その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はヌリエル・ルービニ (著)、 村井章子 (訳)の『 世界経済を破滅させる10の脅威 通貨暴落、高インフレ、AI失業の恐怖(日経ビジネス人文庫) 』です。
【はじめに】
私たちは日々ありとあらゆる種類のリスクに直面している。リスクの度合いはさまざまで、失敗してもさほど痛手でないリスクもある。たとえば株に一〇〇ドル投資してその一部いや全部を失ったとしても、路頭に迷うということはあるまい。だが中にはひどく長引いたり苦痛をもたらしたりする深刻なリスクもある。こうした深刻なリスクを脅威と呼ぶ。海に張り出した断崖絶壁の上の別荘を買う人は、脅威のレベルに達したリスクを軽んじているのだ。気候変動やハリケーンの襲来や崖の根元の浸食などは、別荘の購入という多額の投資を危険にさらす。別荘の真下の崖が波に浸食されていくのを放っておいたら、生命の危険さえある。
個人は個々の選択という形で自分の運命に何がしかの発言権を持っている。個人ではなく集団や社会に関わるリスクの場合、選択はむずかしくなる。その選択をするのは政策当局だ。戦争をすべきか、ある企業あるいは産業を救うべきか、気候変動を抑制するために高率の炭素税を導入すべきか――こうした決定に対する市民の発言権は限られているが、決定の影響は広くすべての市民に降りかかってくる。まちがった政策が貴重な財源を無駄にし、何百万もの人々の生活と生命を危険にさらした例は枚挙にいとまがない。手近なところでは、二〇〇八年の世界金融危機や新型コロナウイルス[Covid-19]のパンデミックへのお粗末な対応を見れば十分だろう。社会としての脅威への対応は、個人の場合よりはるかに複雑だ。国レベルであれグローバル・レベルであれ、政策担当者の意見が一致せず瑣末なことで対立していたら、そもそも決定を下すこと自体がむずかしい。
私は経済学者としてリスクとその影響を見つめてきた。二〇〇六年に住宅価格が途方もなく値上がりし、住宅ローン債務が危険水位に達し、建設ラッシュが野放図に続いていることに気づいた。過剰になった新築住宅の売り手は、買い手を見つけようと躍起という状況だ。そこで、住宅市場ではバブルが形成されており、このバブルはもうすぐ崩壊してグローバル規模の景気後退と金融危機を招くと警告した。公の場でそんなことを言ったものだから、批判論者から破滅博士(ドクター・ドゥーム)というありがたくないレッテルを貼られたものである。同調者は一人も現れず、大方の人が私の警告を無視した。だが事態は私の予想通りの展開になった。住宅バブルに端を発する世界金融危機にあらゆる国が呑み込まれ、アメリカ全土で(住宅バブルを抱えていた他国でも)住宅価格は急落し、その影響は世界各国で金融部門のみならず経済全体に波及した。
リスクも脅威もどこにでも潜んでいる。それぞれに性質は異なり、進行速度もちがえば危険の度合いもちがう。最も危険なのは、非常に速度が遅くじわじわと作用してくるタイプだ。このようなリスクに社会として立ち向かうのはとりわけむずかしい。本書では、いま人類が直面している最大級の脅威を取り上げる。徐々に進行するものもあれば、急速に巨大化するものもあり、差し迫っているものもあれば、やや先になるものもあるが、いずれにせよこの最大級の脅威を「巨大な脅威(メガスレット)」と呼ぶことにしたい。巨大な脅威とは、広い範囲で大きな損害と苦痛を引き起こし、しかも容易には解決できないような深刻な問題を指す。
戦争や武力衝突だけが巨大な脅威ではない。もちろん戦争が広範囲で悲惨な事態を直接引き起こすことは、つい最近のロシアのウクライナ侵攻を見ればあきらかだ。歴史が文字で記されるようになったときから、戦争は存在した。地域的な戦争もあれば、世界を巻き込んだ戦争もあり、短期間で終わるものもあれば、数十年も続くものもあった。したがって憂鬱なことだが、戦争は人類にとって目新しい問題ではない。本書では、大国間の戦争を誘発し甚大な人的・経済的打撃を与えかねない地政学的脅威も取り上げるが、どうやって戦争を回避するか考えることは専門外であることをあらかじめお断りしておく。本書で論じるのはそうした局地的なリスクではなく、経済、金融、政治、地政学、貿易、技術、健康、気候といった影響範囲の広い大規模な脅威である。このうち破滅的な武力衝突を直接招く恐れがあるのは、地政学的リスクなどごく一部にとどまる。現在の世界は、規模の点でも警戒を要する点でも桁外れの一〇の巨大な脅威に直面している。これらの脅威をしっかり認識し、生活や生命を奪われないようにするために何ができるかを考えて行動しなければならない。この本を書いたのは、そのためである。
記憶は薄れるものだ。とくに経済的困窮は過ぎ去ってみると忘れやすい。第二次世界大戦以降、何度か中断はあったものの、世界は総じて長期にわたる繁栄と平和と生産性の伸びを謳歌してきた。過去七五年間にわたって経済はおおむね安定し、景気後退はいくつかの例外を除いて比較的短かった。イノベーションが次々に出現して生活の質は向上し、大国間の全面戦争はなかった。そして多くの国の多くの世代が、親世代、祖父母世代を上回る生活水準を謳歌している。
だが残念ながら、長く続いた平和と繁栄の時代はこれ以上続きそうもない。現在起きているのは、安定の時代から不安定と紛争と混乱の時代への大転換だ。これまでに遭遇したことのない巨大な脅威に人類はさらされており、しかもこれらは相互に関連している。
いま私たちは断崖の上を危なっかしく歩いており、はるか下の地面は揺れている。それなのに、未来は過去の延長だとまだ考えている人が多い。これはとんでもないまちがいだ。すでに鳴り響いている警報に耳を澄ませてほしい。経済、金融、技術、貿易、政治、地政学、健康、環境に関わるリスクは、これまでとは桁ちがいの規模に膨れ上がっている。よく知っていると思い込んでいた世界をすっかり変えてしまう巨大な脅威の時代が来るのだ。
だから油断せず厳戒態勢で暮らすことを学ばねばならない。雇用は安泰だ、頼もしい元気な地球は盤石だ、感染症は医療技術で退治できる、大国の間で平和は維持される……こんなふうにこれまで当然と考えてきた経済的・地政学的な確実性は、いまや失われようとしている。第二次世界大戦後の経済成長と繁栄は、スタグフレーションとごく短期間の景気後退で何度か中断しただけだったが、いまや大恐慌以来の経済・金融危機に襲われるリスクが迫っている。さらに、気候変動、人口高齢化、自国第一主義や移民排斥、米中対立、技術革命と技術的失業などがこの危機に追い討ちをかけるだろう。
本書では、人類の未来を危うくする一〇の巨大な脅威をくわしく分析する。一冊の本でまとめて論じることで、脅威が重なり合って増幅することがよくおわかりいただけるだろう。累積債務と過剰債務の罠、信用緩和と金融危機、人工知能(AI)と技術的失業、脱グローバル化と大国間の地政学的緊張関係、インフレーションとスタグフレーション、通貨危機と所得格差の拡大とポピュリズム、気候変動とパンデミックという具合に、脅威は相互に関連づけられる。したがって、どれか一つだけに取り組もうとしてもうまくいかない。脅威が一つあるだけでも悩ましいのに、一〇もの巨大な脅威が同時に襲ってきたらおそろしいことになる。
本書では1~10章で巨大な脅威を一つずつ取り上げたのち、これらを乗り越えて生き延びるための総合的な展望を第3部で論じる。あらかじめお断りしておくが、驚くべき幸運と前例のない高度成長と望外の国際協力に恵まれない限り、ハッピーエンドは期待できない。脅威はすでにかなり進行している。
その責任の多くは私たち自身にある。本書で取り上げる巨大な脅威の多くは、ある問題の解決だと思われた行動から生じたものだ。金融の規制緩和、非伝統的なマクロ経済政策、工業化の推進に伴う炭素排出、製造業の国外移転、AI開発、中国の国際競争力の強化、等々。
巨大な脅威と戦うには、これまでの口当たりのよい前提はゴミ箱行きにしなければならない。一部の仕事を機械に置き換えても、これまでそうだったように新しいよりよい雇用が別のところで創出される、という心地よい前提はその最たるものだ。減税や貿易自由化や規制緩和は経済を活性化させ万人をゆたかにするという前提もそうだ。人類が生き延びるためには、個人の自由より国家や地球など公共の利益を優先させなければならないかもしれない。包摂的で持続可能な成長を実現できなかったら、人類は部族同士が相争う暗黒時代に逆戻りしかねない。国同士の諍いや地域紛争が絶え間なく続き大勢を不幸にした時代がそう遠くない昔にあったことを忘れてはいけない。
本書では、今後二〇年にわたって人類の未来を脅かす巨大な脅威を中期的な視点で論じていく。ただし、これらの脅威は二〇二二年の時点ですでにその姿をはっきりと現している。先進国ではインフレ率が急上昇すると同時に景気後退リスクが高まり、スタグフレーションの危険性が復活してきた。中央銀行がインフレ退治のために利上げを続行すれば、債務比率の高い政府部門と民間部門には財政破綻とデフォルトのリスクが迫ってくる。もはや低利の借り入れが期待できなくなって株式市場は世界的に軟調になり、暗号資産をはじめとする多くの資産バブルが崩壊した。脱グローバル化や世界経済のブロック化が取り沙汰されるようになって久しい。さらに、ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、従来にはなかった形の戦争リスクが世界各地で散見される。アメリカ(および西側同盟国)と中国(およびロシア、イラン、北朝鮮など事実上の同盟国)の間で新たな冷戦が起きる可能性が指摘されており、台湾をめぐっても米中の緊張が高まっている。気候変動が一段と深刻化し、インド、パキスタン、サハラ以南のアフリカ、さらにはアメリカ西部も大規模な旱魃(かんばつ)と熱波に襲われるようになった。中国の経済成長が鈍化し、ゼロコロナ政策という誤った政治的判断も重なって、ハードランディングのリスクが高まってきた。多くの貧困国ではパンデミックがまだ抑制されておらず、今後新たな変異株が出現する可能性が高い。食料やエネルギーなどのコモディティ価格の上昇を背景に、エネルギー供給の不安定化、食料不足さらには飢饉のリスクが現実に存在する。すでに顕在化しているこれらの現象は、一〇年先に待ち受ける暗い危険な未来と巨大な脅威の予兆とみなすべきだ。現に二〇二二年春に、あの用心深い国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事は同僚二人とともに、世界経済は「おそらくは第二次世界大戦以降で最大の試練」を迎えようとしており、「複数の災厄が同時に起きる可能性もある」と述べている1。
私だって、人類の未来についてもっと楽観的になりたい。株価は上がる、利益は増える、雇用も所得も増える、平和と民主主義が世界に広がりどの国も平和と繁栄を謳歌する、持続可能で包摂的な成長が実現する、国際的な合意により公正で誰もが受け入れるルールが定められる、と言えたらどんなにいいだろう。だがそれはできない。好むと好まざるとにかかわらず、危機は迫っている。人類が直面する巨大な脅威は世界を大きく変えてしまうだろう。生き延びたいなら、見ないふりをしてはいけない。備えることだ。
【目次】



