議院も3年ごとに半数改選されるので、5回は選挙があります。つまり、今回のような政治的変化が今後も10回繰り返される可能性があるのです。
そして、その変化は私たちが想像している以上でしょう。核兵器の恐ろしさを実際に体験し、戦争の悲惨さを肌で知る戦争体験者の世代がこの世からほぼいなくなることも大きな変化をもたらすはずです。歴史を振り返ると、政治的な大変化というのは徐々に進むのではなく、ある時点を境に一気に起こるものなのです。アメリカがトランプ政権の登場によって、この8年間で私たちが全く予想もしなかった方向へ劇的に変化したことがそれを物語っています。
小泉悠(以下、小泉):オバマ大統領が当選した2008年ごろを思い返してみてください。あの時、私たちがアメリカという国に抱いていた期待や信頼感を考えると、わずか十数年という短期間でここまで一つの国が根本的に変わってしまうものなのかと、本当に驚かされます。
当時のアメリカは、多様性を重視し、国際協調を大切にし、知性的で洗練されたリーダーシップを世界に示していました。それが今では、全く異なる価値観と行動原理で動く国になってしまいました。
日本の方がアメリカよりもさらに政治的に変わりやすい国かもしれません。戦前の日本の歴史を振り返ると、大正デモクラシーと呼ばれる民主的で国際協調的な時代から、あっという間に極端な軍国主義・国家主義へと転換しました。その期間は、わずか5年から10年程度しかかかっていませんでした。
成毛:たった一世代の間に、国全体の価値観や政治システムが180度変わりましたよね。同じような急激な変化が、現代の日本でも十分に起こり得ますね。
ナチスドイツの政権獲得プロセスを見ても、同じような現象が確認できます。1920年代初頭のナチ党は、ごく小さな泡沫(ほうまつ)政党に過ぎませんでした。しかし、わずか2、3回の選挙を経るうちに、ドイツの政治を完全に支配するまでに成長してしまったのです。
これがポピュリズム(大衆迎合主義)政治の持つ力の恐ろしさです。民主的な選挙制度を利用しながら、短期間で既存の政治秩序を根底から覆してしまう力を持っているのです。
日本の安全保障のためには、アメリカを世界から孤立させないように
成毛:そうした状況では、もはや問題は核武装の是非というより、アメリカ自体が2040年に向けて根本的に政治路線を変えてくることだと思います。現在のトランプ政権がこれから3年続き、その後にバンス副大統領が政権を引き継いだとして、果たして「日本を絶対に守る」「日本が攻撃されたらアメリカがすぐに軍事行動を起こす」と本気で期待できるでしょうか。
「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン」「アメリカ・ファースト」を掲げる人たちは、「アメリカの兵士を一人たりとも死なせない」と公言しているような人たちです。トランプ氏に至っては、「関税を上げることで戦争を阻止している」と本気で考えている、ある意味で人類史上初めてのタイプの指導者かもしれません。
小泉:19世紀のモンロー・ドクトリン(アメリカ大陸とヨーロッパ大陸の相互不干渉主義)のような方向に戻っていくんじゃないですかね。
成毛:私が特に懸念しているのはバンス副大統領です。トランプ氏はまだそこまで極端なことは言わない気がしますが、バンス氏は違います。彼はまだ若く、今後のキャリアを考えると、この先必ず一度は大統領になるでしょう。統計的に見て、副大統領が次の大統領になる確率が最も高いですからね。
小泉:トランプ氏は基本的に商売・経済にしか興味がなく、国際秩序への関心は薄いのでしょう。しかし、バンス氏の場合はより積極的にアメリカの孤立を求めているように見えます。
成毛:性格的にいえば、トランプ氏は陽気で外向的ですが、バンス氏からはもっと内向的な印象を受けます。
小泉:最近のフーシ派(イエメンの武装勢力)への攻撃作戦の際のバンス氏の発言を見ると、彼は明確にヨーロッパ諸国を敵視しています。「ヨーロッパの連中を手助けすることになってしまう」といった表現を平気で使います。
ただ、歴史的に見れば、この100年間にわたるアメリカの大規模な国際関与というのは、例外的な時期でした。「普通のアメリカ」に戻るだけと考えれば、それほど不自然なことではありません。
多田将(以下、多田):そうなると、当たり前ですが、アメリカの拡大抑止(同盟国への核の傘の提供)がなくなるかもしれないという問題が起きます。冷戦時代からずっと、アメリカの最大の敵はソヴィエト連邦、現在のロシアでした。
だからロシアの核攻撃から日本を守るためなら、アメリカも本気になってくれるかもしれません。しかし、北朝鮮や中国から日本を守るという話になったとき、果たしてアメリカは同じ熱意を示すでしょうか。示さないはずです。
小泉:本当にアメリカの拡大抑止が機能しなくなったときには、独自の核武装も一つの選択肢として考えないわけにはいきません。しかし、大切なのはそれよりも前に、まずアメリカを孤立させないように協力関係を維持・発展させることの方です。
多田:どう考えても、一国だけで完全な防衛体制を築くというのは極めて困難で、コストも膨大になります。アメリカが孤立志向を強めたとしても、「それは違うでしょう」と働きかけて関与を続けてもらう。「アメリカ・ファースト」は受け入れても、「アメリカ・オンリー(アメリカだけ)」にはさせないよう努力すべきです。
アメリカのミサイル防衛システムは、実は日本が技術協力
小泉:アメリカが「ゴールデン・ドーム」(包括的ミサイル防衛システム)の構築を進めるなら、そこに日本ができるだけ深くコミットするという戦略もあります。
「ゴールデン・ドーム」というのは、アメリカ本土全体を巨大な防御の傘で覆うような、究極のミサイル防衛システムのことです。敵国から飛んでくるあらゆる弾道ミサイルを、まるでドーム状の防壁のように迎撃して無力化する構想ですね。
こういうシステムがあれば核抑止などに頼らずともアメリカは安全になるではないか、とアメリカ人は昔から考えるんですよ。レーガン時代の戦略防衛構想(SDI)とか、クリントン政権の国家ミサイル防衛(NMD)計画とか。「ゴールデン・ドーム」はその系譜の最新バージョンです。うまくいくかは分かりませんが。
これは一種の軍事的な孤立主義なわけですが、日本としてはただアメリカを引きこもらせておくのではなくて、何らかの形でアジアへの関与を引き留めるべきです。だから、「ミサイル防衛をやるといったってアジアの同盟国と協力しないといけないでしょう」という話を持っていった方がいい。
現在のアメリカ海軍が使用しているイージスBMD(弾道ミサイル防衛)システムは、実は日本の技術協力なしには成り立ちません。その中核であるSM-3ブロック2Aミサイルが日米共同開発だからです。
多田:特に、飛んでくるミサイルを正確に捕捉・追尾する「シーカー」(目標探知センサー)や、ミサイルの飛行をコントロールする制御システムなど、迎撃の成否を決める最も重要な部分に日本の先端技術が深く組み込まれています。
成毛:日本の技術なしには、アメリカのミサイル防衛システムそのものが機能しないと。
小泉:はい。ですから、ゴールデン・ドーム計画の不可欠なパートナーになることで、日本も一緒にその巨大な防衛システムの保護下に入ってしまうという選択肢がありますね。
アメリカが孤立主義の範囲をどこまでに設定するかは微妙な問題ですが、彼らの構想を想像してみてください。北はカナダやグリーンランドを確保し、南はパナマ運河をコントロールして、上空はゴールデン・ドームで完全に防御する。
そうやってアメリカ大陸を要塞化しようとしたとき、技術的な観点から「日本のやつらは政治的には気に入らないが、ミサイル防衛システムを機能させるためにはどうしても外せないんだよな」という立場に日本を持ち込むのです。アメリカが「日本なしではゴールデン・ドームが作れない」という状況を作り出すことで、孤立主義のアメリカからも見捨てられない、技術的に不可欠なパートナーとしての地位を確立できます。(座談会第3回に続く)
成毛眞(著)、日本経済新聞出版、990円(税込み)





