「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第3回。=一部再編集あり、文中敬称略

前回(「『ロケットを再使用して稼ぐ』ためにスペースXはここまでやった」)触れたように、スペースXが総力を結集したロケット「ファルコン9ブロック5」は、1機につき20回以上の打ち上げを前提に開発されました。しかし、当時のスペースXが受注していた打ち上げ回数は年に20回程度。スペースXは、早急に打ち上げ需要を増やさねばならない状況に追い込まれます。
ロケットの第1段が空から下りてきて垂直に“着陸”する。2015年12月にスペースXの主力ロケットであるファルコン9が、初めての着陸に成功した時の衝撃は忘れられません。ロケットの第1段が空から下りてきて垂直に着陸するその動画を見て、これまで使い捨てが当たり前だったロケットの運用が大きく変わる、という強い印象を、我々宇宙ビジネスの関係者は受けました。
ロケットの打ち上げは数十億~百億円を超える費用がかかります。スペースXを率いるイーロン・マスクはそのコストを下げようとして、それまで使い捨てにしていたロケットの第1段を、使い終わった後で海に捨てずに着陸させて整備し、再度使う(=再使用)ことができるように改良しました。何度も繰り返し使うことで打ち上げのコストダウンを図り、製造時間もかからないからリードタイムも短縮できる、という意図です。詳しくは前回をご参照ください。
再使用ロケットの開発は難航を極めましたが、ついに技術が確立し、2018年には20回程度繰り返しての打ち上げに使える第1段の機体の開発を完了しました。しかし、ここでスペースXは大きな問題に直面します。「打ち上げの需要が足りない」のです。
ロケットを再使用するほど打ち上げ需要がない!
このころのスペースXの主な収益源は、ロケットによる衛星打ち上げの受注でした。米航空宇宙局(NASA)や衛星運用会社から委託される人工衛星を軌道へ投入することで対価を得ます。2017年のロケットの打ち上げは18回、2018年には21回の打ち上げを実施しました。これは当時の世界のロケットの中で最も多い(頻繁な)打ち上げ数です。しかし、それでも年間約20回です。
一方で着陸と再使用のために大改良を施した最新型の「ファルコン9 Block(ブロック)5」は、使い捨てのファルコン9に比べて着陸脚の追加や、着陸時の減速やコントロールに使う燃料が必要になり、着陸後の点検・整備の手間と費用などもかかります。最低でも10回、できれば20回の再使用を行わないと、大改良の元が取れない機体なのでした。
当時のスペースXの打ち上げペース、年20回のまま、ファルコン9ブロック5の再使用を続ければトントンになりそうですが、そう単純ではありません。
なぜかと言うと、それまでは年に20機製造していた(使い捨てのファルコン9)ロケットが、突然年に1機だけの製造に減ってしまうからです。ロケットを造るための工場設備の維持費や償却費(固定費)は造る数に関係なくほぼ同じです。製造数が20機から1機になると、全ての固定費がその1機にかかってきますので、打ち上げコストに跳ね返って非常に高額になってしまいます。工場の社員のスキルの維持もできません。
つまり、大変なコストと手間をかけてファルコン9ブロック5を開発したにもかかわらず、目標の「再使用による抜本的なコストダウン」は実現できないという罠(わな)に陥ったことになります。技術面では再使用成功という絶大な成果を上げながら、経営面ではむしろ失敗、という事態に直面したのです。
マスクは打ち上げ需要の伸び悩みの先手を打って、第1段再使用の開発と並行しながら、軍事衛星獲得のための訴訟などの需要獲得策を打っていましたが、それでも、ギャップをカバーし切れませんでした。
需要がないなら自分で創ればいいじゃないか
しかしマスクは、ここで“奇策”に打って出ます。「打ち上げ需要がないなら、自分で需要を創ってしまおう」という発想です。
つまり、「たくさんの衛星を打ち上げることが必要な事業」に、自ら参入しようということです。それが「コンステレーション衛星通信事業(=スターリンク)」です。
衛星通信事業を自分でやり、そこでロケットの打ち上げ需要を創出する、すなわちロケットと衛星通信の事業を一体で進めることによって、窮地を脱しようというアイデアです。
とはいえコンステレーション衛星通信は先行事業者がたくさんいて、しかも死屍累々(ししるいるい)のありさまでした。一つ間違えれば衛星通信事業もろともロケット事業も失敗してしまい、会社が倒れかねない危険なアプローチです。
先行したイリジウムは経営破綻
詳しくは書籍で説明していますが、まとめると、コンステレーション衛星通信サービスとは「多数の人工衛星を打ち上げて軌道に投入し、各衛星が高速で通過しながら地上のユーザーと電波を送受信する」「それぞれの衛星が地球を周回しながら足元のユーザーに通信を行えば、地球表面全体を通信サービスの対象にできる」というものです。

衛星の数が増えるほどカバーできるユーザーが増えるので、事業として「衛星をたくさん打ち上げる」必然性があります。衛星打ち上げの需要不足に悩むスペースXにとって、もってこいの選択肢です。
しかし、問題もありました。この事業に先んじて参入した企業群は、どれも経営的にうまくいっていませんでした。
1990年代に複数の企業がサービスを開始したコンステレーション衛星通信事業のうち、もっとも有名なのはイリジウムで、66機の人工衛星を打ち上げて地球を周回させ、世界中で衛星携帯電話を使えるサービスを実現して、ある程度のユーザーを獲得しました。そのほかにも、複数のライバル会社が同時期にサービスを開始しましたが、すべて、相次いで経営破綻してしまいました。
理由はいくつか考えられます。まず、多数の人工衛星を打ち上げますので、人工衛星を造り、打ち上げ、運用するための費用は莫大なものになります。
ネットワークが完成すれば、世界中をサービス対象にできる強みがあり、多額の使用料を払ってくれる顧客をたくさん獲得することでペイできるはずなのですが、そうはなりませんでした。
当時のコンステレーション事業者のサービスは通信速度が遅く、音声電話がなんとかつながる程度でした。ちょうど携帯電話がデジタル化された頃で、先進国を中心に地上の携帯電話網の整備が急速に進み、ヘビーユーザーはそちらに流れます。思うように収益が上がらず、設備投資額の回収のメドが立たなくなってしまう会社が相次ぎました。これによって「コンステレーション衛星通信はビジネスとしてのうまみがない」ということが、宇宙産業界の常識となりました。
ネット時代の到来でコンステレーションに追い風
しかし、2010年代になると状況が大きく変わります。インターネットに接続する需要が劇的に拡大したのです。
携帯電話を使ったインターネット接続は2000年代にもありましたが、その後、スマートフォンを誰もが所有し、いつでもどこでもネットに接続していることが当たり前の社会が実現しました。
インターネット通信サービスに関わる世界の市場規模は100兆円を超え、仮にその1%を衛星が担うだけで1兆円の収益が見込めます。この当時のスペースXの本業であるロケットの打ち上げ(による衛星の軌道投入ビジネス)は、見た目は迫力があって華やかですが、市場規模としてはせいぜい数千億円です。
本業の行き詰まりを打開し、次の収益の柱に育つ可能性もある、絶好の事業だと考えたのでしょう。事業名称は、星を使って(通信を)つなぐということでスターリンクと名付けられました。
1万機以上の衛星でのサービス提供を打ち出す
コンステレーション衛星通信サービスであるスターリンクのビジネスを成功させ、ゆくゆくはロケット打ち上げビジネスも経済的に成り立たせるため、マスクは大胆な打ち手を重ねます。
その原動力になっているのは「自前主義」によるコストダウンとスピードアップ、そして「数」の力への圧倒的な信頼です。自分で同じモノをたくさんつくることで固定費が下がり、素材や原材料のバイイングパワーも増してコストが安くなる。現場の手が慣れてリードタイムが短くなり品質も上がる。
こんなことは小さな工場の社長さんでも知っているでしょう。しかし、それを宇宙ビジネスでここまで徹底したのは彼が初めてでした。
イリジウムなどの過去のコンステレーション衛星通信の規模は、せいぜい数十機の衛星で構築されていました。スターリンクと同時期に事業を始めたライバル、OneWeb(ワンウェブ)の計画でも、数百機です。
通信用の人工衛星は安く造っても1機当たり数億円は必要で、ロケットの打ち上げは1回に数十億~百億円近くかかります。衛星組み立て工場や地上の通信設備を整備する必要もありますから、全部で数千億円を超える投資が必要になります。
そして、途中でやめると全てが無駄になります。
投資を完了しないと人工衛星の数が足りず、通信サービスが途切れ途切れになるため、ユーザーを獲得することができません。ネットワークが完成するまでの間は、投資金額がかさみ続けてなかなか収益を上げられず、厳しい資金繰りを強いられます。このため、経営破綻した参入企業は、ほどほどの数の衛星でバランスを取ろうとしていたわけです。
ところがマスクは、万単位の規模の人工衛星を使ったコンステレーションとしてスターリンクを計画します。投資金額がさらに膨れ上がることは自明です。それでもあえて選択したのは、なによりも通信速度を優先したためです。
2017年時点では、すでに地上の無線通信回線は第4世代(LTE:Long TermEvolution)、いわゆる4Gとなり、快適に高速インターネット通信を使えます。ユーザーに衛星回線の良さを理解して毎月の料金を支払ってもらうためには、4Gに負けない通信速度を実現する必要がある。
それには、衛星の高度を下げる(地球を回る軌道の高さを低くする)ことが有効です。地上にいるユーザーとの距離が縮まれば、強い電波が届き、通信速度は上がります。ただし、1つの衛星が受け持つ地表面積が狭くなりますから、その分、衛星の数が必要になります。だから「高度約550km、衛星数1万2000機、通信速度200Mbps」というシステムをマスクは企画したわけです(スターリンクの仕様は何度も変更されており、これは現在のものです)。ちなみにイリジウムの高度は約780km、700機の衛星を予定していた新興企業、ワンウェブは約1200kmです。

衛星の高度が低ければ低いほど電波が届きやすいので、衛星に搭載する通信アンテナも、地上に設置する通信アンテナも小型化でき、安価になります。それに加えて、軌道が低ければ、同じロケットでも1回で打ち上げられる衛星の数を増やせるので、軌道上の衛星の数を速やかに増やせるメリットがあります。
衛星コンステレーションの先行企業に対するアドバンテージはこれでメドが立ちます。コストにびびって中途半端な通信速度のサービスになってしまうほうが、経営リスクは高い、とマスクは判断したのでしょう。
「急いで構築」と「打ち上げ費を節約」の二律背反
残る問題は2つ。「いかに迅速に衛星ネットワークを構築するか」、すなわち「スピード」。そして、衛星の数が増えることで膨れ上がる「衛星製作費、打ち上げ費をどうやって抑えるか」、つまり「コストダウン」でした。
この2つをマスクはどう解決したのでしょう。次回で詳しくご紹介します。
[日経ビジネス電子版 2026年9月2日付の記事を転載]
小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)
