その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はハル・アベルソンさん他の 『教養としてのデジタル講義 今こそ知っておくべき「デジタル社会」の基礎知識』 です。

【はじめに】

 10年以上前に私たちがこの本を書こうとしたわけは、デジタル革命によって人々の暮らしのほぼすべての面が根底から変わりつつあった当時、社会が賢い選択をするためには、デジタル技術の基本的な原理と、人間社会でのその応用を理解しなければならないということに気づいたからだ。あの頃は、コンピューターの仕組みについて書かれた本はあっても、そうした社会の観点から分析した本はまだなかった。

 本書(訳注:原著の第1版のこと)は世に出て10年以上も経つが、その間意外にも色あせずに社会で通用してきた。とはいえ、テクノロジーの絶え間ない進歩とその幅広い応用によって、この第2版を出す必要に迫られた。それに、ぜひ取り上げたい新たな題材もいくつかある。

 プライバシーに対するテクノロジーの影響(あるいはそれによるプライバシーの欠如)がますます大きくなっていることは、誰にとっても何の驚きでもないはずだ。本書が出た当初はまだ生まれたばかりだった顔認識技術は、今やいたるところで利用されている。携帯電話のアプリは、私たちの一挙一動を追跡している。話者認識ソフトウェアは、政府でも営利目的の民間の組織でも一般的に使われている(第2章「白日のもとに晒される――失われたプライバシー、捨て去られたプライバシー」参照)。

 人工知能(AI)は、今ではごく普通に応用されている。もう音楽CDをずらりと大事に並べておく必要もない(もはやCDが何だったかをすっかり忘れてしまった方もいるかもしれないが)。手持ちの機器に、聴きたい曲名を告げればいいだけだ。あるいは、「Siri(シリ)、ウォルサム市のホーム・デポに着いたとき、電球を買い忘れないよう念押ししてくれ」といったこともできる。自動AIアシスタントは、テレビのリモコンや冷蔵庫にも組み込まれている(第9章「次の未開拓分野へ――AIと将来のデビットワールドジタル化された世界」参照)。

 2008年、フェイスブックは友達とつながれることで人気を集めていて、ツイッターは始まったばかりだった。今日では、この二つをはじめとするソーシャルメディアプラットフォームは、社会に対する反乱の助長、選挙への介入、政治家に演説や主張を行う場を与えるといった、社会に対する重大な影響力を持つまでとなっている(第3章「あなたのプライバシーを所有しているのは誰?――個人情報の商業化」参照)。

 2020年の新型コロナウイルスの世界的な大流行によって、デジタル革命の意味やその影響力の大きさがこれほどまで世間の脚光を浴びるようになるとは、誰も予測できなかった。ほんの数週間で、幼稚園から大学院にいたる教育機関は「バーチャル」になった。6歳の子どもが、ビデオ会議を完璧にこなせるようになったのだ。また、オンライン注文が、日常のニーズを満たすための主な手段となった。そして、テレワークは当たり前になったが、これは10年前には想像もつかなかったことだし、そのさらに10年前には到底不可能なことだった。

 そこで、デジタルの世界が「どういうものか」、そして「その仕組みとは」をそれぞれ深く理解することが、この革命が続いている世界での賢い選択につながるのではないかと、私たち筆者は期待も込めて考えた。

 毎日何十億もの写真、ニュース、歌、レントゲン写真、テレビ番組、通話、電子メールが「ビット(bit)」、すなわち0と1の組み合わせで表された数として世界じゅうに拡散される。電話帳、新聞、CD、手書きの手紙、それにプライバシーは、すべてデジタル以前の時代の遺物だ。

 私たちはこのデジタル情報の爆発から逃れることはできないし、逃れたいと思う者もまずいない。それによってもたらされる数々の恩恵が、あまりにも魅惑的だからだ。デジタル技術は、比類なき革新、協力、娯楽、民主主義への参加を可能にした。

 だが、それと同時に、その驚くべき技術によって、私たちの生活の細部までもがますます多くのデジタルデータとして捉えられるようになり、その結果、何世紀にもわたって私たちが抱いてきたプライバシー、個人情報、表現の自由、個人の管理に対する考えが打ち砕かれている。

 あなたの膨大な個人情報を見る人を、あなたは管理できるのだろうか? ありとあらゆるプライバシーが失われているように思える現在、何かを秘密にすることはできるのだろうか? ラジオやテレビと同様に、インターネットも検閲されるべきだろうか? あなたが何かを検索したとき、どんな結果を見せるかを誰が判断しているのだろう? 情報の源(それに誤情報の源も)が無限に存在しているデジタル「エコーチェンバー」(訳注:自分の考えや主張を反映、強化する情報や意見しか入ってこない状況)に住んでいる私たちは、何が「真実」なのかどうすればわかるのだろうか? デジタルの世界には、言論の自由はまだあるのだろうか? こうしたことに関する政府や企業の方針に対して、あなたには発言権があるのだろうか? 人工知能が普及しているこの社会において、機械がなぜそういう行動を取ったのかを、私たちはどのようにして知ることができるのだろう? ごく一部の有力な企業が、私たちが何を知るか、私たちがどのように世界を捉えるかに対して影響を及ぼしているのだろうか? 私たちは、すでに何かに支配されてしまっているのだろうか?

 本書『教養としてのデジタル講義』は、興味深い現実の事例を通じてこれらの疑問への大胆な答えを提示しながら、このデジタルの世界であなたを導くための指南書だ。変容したこの世界の可能性と潜在的な危険を把握することは、誰にとっても極めて重要な知見となるはずだ。

 本書は、デジタル爆発が人間にもたらしかねない結果への警鐘である。


【目次】

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