その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田中孝幸さんの『 世界を解き明かす 地政学 』です。
【まえがき】地政学が重要になった世界
地政学とはそもそも何か
地政学とは、主に地理に重点を置いて国際関係を考えることを指します。
地理は簡単に変わりません。たとえば日本も約1500万年前にユーラシア大陸から切り離されて以降、列島であり続けています。
島国としての地理や気候は、そこに住む日本人の行動パターンや文化を規定してきました。こうした、変わらないものをしっかり把握するのが、地政学的な思考の柱です。
一方で、地政学という言葉には「政」という文字も入っています。これは主に、「うつろいやすい」政治的な問題を意味しています。
世界では一見して不合理に見えることが起こります。それは経済合理性だけでなく、リーダーの保身や個性といった政治的な問題がわからなければ理解できません。
たとえば、ロシアのウクライナ侵略についても、地政学リスクとしてよく話題になっていたにもかかわらず、ほとんどの識者や専門家は事前に予測できませんでした。
それは、ロシアにとって欧米の経済制裁や軍事費の拡大を招くのは明白で、経済的にはまったく理にかなっていなかったためです。
このように地政学は、経済的な問題よりも優先される国の防衛の問題や、国内政治の問題もカバーします。政治、経済、地理を総合的にとらえて、外交やビジネスなどの国際舞台で使えるようにした実学です。
地理を知ることが大事な世界に変わった
近年、日本だけでなく世界中で空前の地政学ブームが起きています。
さまざまな観点から地政学を論じる本が出版され、ユーチューブでも国際問題を扱うチャンネルが急増しました。
ではなぜ地政学が重要になり、注目を集めているのでしょうか。
それは世界中で共有する価値観やルールが揺らいだことが影響しています。
1989年に東西冷戦が終わると、人やモノが世界中を自由に行き交うグローバル経済の時代を迎えました。これには、社会主義陣営の崩壊で、市場経済による自由貿易という共通のルールが広がったことがありました。
世界中の国が同じルールを守り、信頼関係を高め、戦争の危険が遠のくほど、地理の重要性は薄れます。
お金さえあれば、どこでも同様の暮らしができるようにするルールを整えているのがグローバル化の世界であり、そこでは、「モノ」がどの国で生産されたかも重要ではなくなります。
たとえば車やコンピューターに使う部品や石油などの天然資源にしても、自由に貿易ができているなら、重要なのは価格と品質だけです。モノが安全、自由に低コストで行き交いするのなら、どこでどうつくられたのか問う必要はなくなります。
このことは多くの雇用の受け皿である製造業が、先進国から中国などの新興国に移った一因になりました。
ただ、最近は国と国との間の信頼度は大きく落ち込んでいます。
20世紀の二度の大戦の経験から、世界では武力で一方的に国境を変更したり侵略戦争をしたりしないというルールができました。しかし、それはロシアのウクライナ侵略が起こったことにより、建前としても守られなくなりました。
国際ルールが弱くなった時代の国々は、敵に弱みを握られることがないように、資源や精密部品の輸入元にも気をつけるようになります。
近くの国からの侵略に備えて軍備を強めるだけでなく、遠くの同盟国の動向も常に警戒しなければならなくなります。
戦国時代に入ってしまった現代で、私たちはどうするか
残念ながら、世界は再び地理が大事な戦国時代に入ってしまったのです。
それでは、これからさらに紛争が増えるひどい時代になるのでしょうか。
私は楽観的ではありませんが、悲観的でもありません。未来がどうなるかは、世界の問題についての理解が社会に広がるかにかかっています。
この本は、日本経済新聞電子版で連載したコラム「地政学まずはコレだけ」をもとにしています。通常のニュース報道ではわかりにくい地政学の問題について、「地理」と、政治を含めた「国際社会のシステム」、「時間」という3つの柱で解き明かします。
各回は独立した構成にしています。読者のみなさまにはそのときどきの気分や興味に合わせて、気楽に読んでいただけたらと思います。
すべての回は書物で得た知識だけでなく、私が30年にわたって培ってきた現地での取材経験や体験に裏打ちされています。
夜明け前に胸の内を語り始めた中東の王子。一対一で議論したヨーロッパ、イスラエルのリーダーや、情報機関員たち。建前を離れてぽつぽつと話し始めた中国とロシアの高官。寒風吹きすさぶ北極圏で働く工員。植民地支配の記憶について語ったナイジェリアの元閣僚。必死に前を向き続けるウクライナの退役兵や子どもたち……。
それぞれの回を読み返すたびに、世界各地で親交を深めたさまざまな人々との思い出がよみがえり、感謝の思いで胸がいっぱいになります。
この本はそうした方々との交流の産物といえます。
ネットにはあらゆる情報があふれ、人工知能(AI)も急速に普及しました。
それでもなお最も重要な情報や知恵、ものの見方はまとまった形で公開されるのは少ないのが実情です。文字化すらされず、口伝えで、親族など限られた人に受け継がれる傾向すら残っています。
本書では国際政治のプレーヤーが明かした内輪話など、他の本や研究論文では知りえない現場の情報も盛り込みました。
みなさまの国際社会に関する理解に、少しでも資することができれば幸いです。
【目次】





