その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は田家康さんの『 中国気候興亡全史 古代王朝から三国志、文化大革命まで 』です。

【はじめに】

 中国は巨大な国家だ。現在の版図をみると、東西では東経73度から135度と地球一周の6分の1、南北では北緯20度から53度とこちらは地球一周の15分の1に相当する。その総面積は、ロシア、カナダ、アメリカに次いで4番目であるが、居住可能面積でみるとアメリカと第1位の座を争う。そして、膨大な人口を抱えている。インドに次いで14億人を超えており、うち約92%は漢民族であるが、その他にチベット族、モンゴル族、ウイグル族、満州族など56の民族を包含し、中華民族という概念を用いている。

 面積や人口の大きさだけではなく、この国は文字が発明されて以降でも3000年を超える長い歴史がある。漢民族が支配しただけでなく、遊牧民族や北方民族が王朝を築いた時代も長いが、その歴史は一貫している。王朝交代が起きると前の王朝が他民族のものであっても、正式な史書を編纂しており、中国という国家を継承していく強い意志をうかがうことができる。

 広大な版図と数多くの人口、そして長い歴史ゆえ、彼らは自国の文化や文明について揺るぎない自信を持っている。この自信こそが中国のいちばんの特徴だろう。

 国際連合などを中心とする現在の国際政治は、西欧が近世以降に確立した人権と民主主義の概念に依っている。異文化を尊重するといっても、あくまで西欧流を基盤としている。アメリカもロシアも、西欧が主導する思想から離れることはできない。アメリカの宗主国はイギリスであり、ロシアでは帝政時代の宮廷でフランス語が公用語であったように、2つの大国は西欧に対して文化的に劣等感を抱いている。イスラム教国家の多くは西欧の思想とは共存できるとしており、対立姿勢はごく一部に限られている。

 しかし中国は違う。国家の姿勢としても、そこに住む人々の意識としても、自国の長い歴史を誇り、西欧思想を上位に置こうとはまったく考えていない。中国は、1648年のウエストファリア条約に基づく国民国家ではない。ローマ帝国やイスラム教の大国は歴史上のものだが、中国とはこうした帝国や大国が現在も続いているとみるのが良さそうだ。

 この国は他国に何かを言われて国策を変更することはない。外交においても、1971年の米中国交回復にしろ、1997年の香港返還に至るイギリスとの交渉にせよ、重大な交渉ではいつも相手国の首脳を自国に呼び寄せた。

 1970年代以降、アメリカの対中政策の大きな方針として、国務長官にもなったヘンリー・キッシンジャーのドクトリンがあった。中国が西側諸国の支援を受けて経済発展していけば、いずれ民主化した国家に変貌するという見立てだ。しかし50年を経て、キッシンジャーが間違いであったことが明らかとなった。中国はあくまで中国であり、彼らが長年築いてきた思想や文化を捨てることはなかった。

 中国の歴代王朝を振り返っても、西欧思想に憧れたり、あるいは反対に恐れを抱いたりすることはなかった。彼らは自らが醸成した思想や生き方を尊重した。仏教にしろイスラム教にしろ、外から持ち込まれた思想が国全体に根づくこともなかった。現在の中華人民共和国憲法の前文の冒頭には、彼らの確固たる自信が明確に示されている。

 「中国は、世界でももっとも古い歴史を持つ国家のひとつである。中国の諸民族人民は、輝かしい文化を共同で作り上げており、また、栄えある革命の伝統を持っている」

 歴代の王朝が恐れたのは、天命という独自の考え方だった。各王朝は為政者としての正統性を天(天帝)から与えられたと考えた。天の信認が揺らぐと、その意思は水害・干ばつ・地震といった自然災害や日食・月食・彗星などの天体現象で示され、易姓革命を導いた。長期にわたって栄華を誇った統一王朝は、自然災害を端緒に民衆の反乱が勃発し天命を失ったとして倒れた。秦末の陳勝・呉広の乱以降、中国の王朝交代の多くがこのパターンだ。

 このように中国の歴史において、気象の異変や自然災害は極めて重要な要素といえる。本書では、気象の動向や気候変動から中国の歴史を振り返っていきたい。近年、科学の分野において、中国の研究者による学術論文発表数には目を見張るものがある。文部科学省の科学技術・学術政策研究所が発表した「科学技術指標2025」によれば、中国は全論文数で2018年にアメリカを抜き、2023年では全論文数の35.1%(2位アメリカは18.3%)と他を圧倒している。

 過去の気象・気候を対象とする古気候学の分野でも、2010年代以降に続々と新しい研究成果が発表されている。古い時代になると推計誤差が大きいものの、過去2万年以降の毎年の夏季の気温と降水量を地域ごとに算出したデータすらある。本書ではこれらの研究成果を紐解き、今まで中国史の研究でおぼろげに扱われてきた気候変動の影響を解きほぐしていきたい。

 さらに近年の中国政府には、数千年にわたって天の声として恐れていた気象現象・気象災害を自らコントロールしようとの強い意志がみえる。気候改変と呼ばれるものだ。2008年の北京五輪での開会式において雨が降らないように操作したことは有名だが、それ以外でもさまざまな試みが行われている。

 人間由来の温室効果ガスの濃度は増す一方であり、地球温暖化やそれに伴う気候変動について予断を許さない状況になっている。天命思想を根底とする中国は異常気象や気候変動にどう対処しようとするのか、その将来も展望したい。

 本書は先史時代から時系列で並べた構成となっているが、どの時代から読んでいただいても問題ない記述にしている。幻の夏王朝にご関心があれば、プロローグと第1章を飛ばしていきなり第2章に目を向けてもいい。『史記』や『三国志』の世界に心惹かれる方は第Ⅱ部からお読みになるのがいい。隋唐の時代に魅了されるなら第Ⅲ部の楊堅や李世民の活躍から、近世がお好きであれば明の朱元璋や清の康熙帝(こうきてい)らが登場する第Ⅳ部から頁を開いても問題ない。あるいは近年の気候工学への関心が高い方ならば、いきなりエピローグから入り、その後にこの国がなぜ気候改変に強い意志を持っているのかを長い歴史から確かめることもできるだろう。

 2010年に『気候文明史』、2012年に『気候で読み解く日本の歴史』(文庫版『気候で読む日本史』)を上梓し、それぞれ2019年に文庫化した。本書は三部作の最後に当たる。もとより本書は学術的な専門書ではない。近年目覚ましい学術的な知見から中国史を眺めることで、その長い歴史を新たな視点で味わっていただければ、書き手としては望外の幸せといえる。本書の企画は、『気候文明史』の編集者である堀口祐介氏から「中国史と気候変動」というテーマをいただいたことに始まる。書き進めていく中で、当初予想していなかったエピローグにたどりつきサプライズを実感している。これらを含めて、日経BPの堀口祐介氏と野崎剛氏の両氏に感謝したい。

  2026年7月

田家 康

【目次】

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