曖昧すぎる指示、短すぎる期限、すぐにぶれる方針…仕事で「むちゃぶり」をされた経験はありませんか? そのような上司の下で結果を出すためには、ちょっとしたコツが必要です。孫正義氏の下で、東日本大震災の復興支援や新型コロナウイルスのスクリーニング形式のPCR検査センターの設立など様々な難題を爆速で実行に移してきた池田昌人氏の新刊『 仕事は1枚の表にまとめなさい。 』(日経BP)から、大きな仕事をなし遂げるための小さな習慣を紹介します。1回目は、仕事における表の役割と使い方についてです。
ソフトバンクグループはなぜ、PCR検査センター設立に動いたか
この表は、コロナ禍最初期の2020年に、私が孫さんへの説明に用いた概要書のイメージです。
当時、日本に限らず世界中で、未知のウイルスへの恐怖が高まっていました。最初の緊急事態宣言では街から人が消え、経済活動も必要最低限に、とにかく安全と健康を念頭に置いて行動していました。
新型コロナウイルスがどんな疾病なのか。ワクチンはいつできるのか。誰もが不安を抱えている時期だったと記憶しています。
そんな状況で動いたのが、孫さんでした。
2020年3月11日、孫さんは約3年ぶりにX(旧ツイッター)を更新し、
「新型コロナウイルスに不安のある方々に、簡易PCR検査の機会を無償で提供したい。まずは100万人分。申込方法等、これから準備。」
とツイートして大きな波紋が広がりました。
人々が闇雲に不安を抱えたまま、ただ経済活動が止まり、社会が停滞してしまうことに危機感を持っていたのでしょう。そうして、CSR部門長をしていた私のところに、
「PCR検査をやろう」
という指示が飛んで来ました。こうして、私が責任者となって、PCR検査センターをゼロから立ち上げることになったのです。
今でこそ聞き慣れた「PCR検査」ですが、当時はまさに「聞いたこともない」状態です。
残念ながら、私には医療的なバックボーンはまったくありません。いったいどんな検査で、どんなフローなのか。誰に聞けばわかるのか。どこにどんな申請をして許諾を得ないといけないのか。何が必要で、誰がいないとできないのか。費用はいくらかかるのか。皆目、見当もつかない状態でした。
また、私の身近には、孫さんを含めて誰も、この検査を実現するための「必要な情報」を持っている人はいませんでした。
指示はされているが、さっぱりわからない。何から手をつけたらいいのかもわからない。何がわからないのかもわからない。とはいえ、「わからないのでできません」とは言えません。
そのとき私の脳裏には、東日本大震災発災直後、1000年に一度の未曽有の被害状況に対して、
「なんとかせにゃいかん」
と涙ながらに熱く東北への思いを語った素顔の孫さんが浮かんでいました。
事業や投資を進める孫さんとは別の顔、「世の中のために何かをしたい」という純粋な思いを感じたことで、私も「これは何がなんでもやり遂げなければならない」と腹をくくり、「PCR検査で新型コロナウイルス感染症の拡大を防止し、経済活動を早期正常化する」ために動くことになったのです。
どうにかして理解し実現するには、と産業医の人脈をはじめ各所に打診したり、あるいは内閣府などに問い合わせたりして私がまず作ったのが、一連の大まかな流れをつかむためのイメージ図でした。
作業工程のイメージができれば、必要な人・もの・時間がわかるのではないか。そう考えてなんとか作ったものでしたが、この1枚をきっかけに、
「PCR検査という、よくわからないことをやれるようにする」
という漠然とした目標を、
「PCR検査に必要な工程はこの8つ。1つめをやるには○○が必要、2つめをやるには……、3つめをやるには……」
と、具体的にすることができました。
目標が具体的になれば、部下に割り振るなり、その部分の専門家に連絡をとるなり、行動することができます。時間がない中でも、無駄なく効率よくスピーディーに検討することができるのです。
こうした経緯を経て孫さんに話をする際に持参したのが、前掲の表でした。
表を使った説明・議論の進め方
「孫さん、今日はこの表の中の、青字のところを全部、決めていきます」
先ほどの表は一見、すべてが埋まっている=すべて決まっているように思えるかもしれません。しかし、よく見ていただくと、数カ所、わざと文字を青にしている箇所があることがわかるでしょう。
この青字で書かれた部分は、「自分なりに考えた最善の案」です。言い換えれば、実はまだ検討が必要だったり、あるいは孫さんの判断が必要だったりする項目ということになります。
そうした部分を、上司に見せる際にも、空欄にするのではなく、あえて具体的に書き込んでおく。それが、前に進めるための大切なポイントです。
説明は、
「まず目的です。目的は、ここにも書きましたが、経済と感染拡大防止の出口のための検査提供+モデル示唆ということでよろしいですよね。次は、スケジュールです」
という具合に、表の上から順に進めていきます。
「スケジュールは、ラボが7月○日竣工、××に移転して、最速で8月△日から実施可能と考えていますが、いかがでしょうか」
PCR検査の実現に関しては、スケジュールが重要議題でした。目的を考えれば、早ければ早いほどいい。しかし、拙速でことを進めれば、余計に世間の不安をあおる結果になってしまうことも考えられます。その意味で、最低限、孫さんの合意を得ておかなければなりません。
特に、本件については慎重に考える必要がありました。というのも、冒頭で紹介したツイートの後、それが医療崩壊につながるのではないかと世間から猛烈なバッシングを受けたからです。
「検査したくても検査してもらえない人が多数いると聞いて発案したけど、評判悪いから、やめようかなぁ。。。」
というその後のツイート。こんな弱気な言葉を口にする孫さんを初めて見ました。それだけに、その葛藤の大きさがうかがえました。
「携帯電話会社のソフトバンクがやるPCR検査って大丈夫なのか?」
という世間の疑問も想定されました。世間の反応を目の当たりにし、こうした葛藤を経て、医療機関でもない我々が、それでもやろうと決めた。だからこそ、中途半端なことをやって迷惑をかけないように、万全を期す必要がありました。
不確定でも、「あえて具体的に」書く
さて、この表に書いたスケジュールは、もちろん別で表を作って検討した、自分としては最善の日付ではありますが、実のところ、
「遅すぎる!」
という反応が返ってくる可能性がありました。いえ、可能性があるどころではなくて、実は「きっとそう言われるだろうな」とさえ思っていました。
しかし、そう思ったとしてもここで「初夏」や「7月中旬」などと書かずに、あえて日付をはっきり書いたのには理由があります。
それは、こうした日付をはっきり書くことで、明確な議論が進められるということです。
確かに「初夏」や「7月中旬」と「7月15日」では、大きな違いはないかもしれません。しかし、初夏のイメージ、中旬のイメージは、人によって、立場によって異なります。たとえ「7月15日頃」と思って「初夏」と書き、予定通りにできたとしても、そもそも「初夏」のイメージが異なる人には、「遅い!」と怒られることになるのです。
自身で立て、上司からも了解を得た(つもりの)目標を達成したのに怒られるとしたら、そんな仕事にはやりがいを持てないと思いませんか。
「こんなに頑張って、最初に伝えた初夏を達成したのに、なんだよ!」
と心の内でいくら思っても、上司の、
「初夏にはやれると言っていたのに、7月を半分も過ぎているとは、なんだ!」
という評価を覆すことはできません。
「仮だ」とわかるように書いておく意味
不確定なことでも、あえてはっきり書いておく。ただし色は変えて、「仮だ」というのを誰にでもわかるようにしておく。
そうすることで、議論をより建設的に進めることができ、また資料をよく読まずに印象だけで文句を言ってくる人を封殺することもできるはずです。
「7月15日では遅い!」
と言われたら、そのときに取り出すのが、この表に「7月15日」と書き込む前に検討段階で作った「効果分析表」です。その表を見ながら、
「組織化せずに、ただ検査場を設けるということならば、6月15日にはできます」
などと対抗案を検討していくと、
「その点はできていなくてもいいから、とにかく走り出せ。6月15日で」
とか、
「それなら仕方ない、7月15日で進めよう」
などの反応が返ってきます。こうして、不確定だったスケジュールを、固めることができるのです。
「建設的な議論」の土台としての表の役割
この要領で表をどんどん下っていきながら、決めるべきことを決めていく。すると、会議が終わったときには、全体がある程度固まっている。
建設的な議論の土台になること。
決まっていること、決めるべきことを明確に共有できること。
何より、孫さんのような天才を相手にしても、自分の段取りで、同じ土俵で話ができること。
表をベースにして進める説明のメリットは計り知れません。
こうした議論を経て、そして、様々な専門家の方の協力を得て7月には、「SB新型コロナウイルス検査センター株式会社」を設立。社長は私で、ソフトバンクグループが資本金24億円を出資しての船出となりました。9月24日には東京PCR検査センターが本格稼働、1日当たり約4000件の検査が可能になりました。
当時の、
「日本は検査もさせてくれない」
といった声、あるいは、
「自分はもしかしたら感染しているかもしれない。大切な人、免疫力の弱い人、高齢者や子どもを守るためには、とにかく人と距離を取るしかない。どうにかならないものか」
などの気持ちに、少しは応えることができたのではないかと考えています。
(図制作:OKIKATA イラスト:坂木浩子=ぽるか)
(次回に続く)
池田昌人(著)、日経BP、1760円(税込み)



