その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は東京カメラ部の『 この世界とともに。 TOGETHER IN THIS WORLD. 』です。
【はじめに この世界とともに。】
~世界は物語であり、私たちはその物語を生きている。~
この写真集に収められている作品が展示された東京カメラ部2024写真展のサブタイトルでもあるこの言葉は、ドイツの哲学者ハンス=ゲオルク・ガダマーによるものです。世界の価値観が対立し、社会が分断化するような情勢のなかで、バーチャルワールドや生成AIのような新しい技術が急速に成長してきた今だからこそ、この言葉の重みが増しているとわたしは感じています。
世界は物語です。好例が国家です。ベストセラーとなった『ストーリーが世界を滅ぼす』の中でジョナサン・ゴットシャルが指摘するとおり、世界を構成する国々の多くは「神話」などの物語、すなわち「国がどうやって生まれたか、どういう英雄によって導かれたか」といった物語を持っています。それを共有することで同じ国民としての意識を高め、国という集団を維持してきました。こうした神話の多くは、勇ましく、胸が高鳴るような物語で、今の時代も多くの国々で大切に語り継がれ、ひとびとの結束を高め続けています。また、巨大SNSプラットフォームが採用するアルゴリズムは、似た価値観のひとたちが集まりやすいようになっているので、SNS全盛の現代においても、こうした多くの物語は、形を変えつつ強力な結束力を生み出しています。
そして、私たちが生きている世界も物語です。メタバースのようなバーチャルな世界が成長しても、実在しない絶景を生み出せる生成AIがどれだけ話題になっても、結局のところ、私たちが日々過ごしている、この世界、この日常は、空想上の事象やデータの集合体ではありません。実在する世界の中で、ひとびとの暮らしが生み出す日々は、意味を持ち、つづられ、語られ、お互いに尊重されるべき数え切れない物語の集積です。巨大SNSプラットフォームが採用するアルゴリズムによって、こうした日々の物語も、国家の物語と同様に、友人、知人、地域、国を超えて、物語が一瞬で共有・共感され、より幅広い人々の暮らしを安らかで温かいものにしてくれます。
まさに現代は、「世界は物語であり、私たちはその物語を生きている」時代なのです。
そして、様々な統計を見る限り、世界経済は感染症による困難な時期を乗り越えて成長を続けていたり、乳幼児死亡率は低下し続けていたりと、世界全体は良い方向に向かっています。また、日本単体で見ても、成長率の鈍化や高齢化問題に直面しつつも、依然として豊かで、世界の中でみれば明らかに恵まれています。わたしたちは、人類史上最高の物語を生きていると言えるでしょう。
しかし、残念ながら、わたしたちが生きる物語には課題もまた山積みです。美しく、優しく、楽しいものばかりとは決して言えません。「現代は史上初めて、平和を愛するエリート層が治める時代」(『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ)のはずなのに、戦争小説を実写化したような凄惨な国家的犯罪が続いています。総合的に豊かになっているはずの先進国で貧富の差は拡大しています。世界中で移民に対する差別や異文化共存の難しさによる対立が激化しています。正義は自身を律する戒めではなく、他者を痛めつける武器となり、話し合いは貶(おとし)め合いに成り果てています。
こうした意見の対立が起きると、「似た価値観のひとたちが集まりやすい」というSNSプラットフォームのアルゴリズムが、結果として負の作用を発揮してしまいます。さらにはそれを戒め、防ぐはずの学術界も十分には機能していません。「イデオロギー上のバイアス」が顕著となり、「集団分極化」が生まれていて、「禁じられた問いを発すると、寄ってたかって非難し、発言の機会を与えず、キャンセルし、排斥する」(ジョナサン・ゴットシャル)という有り様です。
その結果もあってか、世界各国で、こうした問題に対して、社会の分断は悪化し、「思想純潔」のような巨悪も顔をのぞかせるようになってきました。ネット上の争いなどを見ていると、ゲーテの言葉「人間も本当に悪くなると、人を傷つけて喜ぶこと以外に興味を持たなくなる」が、そのまま現実となったような状況にすら感じられます。もう、こうなると、現実の世界が良い方向に向かっていたとしても、世界に失望し、最悪の場合は絶望したくなるのも当然です。
しかし、そんな中でも、カメラは現実の世界を捉え続けることができます。この写真集には、年齢、性別、職業、人種、国籍を問わず多様な写真家が、色々な場所で、様々な被写体を、それぞれの解釈で、各様な時に、撮影した写真が収まっています。これらの写真には、こうした世界の厳しさと優しさ、醜さと美しさ、忌まわしさと愛おしさ、そのすべてを包み込む物語が収められています。それは、物語を知り、物語を創るわたしたち人間が、自らが物語に登場する実在世界で撮っているからです。
そしてひとは、カメラが写したこうした写真や動画を通じて、私たちが住む「この世界」の物語を改めて知り、「この世界」の美しさ、愛おしさ、優しさを、認識し、共有し、自らが住む「この世界」を、「ともに」考えることができます。その結果、日頃かかえている世界への疲弊、傷心、諦念から脱却するヒントを得ることができるのです。
ぜひ、この様々な写真家による多様性に富む写真集を見て、実在する世界の物語を感じてみてください。圧巻の作品群は、純粋にアートとして楽しんでいただいても良い時間を過ごしていただけると思います。テーマ性にも富むこれらの作品群は、じっくりと見ていただけると、日頃かかえている世界への疲弊、傷心、諦念を解消するチカラになれるかもしれません。また、誰かと一緒に見て、語り合うことで、世界に対する捉え方を、ほんの少しかもしれませんが、寛容で好意的で幅広いものにすることができるかもしれません。
私たちは、アルゴリズムで最適化され特定の価値観や思想に純化された世界(物語)や、生成された世界(物語)ではなく、多種多様な価値観や思想が混在し、実在する「この世界(物語)」を「この世界とともに」生きているのですから。
みなさんと一緒に寛容さを守り、より良い世界を「ともに」すごせる。そんな日々を楽しみにしています。
東京カメラ部代表 塚崎秀雄
【目次】


