その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はディーン・スピアーズ、マイケル・ジェルーソ(著)、土方奈美(訳)の『 人口崩壊 データで見る人類の過去と未来 』です。「プロローグ」をお届けします。

【プロローグ】

 人類は人口減少に向かっている。

 あなたも、親も、そのまた親も、あなたが知りうるかぎりの祖先はみな人口増加のなかに身を置いてきた。今、その流れが逆転する兆(きざ)しが見えている。出生率は世界中いたるところで低下してきた。 まもなく世界人口は縮小しはじめる。縮小しはじめた人口は、今より小さな規模で自然と下げ止まり、安定するわけではない。60億人、40億人、あるいは20億人まで減ったら、そこにとどまるのではない。出生率が上昇し、今より高い水準に持続的にとどまらなければ、世代を追うごとに人口は少なくなっていく。人口減少とはそういうことだ。

 本書では人口が減少する可能性が高い理由、根拠、その結果何が起こるのかを説明していく。本書のストーリーはどこか特定の国や文化だけに当てはまるものではない。また本書の焦点は人口動態が国際競争や紛争や貿易にどう影響するかではない。影響するのはまちがいないが、世界規模の人口減少のほうがはるかに重要な問題だ。
 それはあらゆる国のあらゆる人に影響を及ぼす。1つの国、文化、世代という狭い範囲でしかモノを考えることができなければ、私たちは今起こりつつあるもっと重要な流れを見逃してしまう。
 本書は人類全体にかかわるストーリーだ。

人口減少──いったい何が問題なのか?

 人口は減ったほうがいい、と思われがちだ。地球にも、これから生まれてくる人々にとってもそのほうがいい、と。本書はそうした考えに再考を迫る。
 人口が縮小する世界で具体的にどんな問題が起こりうるかは誰にもわからない。人口減少を軽視する、あるいはそんなことは起こりえないなどと否認するのは慢心であり、誤っている。これまでみなさんが耳にしてきた言説に反して、人口減少は気候変動を含む切迫した環境問題に対する解決策にはならない。世界の資源をより少ない人口で分配すれば、生活水準が向上するというのも誤りだ。
 むしろその逆で、現在私たちが当たり前に享受している進歩は、大規模で、人と人が相互に結びついた社会だからこそ実現した。今日の繁栄は、人口規模の小さな過去に生きていた人々には想像もできなかったものだ。それは偶然ではない。進歩やより良い生活は、時間の経過とともに自動的に生じるのではない。人間がそれを実現するのだ。

 本書は2つの「起こりうる未来」を比較する。1つはこれから20~30年後に世界人口が100億人あたりでピークに達し、その後ひたすら減少する未来だ。今、私たちが向かっている未来である。
 もう1つは人口が安定する未来だ。これから20~30年の展開は1つめのシナリオと同様で、人口は同じような規模でピークに達し、減少に転じる。ただ最終的に出生数と死亡数がほぼ均衡し、人口は安定する。安定という未来で、人口はどれくらいの規模になるのか。本書はその答えを提示できない。現在の社会科学や気候科学、ほかのどんな科学でも、理想の人口規模を提示するのは不可能だ。本書のいう安定とは、際限のない人口減少の回避という意味でしかない。
 本書では多くの社会が人口安定化という未来を選択し、投資し、努力しないかぎり、そのシナリオが実現する可能性が低いことを示す。では人口減少ではなく人口安定化の未来は何をもたらすのか。どのような未来の実現を私たちは望むのか?

3つの重要な主張

 本書は3つの重要な主張を、エビデンス(証拠)とともに展開していく。1つめはこれだ。

第1部の重要な主張

最も実現可能性が高いのは、世界中の人が自分の世代の人口規模を維持するのに必要な数の子どもをもうけないことを選択する未来だ。その結果、長期的に人口は指数関数的に減少していく。


 いやいや、まだ世界中で出生率が低いことはないじゃないか、と思う人もいるだろう。子どもの数が多く、その子どもたちも大人になったらたくさん子どもをつくるコミュニティもあるじゃないか。今後、何か大きな変化が起きるかもしれない、と考える人もいるだろう。
 AI、万人向けの遺伝子編集、あるいは想像もできないような革命がこれから始まるかもしれない。人類は老化を遅らせ、寿命を延ばす秘策をついに発見するかもしれない。人工子宮が実現するかもしれない。たしかに、そうなるかもしれない。寿命が伸びたり、出産がより安全になり、健康的な赤ん坊が生まれるようになったりするのはすばらしいことだ。

 ただそのような改善が起きたとしても、人口減少に向かうシナリオは変わらないかもしれない。本書ではこうした問いと向き合い、予想外の未来によって人類が救済されるシナリオは見込み薄であること(そんな未来が少なくとも、放っておいても簡単に訪れるものではないこと)を示していく。

 人口減少が良いことか悪いことかは、事実や私たちの価値観によって決まる。本書はそうした事実や価値観を精査し、全体的評価へとつなげていく。

第2部と第3部の重要な主張

全体として人口減少より安定化の未来のほうが好ましい。


 本書の中盤では「人間は少ないほうがいい(第2部)」vs「人間は多いほうがいい(第3部)」を検討していく。結論を出すのが難しいこともあれば、明白なこともある。人類が環境に及ぼすダメージ、格差、貧困といった問題の重要性を否定するつもりはない。ここで問いたいのはこれらをはじめとする重要な問題が、人口縮小によって改善するのか悪化するのか、だ。
 各章では人口の安定化と減少が気候、公平性、ジェンダーギャップ、物質的豊かさ、進歩、自由、人類絶滅の可能性、人類全体の幸福にどのような意味を持つかを順番に見ていく。それぞれ証拠と論拠を精査したうえで、安定化のほうが好ましいという結論に至る。ただどのように人口安定化を実現するかというのはまた別の話だ。だから重要な主張の最後の1つはこうなる。

第4部の重要な主張

世界的に減少しはじめた人口を安定化させる方法は、まだ誰にもわからない。ただ人類はこれまでも社会の抜本的改革を成し遂げてきた。私たちが心を決めれば、再び同じことができるはずだ。


さあ、対話を始めよう

 今こそ人口減少にどう対応するか、すなわち次の世代を生みだす負担をどのように分担し、やわらげていくかを、思いやりを持って真剣に話し合うべきときだ。みなさんに対話に加わっていただくのが本書の目的だ。

 対話を進めるなかで、みなさんに価値観を広げ、新たな問いと向き合うよう求める場面もあるだろう。だがみなさんの価値観を捨てることは求めない。気候変動への懸念、リプロダクティブ・フリーダム(子どもを持つ・持たないの自由)や人工妊娠中絶の権利、あらゆる国のあらゆる人に安全で健康で活力ある生活を保障することへの思いなどだ。
 ジェンダー平等に向けて人類がこれまで積み上げてきた進歩をわずかでも後退させることも求めない。誰もが親になること、ならないことを選択する手段を持つべきだと、著者は断固主張する。

 みなさんに真剣に考えていただきたいことの1つが、今から数百年後を生きる人々の人生をどのように尊重するか、という難しい問いだ。何世代も前の人々の選択に、存在そのものがかかっている人々の人生だ。
 あなたと同じような、あるいはもっと良い人生をたくさんの人が生きるかもしれない。あるいは人口減少によって、良い人生になったはずの何十億という命が存在しえなくなるかもしれない。これほど異なる未来を比較すると、人口の倫理を考えずにはいられない。より多くの人がより良い人生を送れることは、重要だろうか? 良い人生は少ないより多いほうが良いのだろうか?

 著者はこうした問いの答えを持ち合わせていない。今日生きている80億人、あるいは次の世紀を生きる数十億人(あるいは20億~30億人)の立場や経験を代弁するつもりもない。20世紀の先進国に生まれたたった2人の人間が(というよりどんな時代のどこに生まれた2人でも)、全人類に影響を与えるこれほど重要な、先例のない問題について結論を出せるわけがない。
 ただ少なくとも私たちは、みなさんが考えをまとめるための事実やエビデンスを提示することはできる。

 新たな事実やエビデンスを発見し、発表することは、ともにテキサス大学准教授である著者たちの仕事の一部だ。2人が知り合い、研究パートナーとなったきっかけは、何年も前にプリンストン大学博士課程の学生として2人で1つの研究室をあてがわれたことだ。
 当時は経済学を専攻し、今はそれを教える立場になったが、私たちの研究対象は金利や株式市場ではない。人間だ。人々の人生や選択、その健康や生死を扱う。
 2人で手を組むことにしたのは、経済学者の使命に対する認識が同じだと気づいたからだ。経済学者とは、さまざまな場所で生きる人々の幸福について新たな事実を発見し、助けを必要としている人々の幸福を増進していく機会を持つ職業だ、と。

 大学院を卒業すると、ディーン・スピアーズと妻のダイアンは、インドの子どもたちのための研究と権利擁護を目的とする非営利団体「r.i.c.e.」を立ち上げた。2人はあまりに多くの赤ん坊が低体重で生まれ、すぐに亡くなっていくインド北部のウッタル・プラデーシュ州に移り住んだ。
 ハーバード大学でポスドク【訳注 博士課程修了後の任期付き研究職】となったマイケル・ジェルーソは、r.i.c.e.の理事となって2人の活動を支えた。
 以来私たちはともに医療、栄養、疾病、衛生について執筆してきた。環境汚染物質が人間にどのような影響を及ぼすか、また人間がどのように環境に影響を及ぼすかも書いてきた。寿命や小児死亡率についても書いてきた。その過程でずっと、一歩引いて世界規模かつ長期的視点で見たとき、このような人口動態に関する細かなデータは何を示すのかと考えつづけてきた。

 こうして私たちはもっと広範な問いと向き合うようになった。疑問をデータにぶつけ、理論を精査した。時間軸を数年ではなく数世代に広げて研究論文を書くようになった。答えのない問いの答えを探し求めた。
 今生まれる子どもたちの生涯にわたるカーボン・フットプリント(二酸化炭素排出量)は1世紀前と比べてどうなのか、そして1世紀後と比べてどうなのか。出生率の高い小規模な集団は、世界人口の行方にどれほどの影響を与えるのか。インド、ヨーロッパ、あるいはアメリカで一般的な出生率が世界に広がり、長期間にわたって定着したらどうなるか。

 マイケルはホワイトハウスから声をかけられ、米大統領経済諮問委員会(CEA)のシニアエコノミストとして人口トレンドと健康政策について助言するようになった。ディーンは仕事のためアメリカとインドを行き来する生活を続けている。
 親になるとはどういうことかも実地で学んだ。それぞれ30代で父になり、40代になった今は子育てに励んでいる。私たちは対話を続け、共同研究をする新たな専門家と知り合い、研究を進めてきた。そうしたなかで見えてきたのが、本書でお伝えする世界規模の重要なストーリーだ。

 本書ではインドの公立病院で早産によって低体重で生まれ、生命の危機に瀕している赤ちゃんに寄り添う女性たちの物語を見ていく。ディーンとダイアンは設立した非営利団体を通じて、病院の「カンガルー・マザーケア(KMC)」というプログラムを支援している。このような赤ちゃんや彼らの世話をする女性たちは大切な存在だ。そして「人口」について語るときには、数字や統計を超えて生身の人間や彼らの生を理解することが大切だ。

 進歩の物語も見ていく。人口増加にともなって起きた進歩の物語だ。インドでは長らく「人口過剰」が問題視されてきた。だが今日、インドの人々の人生はかつてないほど豊かだ。寿命はかつてないほど伸びた。かつてないほど健康的だ。つまり「人口過剰」によってインドは滅(ほろ)びなかった。その理由は本書でたっぷり見ていく。

 私たちが2023年、人口減少に関する研究成果を『ニューヨーク・タイムズ』紙のオピニオン欄で発表したところ、数千人の読者から返信の投稿があった。嬉しかった。というのも人口減少は単に関心を持ってもらうだけでは不十分で、真剣に対話に参加してもらうべきテーマだからだ。本書を通じて対話を続けていくつもりだ。これまで私たちが耳にしてきた意見や異論を紹介し、答えていく。
 『ニューヨーク・タイムズ』の読者(社会科学の研究者も同じだが)の主張や意見の多くには共通する特徴があった。それぞれに何らかの「確信」があるのだ。
 ただ確信から導き出される結論は、正反対の方向に分かれていた。本書が紹介する事実は、みなさんが他で見聞きするものほど断定的ではない、どっちつかずのものだろう。未来を確実に予見できるフリなどしなくても、変化が起こる可能性が高いことを理解し、その行方を気にかけることはできる。

 本書では、人類が差し迫った危機に直面しているとはいわない。人口減少の兆しは見えている。それは重大な問題やリスクをはらんでいる。ただ、まだ20~30年の猶予がある。
 それまでの間に人類が解決すべき問題を挙げていけば相当な数になる。是正すべき不公平、救うべき命、退治すべき悪者は枚挙にいとまがない。ならばなぜ今、人口減少について考えるべきなのか。
 1つの理由は、今日の出生率低下に関する議論には、真の問題や解決策から人々の目をそらせようとするものがあるからだ。それらを主導する人々は、格差、ナショナリズム、社会的排除、国家による管理など、それぞれの目的に沿うように人口減少を語ろうとしている。それを放置すれば、社会のなかで包摂性、やさしさ、冷静さに欠ける人々が人口減少を危機とみなし、それぞれの目的を遂げるために利用するだろう。
 人口減少についてもっと建設的な議論を促す唯一の方法が、みなさんに今、そこに加わっていただくことなのだ。

本書のテーマは「子どもを産むべきか」「どのように育てるべきか」ではない。考えたいのは「子育てがしやすい社会のあり方」だ。

 本書は人類が人口減少にどう対応すべきかを問いかける。それはあらゆる人に関する、あらゆる人のための問いでもある。
 社会は、政府は、慈善団体は何をすべきか。世界的な人口減少について「ともに何をすべきか」という問いは、あなたの家族の大きさに関する問いではない。あなたは自分にとって最適と思える家族の大きさを選べばいい。大家族でも小家族でも、好きにしたらいい。

 ただ著者たちが自分の家族を振り返ったとき、社会がもっと赤ん坊の世話や子育てを大切にしていたら、もっと多くの子どもをもうけていたかもしれない、と思う。あるいは親になることで、ほかのたくさんの目標を犠牲にしなくてもよかったら。自分の学業と子どもを持つことが二者択一でなかったら。妊娠や授乳で惨(みじ)めな気持ちになることがもっと少なかったら。あるいは全般的にもっと子どもを育てる親にやさしい社会であったなら。しかも私たちのケースは、ほとんどの家庭よりずっと楽だったはずなのだ!

 低出生率という問題については、すでにたくさんの良識的な人々が意見を述べてきたが、本書は次の点においてそれらと異なる。
 著者は「今の世界のあり方を前提にした個人の選択が、より良い未来を実現するための絶対的基準である」という考えには賛成できない。合理的に考えれば、人類による環境破壊に対してこのような言い分は通らない。個人がどのように炭素を燃やし、ゴミを捨て、環境を汚染しようが、人類全体に大きな影響はないとはいえない。
 そこでジレンマが生じる。子どもを持つか持たないかは、個人の自由な選択でなければならない。しかし個人の選択の結果は全人類に影響を及ぼす。私たちはみな、お互いにとって重要な存在なのだ。人口規模を含む、社会全体に影響を及ぼす結果について、誰ひとり無関係ではいられない。このジレンマを解決するには、別の未来を想像する必要がある。子育てやケアを支援するような働き方、家族、社会インフラのある未来だ。

 まずは著者の考える解決への一歩を示そう。私たちが互いに助け合えば、長期的には個人の自由な選択から異なる未来が出現する可能性がある。
 法律上、妊娠はフランスにおいても韓国においても個人の自由な選択だ。だがフランスの平均出生率は韓国の2倍以上である。つまり「誰もが希望どおりの家族の姿を選択する自由」については「イエス」。ただそれで話は終わり、という考えには「ノー」だ。なぜなら個人の希望や選択は、それぞれが自らをとりまく世界をどう認識するかで決まるからだ。

 誰かが子どもを持たない、あるいは子どもの数を控えめにすることを選択した場合、他人にそれは間違いだと言う資格はない。おそらくその選択は間違いではないだろう。
 しかし社会として希望どおりの子どもの数を選択することや、そもそも子どもを持つことを難しくしているのなら、私たち全員が間違いを犯している。私たちが豊かな未来を望むのであれば、お互いを、そしてケアを担う人々を大切にすることを始めなければならない。

 来るべき事態とそれへの対応について、人類はたくさんの人を巻き込んだ、思いやりのある、そして事実に基づく対話をする必要がある。みなさんに事実を知らせ、対話に参加するよう誘(いざな)うのが本書の目的だ。各章では人類が人口減少か安定化を選択するうえで重要な問題を1つずつ見ていく。どれも誰かにとっては一番重要な問題だ。1つひとつの問いや見解と真剣に向き合っていただきたい。
 そして人類の未来に関する対話に、みなさんの声を加えてほしい。


【目次】

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