その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」をご紹介します。今日は稲盛和夫さんの『 稲盛和夫の実学 新装版 経営と会計(日経ビジネス人文庫) 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
今こそ求められる「経営のための会計学」
日本の多くの経営者は一九八〇年代後半から始まるバブル経済の熱狂に踊らされ、過剰投資を繰り返した。そのバブル経済は当然のごとく崩壊し、一九九〇年代初頭よりデフレスパイラルが始まった。その結果、現在では金融業、建設業、不動産業等、あらゆる産業において、不良資産が増大し、日本の経済界は塗炭の苦しみの中であえいでいる。
この間、経営者は何をしていたのだろうか。経営のあり方を見直し、抜本的な対策をとろうとしたのは少数であり、多くは不良資産を隠し、業績の悪化を繕うことに努めてきたのではないだろうか。そのため、日本の企業経営は、その不透明さゆえに国際的な信用を失い、多くの不祥事を生み出すことにもなったのである。
もし、中小企業から大企業に至るまで経営に携わる者が、常に公明正大で透明な経営をしようと努めていたなら、また、企業経営の原点である「会計の原則」を正しく理解していたなら、バブル経済とその後の不況も、これほどまでにはならなかったはずである。私にはそう思えてならない。
恐らく一九八〇年代初頭までの単純な右肩上がりの経済であれば、企業経営は前例に従うだけでよかっただろう。しかし、日本を取り巻く環境は大きく変わっている。日本経済は成熟化し、成長神話は崩れ去り、複雑なグローバル経済の中に組み込まれている。このような時代においては、経営者は、自社の経営の実態を正確に把握したうえで、的確な経営判断を下さなくてはならない。そのためには、会計原則、会計処理にも精通していることが前提となる。
ところが日本では、それほど重要な会計というものが、経営者や経営幹部の方々から軽視されている。会計と言えば、事業をしていく過程で発生したお金やモノにまつわる伝票処理を行い、集計をする、後追いの仕事でしかないと考えているのである。
また、中小、零細企業の経営者の中には、税理士や会計士に毎日の伝票を渡せば、必要な財務諸表はつくってもらえるのだから会計は知らなくてもいい、と思っている者もいる。経営者にとって必要なのは、結果として「いくら利益がでたか」「いくら税金を払わなければならないのか」ということであり、会計の処理方法は専門家がわかっていればいいと思っているのである。さらに、会計の数字は自分の都合のいいように操作できる、と考えている経営者さえいる。
私は二十七歳の時に京セラを創業し、ゼロから経営を学んでいく過程で、会計は「現代経営の中枢」をなすものであると考えるようになった。企業を長期的に発展させるためには、企業活動の実態が正確に把握されなければならないことに気づいたのである。
真剣に経営に取り組もうとするなら、経営に関する数字は、すべていかなる操作も加えられない経営の実態をあらわす唯一の真実を示すものでなければならない。損益計算書や貸借対照表のすべての科目とその細目の数字も、誰から見ても、ひとつの間違いもない完璧なもの、会社の実態を一〇〇パーセント正しくあらわすものでなければならない。なぜなら、これらの数字は、飛行機の操縦席(コックピット)にあるメーターの数値に匹敵するものであり、経営者をして目標にまで正しく到達させるためのインジケーターの役割を果たさなくてはならないからである。
このような考え方にもとづき、私は経理部に経営資料を作成してもらい、その数字をもとに経営してきた。その結果、京セラや第二電電もバブル経済に踊らされることなく堅実に発展を続けている。今振り返ってみると京セラ創業時、会計というものをまったく知らなかったため、それを自分で学び、「人間として正しいことを追求していく」という私自身の経営哲学をベースに「会計の原則」を確立できたことが、その要因であると思える。
私は会計学の専門家ではない。しかし、自ら学び、つくりあげた会計学の原則が、現状に苦しみ、今何をしていいのか迷っている経営者やビジネスマンに少しでも参考になるのではないかと考え、今回それをまとめてみることにした。
本書は、私の考える経営の要諦、原理原則を会計的視点から表現したものであり、少し過激な表現ではあるが、「会計がわからんで経営ができるか」という思いで出版させていただいた。それは、混迷する時代に、血を吐くような思いで叫んでいる、私の叱咤激励であることをどうかご理解いただきたい。本書が「経営のための会計学」を真摯に学ぼうとする多くの方々に読まれ、より素晴らしい経営をするための一助となることを心から期待している。
なお、本書は当社の元経理部長(元監査役)、故・斎藤明夫氏が後進のためまとめたものをベースとしている。改めて斎藤明夫氏のご努力に対し心から感謝したい。
最後に、出版するに当たってご協力いただいた日本経済新聞社出版局編集部の波多野美奈子氏、西林啓二氏、および現在の当社経営管理本部長・石田秀樹、関連会社育成本部副本部長・高橋幸男、秘書室長・大田嘉仁、経営研究課・木谷重幸に謝意を表すものである。
一九九八年九月
稲盛 和夫
文庫版の発刊にあたって
バブル経済の崩壊から約十年、日本を覆っていた経済不況という暗雲にも、ようやく晴れ間が見えはじめた。「景気の底入れ」が実感として捉えられるようになった昨今、拙著『稲盛和夫の実学―経営と会計』を文庫本として発刊したいとの依頼を日本経済新聞社からいただき、まさに時宜を得た企画ではなかろうかと、よろこんでお受けした。
何が日本のバブル経済を招いたのか、また、そのバブル経済崩壊後、何故、不況がこのように長引くことになったのか。私はいずれも、企業経営に携わる人間の「考え方」というものが、その大きな要因としてあったと考えている。その意味で、今世紀末における日本の経済不況とは、世の経営者たちに「経営者とはどのような考え方を持つべきなのか」とか「企業経営の原理原則とは何か」を厳しく、問うものであったと言えるのではないだろうか。
『稲盛和夫の実学』は、日本経済が不況から脱しきれずにいた、一九九八年十月に初版が出版された。その内容は、もともと技術屋で、経営に関してはまったくの素人でしかなかった私が、京セラを経営するなかで、手探りで見出した経営の原理原則というものをまとめたものである。
後に、多くの読者から、「我が意を得た」「まったく同感だ」「目からうろこが落ちた」等々のお手紙をいただいた。また、経済界からも、直接、間接的に、多数の賛同をいただき、幸運にもビジネス書としては異例のベストセラーにもなった。
今回発刊される文庫版は、価格も手頃で、気軽に携帯できることから、さらに多くの経営者、ビジネスマンの方々にお読みいただき、日々の経営の参考にしていただければと、期待している。
猛暑の日照りが続く 京都 伏見にて
稲盛 和夫
(※編集部注:二〇〇〇年十一月の文庫化に際して)
【目次】




