その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は國領二郎さんの『 マネジメント・テキスト 経営情報システム 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
1.経営と社会の未来を切り拓くアーキテクトになるために
情報技術は驚くべき速度で進化を続けており、私たちの社会やビジネスのあり方を大きく変えています。生成AIをはじめとする新しい技術が次々と登場し、企業や行政、市民生活のさまざまな場面に影響を及ぼしています。その変化の速さに圧倒され、「いったい何が起こっているのかよく分からない」と感じる方も少なくないでしょう。また、ある程度の知識を持っている方であっても、目の前に現れる新しい技術や流行を追い続けるだけでは、変化の本質を見失い、振り回されてしまうことがあります。
そのような時に重要なのは、個々の技術を断片的に理解することではなく、技術と社会がどのような関係にあり、どのようなプロセスを経て変化していくのかを理解するための「ものの見方」を身につけることです。言い換えれば、技術や社会、経営を理解するための基本的な概念やフレームワークという「視座」を持つことが大切なのです。
本書では、読者の皆さんに「アーキテクチャ」という視座を提供したいと考えています。そしてそれを使いながら、技術を専門とする方には、技術がビジネスや社会に与える影響を理解するための視点を、社会科学や経営学を専門とする方には、情報システムを理解するために必要な技術的背景を、できるだけ分かりやすく解説します。
本書を通じて、読者の皆さんが技術と社会のアーキテクチャの共進化の仕組みを理解し、その知識を活用して新たな価値を創造できるようになることを願っています。そして将来、技術と社会をつなぎながら変革を構想し、実現へと導く「アーキテクト」として活躍していただければ、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
2.情報システムの可能性
情報システムは、人間の仕事を補完し、あるいは代替する強力な道具です。人間が手作業で行えば多くの時間がかかるような作業も、システムであれば瞬時に処理できます。また、人間は疲労や感情の影響でミスを起こしやすいですが、情報システムは常に一定の精度で処理を続けることができます。こうした特徴により、情報システムは人間が気づかないようなパターンや異常を発見するなど、付加価値の高い成果をもたらすことがあります。
近年では、人工知能(AI)の進化により、これまで専門家でなければできなかった判断や作業も、一般の人が自然な言葉で命令するだけで実行できるようになってきました。AIが判断し、実行し、評価までも担う時代が到来しています。
3.使う人間次第で良くも悪くもなる
しかし、このように便利で強力な道具であるからこそ、注意が必要です。情報システムは人間の指示に基づいて動作します。もしその指示が曖昧だったり、前提条件に誤りがあったりすると、意図とは異なる結果を出すことがあります。つまり、情報システムの「強さ」は、使う側が正しい指示を与え、適切に設計・運用することが前提になっているのです。
1960年代以降、コンピュータの業務利用が広がるなかで、「優れた技術を導入すればうまくいく」という考え方が見直されるようになってきました。ソフトウェアやハードウェアが高性能であっても、期待した成果が得られなかったり、業務停止につながる問題が発生したりするケースが多く報告されています。
たとえば日本では、複数の銀行が合併して新行を設立した際、組織文化や業務プロセスが旧行ごとに異なっていたため、システムが複雑化し、繰り返し障害が発生しました。このようなシステムトラブルは、金融インフラという社会的責任を担うサービスにおいて、深刻な混乱を引き起こす要因となります。海外でも同様に、政府の歳入システムや医療情報システムなど国家規模のプロジェクトが、何十億ドルもの予算をかけながら、設計ミスやガバナンスの欠如により頓挫した例が報告されています。
このような事態を分析したBostrom and Heinen(1977)は、システム開発の失敗の多くが技術的な問題ではなく、組織的な要因によるものであると指摘しました。情報システムは技術的成果物であると同時に、組織の構造、文化、利用者の行動と密接に結びついており、それらとの整合がとれていなければ機能しないのです。
4.組織もシステムの一部
組織も常に一定の目的に向かって動いているとは限りません。Checkland and Scholes(1994)は、組織の目的や環境が動的に変化することを前提とし、固定的な設計ではなく、状況に応じて柔軟に対応するソフト・システムズ・アプローチ(Soft Systems Approach)の重要性を提唱しました。
このアプローチでは、「正解が一つに定まらない問題状況」において、関係者の視点を整理しながら段階的に解決策を模索するという方法論が重視されます。情報システムの設計においても、このような変化と対話に開かれた姿勢が求められます。
たとえば、インターネットは現在では社会の基盤インフラの一つですが、設計当初は信頼できる利用者同士で効率的にデータをやり取りすることが目的でした。そのため、セキュリティやプライバシーといった観点はあまり重視されておらず、後になって膨大なコストと手間をかけて修正する必要が生じました。このように、初期設計の段階で利用環境やリスクを十分に見据えることが、情報システムでは特に重要です。
5.経営情報システム
このような視点から発展してきたのが、「経営情報システム(Management Information Systems)」という学問分野です。これは単なるコンピュータ技術の研究とは異なり、情報システムをどのように設計・導入・活用すれば組織の目標達成に役立てられるかを考える学問です。計算機科学(Computer Science)が「決められた問題をいかに正確かつ高速に解くか」に焦点を当てるのに対し、経営情報システムは「使う人間や組織、そして社会環境が変化するなかで、どうすれば情報システムを有効に活用できるか」に関心を持ちます。
6.システム開発を成功に導くには
情報システムを成功に導くためには、単に技術的に優れたシステムを構築するだけでは不十分です。利用者のニーズをていねいに把握し、多様な関係者と調整し、将来的なリスクを見据えて設計するという経営的な取り組みが不可欠です。情報システムをどう設計し、どう使いこなすかは、人間と組織にかかっています。
本書では、このような視点を踏まえ、経営情報システムを構築・運営していくうえで重要となる概念や理論を学びます。技術と組織、利用者と環境の関係性に目を向け、情報社会を支える知識と実践力を養っていきましょう。
7.本書の構成と使い方
本書は、第Ⅰ部から第Ⅴ部までの5部で成り立っています。第Ⅰ部では、社会、とりわけビジネスと技術の関係をどのように理解すればよいのかについて、「アーキテクチャ」という概念を手がかりに考えます。アーキテクチャは、技術分野と社会科学分野の双方で用いられている重要な概念です。本書ではこれを総合的な視座として、技術アーキテクチャの変化がどのように社会の変化をもたらすのか、また社会のアーキテクチャ(制度や組織など)がどのように技術の発展に影響を与えるのか、その相互作用について学びます。
第Ⅱ部では、企業や組織で実際に利用されている情報システムを概観します。財務・会計、人事、マーケティングなどの主要な経営機能を取り上げ、それぞれの分野の基本的な考え方を理解するとともに、情報システムがどのような役割を果たしているのかを解説します。さらに、AIの普及によってそれらの分野がどのように変化しつつあるのかについても考察します。
第Ⅲ部では、デジタル経済の特徴を、従来の工業社会を基盤とする経済と対比しながら考えます。情報の価値、ネットワーク外部性、プラットフォーム、トレーサビリティなど、デジタル時代を理解するうえで重要な概念を取り上げます。これらの概念を理解することで、日々生まれる新しい技術やビジネスモデル、社会現象をより深く理解できるようになるはずです。
第Ⅳ部では、経営学や経営情報システムの分野でこれまで展開されてきた主要な論争や研究課題を紹介します。そのうえで、AIをはじめとする近年の技術革新が、それらの議論にどのような影響を与えているのかを解説します。第Ⅳ部は、経営情報システムをより深く学びたい方や、将来この分野の研究に携わりたいと考えている方を特に意識して執筆しました。
第Ⅴ部では、AIがもたらしている革命的な変化を、文明の転換という大きな視点から捉えます。AIと人間の関係、責任の所在、プライバシーやガバナンスの問題など、これからの社会にとって重要となる論点を取り上げ、筆者自身の考えも交えながら議論します。AIが人間を超越する存在になるのではないかという期待や懸念が語られるなかで、私たちは何を考え、どのような社会を目指すべきなのかを問いかけています。
筆者としては、経営情報システムに関わる方々に、本書で取り上げた重要な概念をできるだけ幅広く理解していただきたいと考えています。一方で、本書を授業で利用される教員の方には、本書のテーマすべてを扱うのではなく、特定の部や章を中心に活用したいと考える方もいらっしゃるでしょう。そのため本書では、各部・各章を比較的独立して読めるようにしながらも、全体として一つの流れを持つ構成を心掛けました。その結果、理解を助けるために一部の概念や説明が繰り返し登場する箇所がありますが、重要なテーマを多面的に理解していただくための工夫でもあります。読者の皆さまには、その点をご理解いただければ幸いです。
2026年8月
國領 二郎
【目次】







