核兵器は作るだけでなく、どう運用するかが重要だ。「敵国民の3分の1を殺害する」という冷酷な核戦略を、日本人は採用できるのか。核武装の本当の困難さを検証し、2040年に向けて日本が選ぶべき現実的な道を探る。文庫版『2040年の未来予測』発売を記念しての座談会第3回。(構成:栗下直也、写真:鈴木愛子)
核戦略は冷酷で悲惨、果たして日本人ができるのか
成毛眞(以下、成毛):核を持ってもどのように使うかの視点がなければ全く意味がありませんね。
小泉悠(以下、小泉):アメリカが冷戦時代に対ソ連戦略を策定し始めた当時、最初の単一統合作戦計画「SIOP」では、ソ連国民の3割を殺害するという前提で計画が立てられていました。あるいは、ソ連の工業能力の5割を破壊して、戦後復興すらできないような状態に追い込むという計算でした。
つまり、「もしあなた方が我々を攻撃したら、あなた方の国民の3人に1人が死に、国の産業基盤の半分が消滅しますよ」という脅しによって、相手に攻撃を思いとどまらせるという戦略だったのです。
このような徹底的に冷酷な計算を、果たして日本の国策として採用することができるでしょうか。私は考えたくありませんし、そもそも日本人の国民性には全く向いていないのではないでしょうか。数百万人、数千万人の民間人の命を駆け引きの材料にする政策は、あまりに倫理的に問題があります。
大日本帝国なら人間の命を“計算”したのかもしれませんが、今の日本はそういうことができる国ではないし、それがいいのだと私は思いますね。
成毛:まあ、国民性は時代によって大きく変わってきた歴史があり、日本人も先祖返りしないとは言い切れません。戦国時代の日本人は現在では考えられないような過酷なことを平気で実行できる人たちでしたしね。ただ、確かに日本人は緻密な計算はできませんね。
小泉:日本人は生存の危機に直面すると、いわば「バーサーカー」(狂戦士)のようになってしまう傾向があると思いませんか? イチかバチかの大勝負に出てしまう。一方、ロシア人やアメリカ人はそういう土壇場の時に割とドライでいられるんですよね。
多田将(以下、多田):太平洋戦争を振り返っても、「最後にどうやって戦争を終わらせるか」という出口戦略を考えていませんでしたよね。日露戦争でも、ごく一部の政治家以外にはそうした長期的視点を持つ指導者がいませんでした。
そういう場当たり的なやり方では、結局どこでやめるべきかが分からなくなってしまいます。「敵国民の3分の1を殺害する」といった具体的で冷酷な計画を立てるのは、日本人には向いていないでしょう。
弾道ミサイルが発射されたとき、数分で核兵器使用の判断を下せるか
多田:核武装は実際には、いかに作るかより、いかに運用するかの方がはるかに重要です。中国や北朝鮮から弾道ミサイルが発射されれば、日本に到達するまでわずか数分しかありません。数分間で、本当に日本の政府が核兵器使用の判断を下せるでしょうか。
アメリカやロシアから撃たれる場合なら30分程度の時間の猶予があります。30分あれば、まだ何とか判断できるかもしれません。しかし、数分で生死を分ける判断ができる政治家が、果たして日本にいるでしょうか。
小泉:核武装を真剣に考える専門家は、必ず「NC3」(核の指揮・統制・通信システム)の問題に行き着きます。しかし、果たして一般的な核武装論者はそこまで考えているのでしょうか。政治的な“おみこし”としての核爆弾の話をしているという印象があります。
成毛:やるなら真剣にやれ、と言いたいですね。核を作るだけでなく、運用システムを2040年までの15年間で構築するのは、技術的に非常に困難かもしれませんね。
小泉:実際に核兵器を保有するとなると、今日多田先生がおっしゃったようなさまざまな深刻な問題が発生します。
これは日本以外の国も同様でしょう。インドとパキスタンは1990年代に核実験を強行して核武装してしまいましたが、制裁に苦しみました。その後から核武装を目指したイランや北朝鮮となると、がんじがらめの制裁を受けた上に常に米国の空爆を受けるのではないかという懸念と隣り合わせでした。あまりにもデメリットが多いわけです。
しかもイランは核兵器を作るとは明言していなかった。短期間で核弾頭を生産できるような原子力工業を作り上げ、核弾頭を搭載できる弾道ミサイルを開発し…と核武装までの時間を非常に短くするという戦略だったわけですね。でも結局、国際的な非難は免れず、イスラエルや米国による空爆も抑止できませんでした。
日本が核兵器を2、3発作っても、実効的な核抑止力にはならない
小泉:日本が核武装するとしたら、「確証報復戦略」を採用することになるでしょう。つまり、相手国を完全に滅ぼすことはできないけれど、政治的に受け入れがたい規模の損害を確実に与える戦略です。
これは、即座に報復する必要はありません。潜水艦に核兵器を搭載して隠匿しておき、数日から数カ月以内に確実に報復できると相手に認識してもらえれば十分です。
例えばイギリスは、「祖国が滅亡した」と判断するのは、潜水艦が浮上したときにBBCワールドサービスの放送が受信できず、海軍司令部や政府とも連絡が取れない状況とされているそうです。その時点で、潜水艦の艦長は首相から事前に託されている極秘の手紙を開封し、そこに書かれた指示に従って行動することになっています。
日本の首相が、その潜水艦長にどのような手紙を書くのか、想像がつきません。歴代の英国首相たちも手紙の内容については相当悩んできたと聞きます。
成毛:どのような選択肢があるのかを考えておかなければいけませんよね。選択肢の前に、どのようなリスクがあるかを認識しているかすら怪しい状況ですが…。そもそも、今後5年以内にアメリカが「日本を守らない」と明確に宣言する可能性は否定できませんからね。
多田:アメリカが孤立志向を強めたとしても、軍事面だけでなく政治面も含めて協力関係を維持し続けることが、コストを考えても最も現実的なアプローチだと思います。
小泉:アメリカの撤退が避けられないとしても、その撤退を秩序立ったものにしてもらうことが重要です。そして、本当に拡大抑止が機能しなくなったときには、独自の核武装もオプションとして考えないわけにはいきませんが、それよりもまず、アメリカを孤立させないよう協力を続けることの方が重要です。
日本が核兵器を2、3発程度作ったところで、そんなものは実効的な核抑止力にはならない可能性が高いからです。本当に意味のある核戦力を備えるつもりなら、どう考えてもアメリカの拡大抑止を維持した方が合理的です。核武装を真剣に論じるなら、技術的な実現可能性だけでなく、政治的なコスト、倫理的な問題、そして何より具体的な核戦略まで含めて議論する必要があります。
成毛:2040年まであと15年。その間に日本が直面する選択は、私たちの想像以上に重いものになるかもしれませんね。
成毛眞(著)、日本経済新聞出版、990円(税込み)





