その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西任暁子さんの『 自分と相手の「本音」がわかる会話術(日経ビジネス人文庫) 』です。「文庫化にあたって」と「はじめに」をお届けします。
【文庫化にあたって】
「もっと人間関係がラクになればいいのに」「職場の空気がよくなってほしい」「家でも日常でも、もっと心地よく過ごしたい」。この本は、そんなニーズを持つ方へ向けて、本質的で実践的なコミュニケーションの方法を紹介するものです。
職場はもちろん、学校や家庭、大きくは地域や国まで、あらゆる組織の問題の根底には、コミュニケーションの不足と誤解が存在しています。部署間の対立、意見を言いづらい雰囲気、世代間ギャップ、モチベーション低下……皆さんも、「こんなはずじゃなかったのに」と感じることがよくあるでしょう。
その解決策として提案したいのが、「共感」や「思いやり」に基づく「心のコミュニケーション」です。
これは、米国の心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士が提唱したコミュニケーション理論「NVC(非暴力コミュニケーション)」をベースとしています。マイクロソフト社CEOのサティア・ナデラ氏が就任時、経営幹部にローゼンバーグ博士の著書を配り、その重要性を伝えたことでも知られているものです。
私がNVCに出会ったのは十数年前。経営者のスピーチコンサルタントを務めながら、人前で伝える力を高めるには、日常のコミュニケーション改善が不可欠だと実感していた頃です。
社交的・戦略的な「頭のコミュニケーション」は多く学べても、「心のコミュニケーション」を深く体系的に伝える学びはまだ少ないものでした。
幸運にも学びの機会を得たNVCを軸に、「本音」をキーワードとして、「自分も相手も大切にするコミュニケーション」について記したのが、本書の親本となる『本音に気づく会話術』(2016年、ポプラ社)です。
文庫化にあたっては、時代の変化や私自身の新たな気づきを反映し大幅に加筆、さらに各章末に「練習編」を新設し、ビジネスやプライベートでの日々の実践により役立てられる内容へとアップデートしています。
本書が、よりよい人間関係を願う皆さまの一助となりましたら幸いです。
2025年7月
西任暁子
【はじめに】◎心の奥に隠れた“本当の気持ち”を言葉にする技術
●伝えたいのは「真の本音」
あなたは、どれくらい本音を話せていますか?
そう言われると、こんな場面が頭をよぎるかもしれません。
上司に「何を言いたいのかわかりません」なんて、評価が下がりそうで言えない。
取引先に「休みの日にまで連絡しないでください」なんて言ったら、関係が悪くなるに決まっている。
恋人に嫌われるのが怖いから、「今日は、会いたくない」なんて言えそうもない。
本音を言ったら、相手が不機嫌になりそうだから、黙っておいたほうがいい。そう思う人は多いでしょう。
けれど、本音を言わずに我慢していると、一緒にいても心が離れてしまうかもしれません。抑えてきた感情が思わぬ瞬間に爆発してしまうかもしれません。
本音は、伝えたほうがいい関係を築けます。でも、伝えたいのは「真の本音」です。実は、一般的に本音だと思われていることは、本音ではなく反応なのです。
●言えなかった言葉の正体
たとえば、先ほどのかぎ括弧でくくられた言葉は本音でしょうか。
「何を言いたいのかわかりません」
「休みの日にまで連絡しないでください」
「今日は、会いたくない」
言いたいけれど言えずにのみ込んだ、こうした言葉の奥にこそ真の本音があります。本音は、もっと心の奥深くに潜んでいるものなのです。
真の本音に気がつくと、自分の心がわかって安心します。ありのままの自分でいいんだと思えてくるでしょう。
そして、誰かと一緒にいても取り繕うことなく、安心して本来の自分でいられる関係を築いていけるのです。
●ありのままの自分でいられない理由
私自身、思っていることがこんなに言えるようになるなんて、以前は想像できないことでした。
大学生の頃からラジオDJをしていましたから、話すのは好きだったのですが、身近な人には本音が言えません。相手が不機嫌になるのが怖くて、「こう言えば嫌われないかな」といつも言葉を探していました。それでもときどき思っていることを口にすると、関係がぎくしゃくしてしまいます。
誰といても気を遣って疲れてしまうので、知り合いは多いのに孤独でした。
相手に好かれる自分でいなければと人の目ばかりを気にするうちに、どんどん自分のことがわからなくなりました。
どうすれば、もっと正直に、ありのままの自分でいられるんだろう。
その答えを見つけたくて、演劇、歌、ボイストレーニング、ボディーワークに瞑想、哲学、心理学、コミュニケーションといろんなことを学びました。
そこで気がついたのは、「私の心」という固まった何かがあるのではないということです。
●すべての人に本音がある
いろんな考えや気持ちは、生まれては消えていきます。やさしい気持ちになることもあれば、ずるいことを思いついたり、怒りが湧いてきたりもする。それは勝手に浮かんでくるので、コントロールすることができません。
そこで、心に浮かぶことをすべて受け入れるようにしました。どんな感情が浮かんでも「そう思っているんだな」と許すような感覚です。
すると、その先に思いもしなかった本音が見えてきました。
本音は、隠さなければいけない黒いものではなく、自分も相手も大切に思えるやさしい心だったのです。
しかも、すべての人にそんな真の本音とも言えるものがあることがわかったのです。
●この一言に隠れているのは?
本書では、3つの視点から本音にアプローチしていきます。
1 自分の本音に気づく
2 相手の本音を聞く
3 自分の本音を伝える
まずは自分の本音に気づくところから始めましょう。本音は、心の奥に潜んでいて、今もあなたに見つけてもらえるのを待っているからです。
たとえばこんな状況の背後には、どんな本音があるでしょうか。
「今日は久しぶりに早く帰るよ」
夫は妻にそう告げると、朝早く出かけて行きました。
今日は久しぶりに家族揃って食事ができる。喜ぶ妻は急いで掃除や洗濯を済ませると、いつもは行かない高級スーパーでちょっといいお肉を買いました。今夜はみんなですき焼き、小学生の息子も大喜びです。
さあ、すべての準備は整った夜7時。夫はまだ帰ってきません。何かあったのかな。妻は何度も携帯電話に目をやるのですが、連絡はありません。息子は「お腹空いた~」とぐずりはじめました。そうして8時を過ぎたそのときです。ガチャ。夫が帰ってきました。
妻は、苛立ちを抑えられずに言いました。
「なんでこんなに遅いのよ!」
「俺だって早く帰ろうとしたんだよ。でも部長から緊急の仕事を頼まれて断れなかった。仕方ないだろう!」
「だったら連絡くらいしてよ! だいたいあなたはいつも……!!」
「バタバタして連絡もできなかった。それぐらいわかってくれよ!」
こうして夫婦喧嘩に突入です。
●つい感情で「反応」してしまう
よくある光景かもしれません。でも、もしふたりがお互いの本音に気づけていたら、喧嘩にはならなかっただろうと思うのです。
妻が放った、「なんでこんなに遅いのよ!」という言葉は本音ではなく、感情にのみ込まれてつい言ってしまった「反応」でした。
人間の脳は感情的になると、まるでハンドルを取られた車のように操作不能に陥ります。そうして理性を失った状態で発する言葉が、本当に言いたかったことではないはずです。
では、妻の本音とは何でしょう。
「私にとって、家族揃って食卓を囲める時間はとても大切。久しぶりのその時間を楽しみにしていたから、あなた(夫)の帰りが遅くてがっかりしたし、悲しかった。そして連絡がなくて心配だった。そんな私の気持ちをわかってほしい」
これが、言葉にできなかった本音ではないでしょうか。
本音とは、その人が心の奥で大切にしていることです。心の表面ではなく、深く降りていったところにあるため、探さないと見つかりにくいのです。
そして、もし妻が自分の本音を、次のように言葉にできていたら?
「家族みんなでの夕食を楽しみにしていたから、残念だった。連絡もないから心配したし。気持ち、わかってもらえたらうれしいな」
おそらく夫もむきになることなく、こう返すことができたでしょう。
「心配してくれてありがとう。心にゆとりがなくて、連絡ができなかった。ごめん」
感情的な言葉でお互いを傷つける会話は、本音に気づくことで終わりにできます。
●相手の感情に寄り添うと本音が見つかる
自分の本音に気がつくと、相手の本音も聞こえてくるでしょう。
相手の本音も、自分と同じようについ言ってしまう反応的な言葉の奥に潜んでいます。そこで、相手は今どんな気持ちなのか、相手の感情に寄り添いながら一緒に本音を探していきましょう。
そのとき、感情が道標となってくれるでしょう。感情はコントロールするのがよいとされているため、多くの人が抑圧しがちですが、抑えたり、なかったことにしたりすると、かえってストレスが大きくなります。大切なのは、コントロールすることではなく、気づいて受け入れることです。
感情との適切なつき合い方がわかれば、感情に振り回されて反応的な言動をすることも少なくなっていきます。
●「観察・感情・ニーズ・リクエスト」で伝える
最後は、本音の伝え方です。感情をぶつけるのではなく、本音を表現する4つのステップをご紹介します。マーシャル・B・ローゼンバーグ博士が提唱した「NVC(非暴力コミュニケーション)の4つの要素」です。
①観察(observations)
②感情(feelings)
③ニーズ(needs)
④リクエスト(requests)
こんな場面を想像してみましょう。
取引先でクレーム対応を終え、心身共に疲れきって会社に戻ってきたあなた。すぐに代案を考えて取引先に提出しなければならず、「少しだけ落ち着いて作業に集中したい」と思って席につきます。
そんなとき、チームメンバーたちは、新規のプロジェクトが順調に進んでいることに盛り上がって、大きな声でにぎやかに会話を弾ませています。
もしこのとき、〝こっちは今それどころじゃないのに。静かにしてくれ〟とイライラしたあなたが、何も言わずデスクに戻り、不機嫌オーラを発したまま仕事に取りかかったら?
部下たちはせっかくの雰囲気に水をさされ、今後のコミュニケーションに影響が出るかもしれません。
では、どうするか。あなたの本音を次の4つの流れで伝えればいいのです。
①観察:メンバーが大きな声で会話している
②感情:一緒に喜びたいが、気持ちが切り替わらず、落ち着かない
③ニーズ:静かに集中したい
④リクエスト:少し声を落としてほしい
●素直な気持ちを順番に言葉にするだけ
これを、たとえば次のような言葉にしてはどうでしょうか。
「今、A社さんのクレーム対応から戻ったところなんだ。みんなと一緒に喜びたいけど、気持ちの切り替えが追いつかなくて。急ぎ対策を練る必要があるから、しばらく静かに集中したい。声のボリュームを少しだけ落としてもらえると助かるよ」
こう伝えることで、不満や命令ではなく、あなたの素直な気持ちと状況がメンバーに伝わり、あなたの本音や思いに理解を示してくれる可能性はぐんと高まります。
疲れているときに静かな環境で集中したい、というのは誰にでも共通する願いだからです。
●人間関係が劇的によくなる
本音に気づき、本音を聞き、本音を伝える。
この3つの技術を日常会話に取り入れていくと、人間関係はつながりを取り戻していきます。言いたいことを我慢するストレスや、わかり合えないというあきらめからも解放されていくのです。
これまでセミナーや研修、書籍を通して共に学んでくださった皆さんからも、
「部下が心を開いて話してくれるようになった」
「上司との信頼関係が深まり、昇格につながった」
「子どもが、自分から話してくれるようになった」
「離婚寸前だった妻との関係が改善して、また家族がひとつになれた」
と、職場や家庭などいろいろな人間関係がよくなったという声が寄せられています。そして、「自分を好きになれた」「人を信じられるようになった」など、大きな変容を伝える声もたくさん届いているのです。
誰にでもできる本音のコミュニケーションをあなたにもお伝えしたくて、本書を書きました。
本心をねじ曲げて自分を見失わないでほしい。相手に気を遣いすぎて人間嫌いになったり、思ってもいない言葉で大切な人との関係を失ったりしないでほしい。あなたはまだ本音を伝え合うコミュニケーションの方法を知らないだけなのですから。
西任暁子
【目次】





