その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はザジー・トッド(著)、喜多直子(訳)、日経ナショナル ジオグラフィック(編)、松本ひで吉(イラスト)の『 あなたの犬を世界でいちばん幸せにする方法 』です。
【はじめに】
犬は多かれ少なかれ、あなたの人生を変える。私も、シベリアンハスキーとアラスカンマラミュートのミックスである美しい犬が、まさか自分の人生を大きく変えるなんて想像もしていなかったけれど、実際はそうなったのだ。
ゴーストを車で連れ帰ったのは、ある暑い日のことだった。車をガレージに入れてゴーストを降ろし、リードをつないでトイレ休憩に外へ出て、それからようやく家の中へ招き入れた。ゴーストは、ここが犬舎ではなく民家だったことに、ほっとしているように見えた。なにしろ、これまで施設から施設へたらい回しにされてきたのだ。
ゴーストは4歳だった──少なくとも私たちはそう聞かされていたのだけれど、うちへ来てから2、3カ月で体が少し大きくなった。知らない人たちばかりの知らない場所へ連れてこられたゴーストは、当然のことながら緊張していた。ゴーストがやって来てしばらくのあいだ、私は毎日たっぷりと、彼の体をなでて過ごした。ゴーストはめいっぱい体を伸ばして横向きに寝そべり、私はそのかたわらにひざまずいて、やわらかく豊かな毛をなでてやる。どれだけ長くなでてやっても、私の手の動きが止まるや、大きな頭をもたげて口の周りを舐め、ときには前脚で私をつついて、もっとなでろとせがむのだった。なでられるのがそんなにも好きなくせに、それ以外の場面では私たちの手からするりと逃げてしまう。まるで私たちの手が彼を傷付けようとしているかのように……。
ゴーストを連れて出かければ、行く先々でその容姿をホメられた。こんな素晴らしい子に何週間も里親が見つからなかったなんて信じられない。ゴーストはフレンドリーで、ハンサムで、大きな体でかなりの幅をとった。目を合わせようとはしなかったが、私が背を向けるといつも、こちらを見つめているのを背で感じた。
ゴーストの瞳はほとんど白に近い淡いブルーで、黒いアイラインで縁取られている。ゴーストが動けば、もれなく小さな毛束がふわりと落ちた。換毛期は夏の終わりまで続き、ブラッシングするたびに、犬がもう1匹できるのではないかと思うくらいに毛が取れる。ゴーストはどう振る舞えばいいのかわからない様子だったが、それは私たちとて同じだった。
ごはんの量はどれくらい? 散歩は1日何回行けばいい? どんな遊びが好き?──その答えは私たちが見つけるしかない。散歩の道すがら、ゴーストは出会った人の手におとなしくなでられるものの、人に対する興味は示さなかった。ところが、犬に出会うと態度が一変。お友だちをクンクンしたくてぐいぐい近づいていくものだから、リードを持つ手が悲鳴を上げた。だから私たちはすぐに決断したのだ。ゴーストには相棒が必要だ、と。
地元のシェルターにオーストラリアンシェパードが1頭登録されていたが、ウェブサイトにはまだ写真も何も情報がなかった。インターネットで調べたところ、オゥシーという愛称で呼ばれるその犬種は、しつけがしやすいらしい。そこで、私たちはゴーストを連れて会いに行ってみることにした。お目当てのオゥシーはちょうどトリミングに出かけていたので、受付の椅子に腰かけて帰りを待つことにした。ゴーストも床に座って辛抱強く待っていた。
結局、ペットサロンからの帰りが遅れるというので、いったん帰宅したのだが、すぐに電話があって、今から戻ってこられないかという。閉館時間が迫る中、私たちは施設に戻り、美しく手入れされ、バンダナでおめかししたその犬を連れて、短い散歩に出た。ゴーストはその子が好きになったようだ。ならば、決まりだ。私たちはその子をボジャーと名付けた。
かくして我が家はわずか6週間のうちに、動物0匹生活からいきなり犬が2匹いる生活へと大きく舵を切った(ああ、それから2匹の猫も。シェルターでボジャーの帰りを待っていたとき、トラ猫がガラス越しにゴーストをずっと見つめていたので、その子も引き取ることにした。そして、トラ猫にも相棒が必要だということで、間もなく三毛猫も迎えたのだ)。
本やテレビで見聞きする犬に関する情報に、私は困惑しっぱなしだった。散歩のときは犬に前を歩かせてはいけないというが、ゴーストは本来ソリ犬の犬種だ。ソリ犬はソリの前に立たなければソリを引くことができない。犬より先に人間が食事をしろというが、それも不便に感じた。動物たちに先に食べさせるほうが、我が家の生活スタイルには合っている。
さらには、犬が口にくわえた骨などを手で取り上げろ、とも。いやいや、それはいくらなんでもバカげている! わざわざゴーストの口に手を突っ込んで、あの大きな歯の威力を体感するなんてまっぴらごめんだ。そんなリスクを冒さなくても、ゴーストは物々交換に協力的だった。ボールを返してほしいときは、おやつを差し出せば喜んで交換してくれる。無意味に挑発する必要などどこにあるというのだろう。
正直に言おう。ボジャーはちょっぴりおバカさんだった。よく跳ね回り、なんでも嚙み、吠え始めるとなかなかおさまらないし、リードは一度に全方位へ引っ張られているかのようだった。かまってほしくて私たちを何度も小突くくせに、こちらが目を向けると唸り声をあげる。ちょっと放っておくと、自分の尻尾をくわえて果てしなく回り続ける……。
うちに来て2、3週間の頃のボジャーに会った人たちの中には、私たちが即刻ボジャーを施設へ送り返すと予想した者もいた。たしかにそれも選択肢としてあり得ただろう。でも、私たちはすでにボジャーに対して責任を感じていた。ボジャーの社会化がうまくいっていなかったのはあきらかだったし、誰もボジャーに正しい振る舞いを教えてもこなかったのだ。それなら私たちが教えればいい。少なくともトイレトレーニングはできていた。それにボジャーは、自分の役割はゴーストの相棒になることだと理解しているようだった。私たちの生活は突如、この2頭のわんこを幸せにするために回り始めた。そしてそれは、思っていたほど簡単な仕事ではなかった。
犬より先に食事をすべしだとかなんだとか、テレビで見たような神話はすっかり消滅した……と言いたいところだが、それらは今もなお広く信奉されている。その一方で、犬について私たちが知っていること──事実としてわかっていること──もまた、劇的に増えている。まだわかっていないこともたくさんあるが、以前と比べると犬への理解は進んでいるのだ。
英国のノッティンガム大学で社会心理学博士課程に籍を置いていたとき、私は学部生に基礎心理学を幅広く教えていた。羊の脳を解剖する学生に付き添って、海馬(記憶と感情を司る領域)や嗅球(きゅうきゅう)(その名のとおり嗅覚に重要な部分)などの器官について解説したこともある。あのときの防腐剤のにおいと灰黄色(かいこうしょく)の脳を今でも覚えている。大学1年生を対象とした心理学基礎講座では、動物(人間を含む)の学習メカニズムなどをテーマに取り上げた。講義は私の研究室で、一度に6名の学生を集めて行った。英国の大学では少人数での参加型授業が一般的だ。
動物の学習についての講義では、学生たちにも行動の「強化」と「弱化」の例を持ち寄ってもらった。行動の強化とは、特定の行動の生起頻度を高めて定着化することで、弱化は特定の行動が減少することを言う。私は1つの例として、当時飼っていたスナップという茶白猫のエピソードを紹介した。夜も更けてスナップが家に戻る時間になると、私はスナップの名前を呼びながら、おやつの袋をかさこそと振る。スナップがキッチンのドアから入ってくれば、私はスナップにおやつを与える。ごほうびを与えることにより、その次の夜もまた呼べば戻ってくるようになるのだ。つまり、これは「正の強化」の一例である。
ほとんどの学生が人間を例にとった発表をする中、ペットの犬のエピソードを話してくれた学生もいた。こうした実例は、ペットを飼う人にとって非常に役に立つ情報となる。これこそが、私がすべての人に心理学の基礎を学んでほしいと願う理由の1つだ。行動の仕組みを理解できれば、愛犬との関係をより幸せなものにできるのだから。
ときどき講義をしたり会議に出席したりする以外、私は動物の学習という分野についてそれほど熱心に考えていたわけではなかった。そう、ゴーストがうちにやって来るまでは。私はそのとき初めて、世話を必要とする生身の犬を飼うという現実と、求めているアドバイスにたどり着けないもどかしさの両方に直面した。
ゴーストを迎えて1年も経たない2012年、私自身が犬や猫の世話をもっと科学的に学びたいという思いから、「コンパニオン・アニマル・サイコロジー──ペットのための心理学」というブログを立ち上げた。私は犬猫の科学という鉱脈にたどり着き、そして多くの人がそこから掘り起こされる次なる知識を求めていた。犬の科学は急速な発展を見せている。つまりそこには、ベテラン愛犬家でさえさらに学ぶべき新しい何かがあるということだ。
「強化」と「弱化」の原理がペットとの暮らす方法の中核を成す一方で、動物の思考や感情についての知見もすっかり様変わりした。かつては、米国人心理学者のバラス・フレデリック・スキナーを筆頭に、動物はたんに刺激に反応しているだけだという説が主流だったが、今では意識を持つ存在であると認識が改められている。飼い主に対する気持ちも含め、ペットには思考と感情がある。つまり私たちは、動物の真の姿を理解して世話をするという、より重大な責任を負っているということだ。私たちを慕ってくれるその賢い生き物たちは、それぞれに込み入ったニーズを抱えているのだ。
科学者が犬に興味を持つようになったきっかけの1つが、1998年の同時期に、ブライアン・ヘア博士とアーダーム・ミクローシ教授がそれぞれ発見したある事実だった。犬は人間の指差しを理解するというのだ。これは、人間にもっとも近い種であるチンパンジーにも備わっていない能力だ。この発見以降、行動、感情、人間に対する反応など、犬に関する研究が盛んに行われるようになり、犬以外の動物もまたその研究対象となった。
羊の脳を解剖する学生に付き添っていたあの頃は、人間とほかの動物は別次元の生き物で、多くの能力は人間の専売特許であるかのように語られていた。それが今では、まるで人間とほかの動物との差が急激に縮まったかのようだ(もちろん私たちの見方が変わっただけなのだが)。愛犬家にしてみれば、科学者がかつて、動物に感情がないと断じていたなんてにわかに信じられないだろう。とはいえ科学者も、犬の家畜化の起源、子犬の成長から遊び行動、時折浮かべる「反省顔」、などに至るまで、犬のあらゆる側面に関心を寄せるようになった。犬の科学の素晴らしさの1つは、その大部分が動物福祉と犬のケアに良い影響を与えられる点だ。
ブログを開設した年、私は北米を代表する動物保護団体「ブリティッシュコロンビア州動物虐待防止協会」の地元支部でボランティア活動を始めた。犬や猫ともっと関わりたかったし、3匹のペットたちと出会わせてくれた場所に恩返ししたい気持ちもあった。その1年後には、ジーン・ドナルドソン創設の権威ある「ドッグトレーナー・アカデミー」の奨学金を受けられる幸運にも恵まれた。科学に基づいた短期間で効率的なトレーニングのほか、犬の恐怖心、攻撃性、フードガーディング(食べ物を守ろうと人に対して唸ったり咬みついたり、あるいは食べ物をくわえて逃げたりする行動)など、問題行動の修正についても学ぶことができる。
私はまた、犬や猫の困りごとを抱えた飼い主をサポートするべく、「ブルーマウンテン・アニマル・ビヘイビア」というサービスを立ち上げた。そのあいだもほぼ毎週欠かさず水曜日にブログを更新し、さらには「サイコロジー・トゥデイ」で2つ目のブログもスタートさせた。もしも誰かが過去の私に会って、将来は犬の福祉に関わる科学分野で執筆活動をしているよと教えてくれたなら、若かりし私はきっと面食らうだろう。過去の私も例に漏れず、犬を過小評価していたのだから。
愛犬の必要に迫られてトレーニングや行動を学ぶようになったという人は、きっと私だけではないはずだ。もっと知りたいと願うそんなすべての愛犬家に、私はこの本を贈りたい。
幸い私は科学を理解する(そして科学分野に貢献する)立場にあり、これまでさまざまな種類の犬と関わる機会にも恵まれてきた。飼い主が愛犬のニーズをよりよく理解し、犬と人間の双方に変化が起こる瞬間を見られるのは、私にとって至福のときだ。
本書には、犬について科学が教えてくれること、また、犬の福祉のために科学ができることが書かれている。各章で、犬を迎えるときに考慮すべきこと、トレーニングの方法、犬の社会的行動と遊びの見極め方、犬の食事、睡眠、動物病院でのストレスを軽減する方法などのテーマに沿ってお話しする。また、ペットの最期に向き合おうとしている人にも寄り添えればと思う(そのときを迎えるずっと前に読んでもらえるのが理想だが)。科学的な調査・研究結果も紹介しているが、あまり専門的にならないように説明したつもりだ。また、本書執筆にあたり、「犬にとってより良い世界を作るために必要なこと」について、専門家に質問を投げかけた。その問いに丁寧に答えてくれたスペシャリストたちの金言も紹介する。
各章の終わりには(1、16章以外)、犬の科学を家庭で応用できるよう、あくまで現実的で科学的根拠に基づいた項目をリストアップした。また、最終章では愛犬のためにするべき最重要事項をまとめ、巻末には愛犬の幸福度を知るためのチェックリストを設けている。
この本を読み終える頃には、愛犬を幸せにする(あるいはもっと幸せにする)ためのカギが見つかっていることだろう。もちろん本は専門家の代わりを務めることはできない。愛犬について何か気にかかることがあれば、獣医師やドッグトレーナー、行動療法士など、適切な専門家に相談してもらいたい。
忘れてはならないのは、私たちは常に学び続けていきたいということ。犬についてわかっているつもりでも、その情報がアップデートされることもある―本書からもおわかり頂けるように、こうした知識の進歩は驚きと刺激に満ち、私たちの日常にも深く関わっている。まずは、幸せな犬を育てるための話をしよう。今このときの幸せだけでなく、あなたの愛する犬がワンダフルな犬生を生きるために。
【目次】




