その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野中高広さんの『 ハラスメントの予防と対応(日経文庫) 』です。「プロローグ」をお届けします。
【プロローグ】
なぜ、私がハラスメントの加害者に?
「まさか自分がこんなことになるとは、思ってもみませんでした」
──真面目に仕事に取り組み、部下を思って接していた、そんなごく普通の管理職が、ある日突然ハラスメントの指摘を受けて戸惑うことになります。それは決して人ごとではなく、多くの職場で実際に起きていることです。
「人事部門との面談やヒアリングが実施され、評価にも影響が出てしまった」
「周りの視線がつらくて、毎朝起きるのもきつくなってきた」
「自業自得であると納得しようとしても、何が悪かったのかいまだによくわからない」
管理職に元々悪意があったわけではなく、むしろ、部下の成長を心から願い、責任感をもって会社のために頑張ろうと思っていたはずです。しかし、「思い」と「伝わり方」には、どうしてもズレが生じます。また「指導」と「パワハラ」、「雑談」と「セクハラ」など、現代の職場ではその境界線が曖昧になっていると感じている方も多く、事実として、そういったグレーゾーンにもリスクが潜んでいます。
かつては許容されていたように思える言動が、現代では問題視されるなど、価値観の変化や、世代間の感覚のズレに戸惑う管理職が多い実情も目の当たりにしてきました。私は、裁判官として様々な訴訟に向き合い、民間企業の現場では人事業務やハラスメント研修などを担当し、弁護士としても様々なハラスメント案件に取り組んできました。自分自身も様々な組織で部下やスタッフとの関係で苦労を重ねてきたのも事実です。いまだにどういった関係性やコミュニケーションが正解なのかはわかっていませんし、常に迷いながら向き合っているというのが、正直なところです。
しかも最近は、パワハラ、セクハラやマタハラといった従来型のハラスメントに加え、カスハラ、リモハラ、異なる文化的背景や多様性への理解不足に起因するハラスメントなど、職場でのリスクは複雑化・多層化しています。
本書は、こうした変化の激しい複雑な時代に生き、部下やスタッフ、あるいは取引先との関係性に悩む管理職の皆様が、自信を持ってマネジメント力を発揮し、成果を上げ、充実したキャリア生活を明るく送る環境づくりを一緒に考えるために執筆したものです。
もう一つ、私がハラスメント問題に本気で取り組んできた理由があります。国内外の企業の重大な不祥事事案の調査に関わり、その真因を探っていた際に、現場サイドで不祥事の芽に気づき、違和感を抱いたとしても、職場の風通しの悪さ、極端な上命下達などにより、上司、あるいはその上の上司に伝えることができない状況にあるケースを多々見てきました。その結果、何年も不正の芽が地下で育ち、大きな不祥事になってしまっていたのです。そういった経験を通じ、思ったことを言い出せない職場の雰囲気というのは、いわば不祥事の温床ともいえることを痛感したのでした。
その一方で、各種コンプライアンス、リスク・マネジメント案件全般を見るにつけ、ハラスメントの問題は企業の皆様からの関心が非常に高く、特に経営層の皆様が強い関心を持っております。皆様と様々な議論を重ねるうちに、職場環境やハラスメントの問題に、より本腰を入れていくことが、企業をよりよくする一歩になるのではないかと思ったのでした。
ところで、皆様がこの本を手に取ったきっかけは、「トラブルを避けたい」という危機感かもしれませんし、職場へ向かう際の暗い気持ちであったかもしれません。ただ本書を読み終えたときには、「部下ともっとよい関係が築けるはずだ」「職場をもっと安心して働ける場所にしていこう」「朝、すっきりとした気持ちで職場に向かえるかもしれない」──そういった少しでも明るい、前向きな気持ちになってほしいと願っております。
本書では、第1章において、まずハラスメントに関わる法改正の概要について説明しています。
第2章から第7章においては、各ハラスメントの類型ごとに実際の職場で起き得るリアルなケースに基づいて、管理職と若手社員、人事部門の社員、取引先社員など様々な立場からの議論を通じ、マネジメントに必要な視点と実践的なヒントを提示しました。各ケースは一つずつ完結しており、どこからでも読めるようになっています。まずは、目次のケース部分をざっと眺めていただき、気になった事例から読み進めていただいてもよいでしょう。
第8章においては、管理職のためのフィードバックやコミュニケーションのポイントなどを、第9章においては、管理職が押さえておくべき範囲内で社内体制の整備についても概観しています。
ハラスメントの対応には正解がないからこそ、完璧でなくていいと思います。ただ、今日から少しずつ部下との対話を始めてみましょう。悩みながらでも一歩ずつ前に進むことが大切です。その積み重ねが、よりよい職場と信頼関係につながっていくのではないでしょうか。皆様がその第一歩を踏み出すに当たって、本書がささやかなるサポート役になることができれば、とても嬉しく思います。
令和8年2月 野中 高広
【目次】












