総合商社・丸紅のシンクタンク部門である丸紅経済研究所は、グローバルにさまざまな分野に取り組み、社内外にレポートを精力的に発信しています。丸紅経済研究所の研究員、阿部賢介さんと宮森映理子さんに、仕事に役立ち、後輩や部下に薦めたい本を教えてもらいました。後編では、宮森さんが『イェール大学集中講義 思考の穴』などビジネス書3冊を紹介します。
データだけでは人に伝わらない
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 前回は阿部さんのお薦めの本を聞きました。今回は宮森さんが仕事に活用した本を教えてください。
丸紅経済研究所 上席主任研究員 宮森映理子さん(以下、宮森) 1冊目は『 イェール大学集中講義 思考の穴 わかっていても間違える全人類のための思考法 』(アン・ウーキョン著/花塚恵訳/ダイヤモンド社)です。
前回、阿部からもお話ししましたが、丸紅経済研究所では1人の研究員が複数の分野をカバーしなければなりません。少数精鋭で多くの価値を出すため、各自の知見をうまく掛け合わせたり、プロジェクトのような形で取り組んでアウトプットしたりする必要があります。
このとき、他者の知見と自分の知見を「どちらもいいものだよね」と受け止める姿勢が大事です。そのために「人間はどういう思考回路で動くのか」を客観的に知りたいと思っていました。この本では、科学的な知見と、ユーモラスな語り口で人間の思考バイアスについて説明されています。同僚の思考のバックグラウンドを理解するのに役立ちます。
丸紅経済研究所 上席主任研究員
この本では1チャプターにつき1つのバイアスを説明しています。特に印象に残った部分はありますか。
宮森 Chapter4の「危険な『エピソード』──『こんなことがあった』の悪魔的な説得力」ですね。私自身、研究員という立場なので、事実を積み上げ、データをきちんと分析をして主張や提言につなげていくのが重要です。しかし一方で、それだけだと相手の頭に残らず、「前にも聞いたはずなんですけど、もう1回説明してもらってもいいですか」と言われることが多々ありました。そこで、具体例や「お客様からこんな話を聞いて」といったエピソードを交えると記憶に残りやすくなったので、「人間はみんなそうなんだな」と、この話が実証されたように感じました。
まさに実践したということですね。
宮森 それから別のチャプターでは、「他者の苦労よりも自分の苦労のほうが多く感じる」という記述があり、他者理解に役立つなと感じました。
私は過去に環境・サステナビリティ分野に携わっていたのですが、その分野の研究に時間をかけた分、「これは私がよく知っている」という自負がありました。一方で、ともすると、他人は特定の領域を簡単に習得したかのように感じ、相手への敬意が薄れがちになります。この本を読んで、そうしたことも起こりやすいのだと分かりました。
どうしても「自分の苦労を分かってほしい」と思ってしまいそうです。
宮森 そうですね。他者をリスペクトすることは、自分がやってきたことを否定することにはなりません。この本のあとがきでは、思考のバイアスを知ることで「世の中がフェアになる」と書かれています。私も頑張っているし、あなたも頑張っている。どちらか片方を下げるのではなく、お互いがフェアでいられる世界はいいですよね。
人は誰しも自分の苦労をアピールしたくなりがちですが、アウトプットでいいものを出せば認めてもらえるはずです。
競争戦略の名著
2冊目に取り上げるのは?
宮森 『 ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件 』(楠木建著/東洋経済新報社)です。2010年の出版ですが、今も読まれているロングセラーです。
私は丸紅経済研究所の前にファーストリテイリングで働いていたのですが、柳井正会長兼社長と著者の楠木建・一橋ビジネススクール特任教授が懇意にされていて、何度か社内イベントにご登壇いただきました。楠木さんと直接お話ししたことはありませんが、学者らしからぬ学者というか、お話がとても面白い。この本は楠木さんの良さが出ている本です。
普通は「戦略」と聞くと、どうしてもコンサルタントがやるように、ファクトとデータを積み上げ、外部環境を分析し、社内の強みを生かして練り上げていく…というロジカルな作業だと思いがちです。もちろん、それも大事ですが、この本では、それを「思わず人に話したくなるような面白いストーリー」にすることが重要だと述べています。この主張は、自分がさまざまなアウトプットをするとき、参考になると思いました。
この本で印象的だった部分はありますか。
宮森 「静止画から動画へ」という章です。人は何かを説明する際に1つの瞬間をスナップショットのように切り取った話をしがちです。でも、「このアクションをしたら、こうなった」という時間軸の概念を取り入れたほうがいい、と説明されていて腑(ふ)に落ちました。
世界は減速し始めている
次のお薦めの本を教えてください。
宮森 『 Slowdown 減速する素晴らしき世界 』(ダニー・ドーリング著/遠藤真美訳/東洋経済新報社)です。現代はインターネットや生成AI(人工知能)の普及によって、世の中が加速していると考えがちですよね。しかし、この本では、債務や気候、人口動態といったデータを取り上げて「減速する社会」が始まっていると説いています。
実はこの本は完全に「タイトル買い」したのものでした。研究員の仕事をしていると常に世の中の最新の動きを追い続けなければ、という意識が働きます。もちろんそれも必要なのですが、ちょっと疲れたな…と思ったときにこの本を書店で見かけて、手に取りました。
そのときの気分にマッチしたと。
宮森 はい。この本では、人口や経済成長率などさまざまなデータを取り上げて、特徴的なグラフの見せ方をしています。私たちも仕事柄、データを扱うことが多いのですが、「同じデータでも、分析手法、切り口によって見え方が変わってくる」「まったく違う分野のデータを見比べると見えてくるものがある」と勉強になりました。
特に驚いたデータはありますか。
宮森 意外だったのは、平均身長の伸びが鈍化しているというデータです。人間は栄養環境さえ整っていれば、どんどん大きくなるかというと、そうではない。やはり、生物としての限界があって、もうそこに近づいているんだと思いました。同じことは平均寿命でもいえますね。
データを正しく読み解いてベストセラーになった『 FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著/上杉周作、関美和訳/日経BP)にも通じるかもしれませんね。
宮森 そうですね。私は未来を見通す本が好きでよく読むのですが、この本は「減速」という一貫したテーマで、さまざまな分野を取り上げているのが面白かったです。個人的には、「加速し続けているように見える世の中に振り回されない生き方はできないものか」と思いながら生きているので、その点でも共感する部分が多かったですね。
ほかにタイトル買いした本はありますか。
宮森 言語心理学者の今井むつみさんの『 人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学 』(日経プレミアシリーズ)です。ちょうど昨年、海外の赴任先から日本に戻る前後に直面した「人生の大問題」と向き合おうと思って読みました。
タイトル買いは書店でするのですか。
宮森 そうですね。書店や図書館で本の背表紙をながめながら歩くのが好きです。前回、阿部さんは電子書籍で小説を読むと言っていましたが、私は紙の本で読む派。小説を読むと、だいたい寝不足になりますね。途中で止めることができなくて、夜中でも読んでしまうんです。
取材・文/三浦香代子 写真/品田裕美
掲載当初、本文中に表記している楠木建氏の名前に誤記がありました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2026/08/26 10:20]




