100年あまり前に行われた夏目漱石の講演集『私の個人主義』は、急速な西欧化により「他人本位」を強いられた日本人に、「自己本位」の困難さを諄々(じゅんじゅん)と説き起こす。国民が主権者となった時代にこそ、自己の強さが問われるが、私たちの心棒はしっかりしているだろうか。

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「他人本位」と「自己本位」の間の深淵

 『吾輩は猫である』や『こころ』。夏目漱石(1867年[慶応3年]~1916年[大正5年])の名作は夏休みの課題図書の定番だろう。今回取り上げる『 私の個人主義 』(夏目漱石著/講談社学術文庫。「私の個人主義」を含む5篇の講演を収録)にも、教科書で接したという方が多いに違いない。

 「私の個人主義」は大正3年(1914年)の講演である。1世紀にわたって読み継がれてきた。ユーモアを湛(たた)えつつ、諄々と説き起こす。漱石の声が聞こえるような文章は、日本の近代が直面している深いテーマに、聞き手である読者をぐっと引き寄せる。

 漢文の素養を背骨とする漱石にとって、英文学の教師としての生活は「腹の中は常に空虚」だった。「霧の中に閉じ込められた孤独の人間」は、留学先のロンドンで懊悩(おうのう)した後、文学とは何かを「根本的に自力で作り上げるより外に、私を救う途(みち)はないのだと悟った」。

 「他人本位」と「自己本位」。「他人本位」とは、「自分の酒を人に飲んで貰(もら)って、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似」のことである。「自己本位」はそれを受け売りせずに、「根本的に自力で作り上げる」ことにほかならない。

 この対立軸に読み手は引き込まれ、あたかも自身が「自己本位」の求道者になったように錯覚してしまう。実は半世紀ぶりに再読するまでの筆者もその一人だった。そんなに甘い話ではないことは、明治44年(1911年)の講演、「現代日本の開化」に接するとハッキリする。

『私の個人主義』(夏目漱石著/講談社学術文庫)。学習院の学生向けに行われた講演をはじめ5篇を収録。画像クリックでAmazonページへ
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 「外発的」と「内発的」。近代文明は西洋社会にとって内発的。つまり自分たちの歩みのなかで、つぼみから「花が開くように」自然に形成された。それに対して日本にとっては「外からおっかぶさった他の力」であり外発的なのである。これもよく使われる対比である。

 「他人本位」が「外発的」で、「自己本位」は「内発的」。そんなふうにきれいに整理できるなら苦労はいらないし、漱石自身も心と体を病むことなどなかったろう。

 200年あまりの鎖国の後の黒船到来。有史以来の強烈な刺激で、「今まで内発的に展開して来たのが、急に自己本位の能力を失って外から無理押しに押されて否応(いやおう)なしにそのいう通りにしなければ立ち行かないという有様になった」のだ。

 その無理押しはいつまで続くのか。「恐らく永久に今日のごとく押されて行かなければ日本が日本として存在出来ないのだから外発的というより外に仕方がない」。日本という人々の集まりは「自己本位」を失って以来、「外発的」な開化の道を強いられている。

 「開化を支配している波は西洋の潮流でその波を渡る日本人は西洋人でないのだから、……自分がその中で食客(いそうろう)をして気兼をしているような気持になる」。外からの新たな波をいつもつかまざるを得ない。「現代日本の開化は皮相上滑りの開化であるという事に帰着する」

「涙を吞んで上滑りに滑る」日本

 それでも「涙を呑(の)んで上滑りに滑って行かなければならない」。近代日本と日本人に対する身も蓋もない言い回しである。「自己本位」を信条とする漱石個人との間には、大きな深淵がぽっかりと口を開けている。そこには壮絶な西洋体験があることは、容易に察しがつくはずだ。

 「向うから人間(ひと)並外れた低い奴が来た。占(しめ)たと思ってすれ違って見ると自分より二寸ばかり高い。この度(たび)は向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これ即ち乃公(だいこう)自身の影が姿見に写ったのである」。明治33年(1900年)から2年にわたるロンドン留学の間に記された「倫敦消息」のなかの有名な一節である(『 漱石文明論集 』[三好行雄編/岩波文庫]所収)。

 そこから生み出されたのが漱石の「自己本位」だったと知れば、「現代日本の開化」の話の運びがこう続くのもうなずけよう。「誰が見ても内発的であると認めるような推移をやろうとすればこれまた由々しき結果に陥る」。なぜなら「百年の経験を十年で上滑りもせず遣(や)りとげようとするならば年限が十分一に縮まるだけわが活力は十倍に増さなければならん」からだ。

 そうした努力には大変な負荷が伴う。その結果、「一敗また起(た)つ能(あた)わざる神経衰弱」にかかり、「気息奄々(きそくえんえん)」となってしまう。「大学の教授を十年間一生懸命にやったら、大抵の者は神経衰弱に罹(かか)りがち」で、「ピンピンしているのは、皆嘘の学者だ」とまで言う。「大学の教授」を経験した漱石自身のことなのは言うまでもない。

 ここで「私の個人主義」に戻ろう。この講演が行われたのは、学習院という当時の支配層の子弟が集う場だった。自分の個性を伸ばそうとするなら他人の個性も尊重すべし。権力を行使する際には、それに付随する義務も心掛けるべし。金力を示そうとするなら、それに伴う責任を自覚すべし。

 歯に衣を着せず、そう言ってのけるところに、清々(すがすが)しさがある。英国は好きでない。そう自認しつつ、「あれほど自由でそうしてあれほど秩序の行き届いた国は恐らく世界中にないでしょう」と、英国をひとつの模範として指し示す。「彼らの自由の背後にはきっと義務という観念が伴っています」

 自由を裏打ちする義務や責任の観念。「こういう意味において、私は個人主義だと公言して憚(はばか)らない積(つもり)です」。それは、「僕は左を向く、君は右を向いても差支えない」「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」。これが漱石の奉じる個人主義である。

 言い換えれば、「党派心がなくって理非がある主義」であり、「朋党(ほうとう)を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動しないという事」なのだ。こうした個人主義の対極にあるのが党派主義である。朝日新聞の文芸欄を担当していた当時、衆を頼んでかかってくる抗議者たちを、漱石は「時代後れ」な「封建時代の人間の団隊」と呼んだ。

個人主義に付随する「淋しさ」

 だが党派心が先に立ち、衆を頼む政治になりがちなのは、「時代後れ」な人たちばかりではない。先の戦争後に時代の潮流となった「進歩」を奉じる人たちが、今度は大勢を頼むことにならなかっただろうか。

 そして漱石が個人主義を貫く際の「淋しさ」に注目していることも見逃せない。淋しさに耐えつつ、信じるところを貫くには、それこそ本物の「自己本位」が必要となる。国民が主権者となった時代にこそ、そうした自己の強さが問われるのだが、その心棒はしっかりしているのだろうか。

写真/スタジオキャスパー

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