その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は藤田俊弘さんの『 「国際標準化」事業創成の極意 グローバル市場で主導権を握る 』です。「プロローグ」をお届けします。
【プロローグ】
経営者・技術者として国際標準化と共に歩んだ30年
2026年2月10日、筆者は日経ホール(東京・千代田区)で開催された日経社会イノベーションフォーラム「未来を創る国際標準化・国際ルールメイキング」(主催:内閣府、日本経済団体連合会、日本経済新聞)に参加した。実は、筆者は過去25年にわたり、国際標準化に関する多数のシンポジウムに参加し、体験談を語る講演も数多く行ってきた。今回のフォーラムは、そうした従来のものとは一線を画す内容で、非常に驚きを覚えると同時に、興奮で胸が高まる思いがした。
これまでの国際標準化のシンポジウムはどちらかといえば、技術者が技術的な話題を提供し、どのような標準化活動を行ってきたのかを発表するなど、エンジニア目線の内容が多かったと思う。ところが今回のフォーラムでは、小野田紀美内閣府特命担当大臣(知的財産戦略)から「道のりは容易ではないが、企業の国際標準化の取り組みを後押しし、官民一体で実現していきたい」と、佐藤啓内閣官房副長官からは「経済社会基盤に影響を及ぼす様々な分野での国際標準化の議論が世界で進む中、官民が連携してオールジャパンで対応していく必要がある」とスピーチがあり、国際標準化が国策に位置付けられるほど“格上げ”されたような高揚感を覚えたのである。
それだけではない。経団連の遠藤信博副会長からも「企業がグローバルに市場を創出、獲得していく上で、経営戦略の中に標準化活動を組み込んで一体的に取り組むことが大切」といったメッセージと共に、内閣府、経済産業省、総務省、そして国際標準化で業績を上げた企業の方々の話にも勇気づけられる内容が多く、最後に登壇した内閣府の知財戦略推進事務局長からは「国際標準化体制を海外展開インフラと経営戦略へ組み込み、人材を育てることが重要である」と、経営者に向け熱いメッセージが贈られた。このように、今回のフォーラムはこれまでは決して聞くことのできなかった国家目線、経営目線の話題にあふれていたのである。
2025年秋に発足した高市内閣は、日本に強みのある技術の社会実装を進めると共に、勝ち筋となる産業分野について戦略的支援を進めていく「新技術立国」の実現を掲げている。そこから語られる言葉や構想されるテーマに対し、我々エンジニア出身者は、決意を持ってダイナミックに産業創成に取り組む躍動感を感じ取っている。その中で、今回のようなフォーラムが開催されたことは、本当に時宜を得ていると感じた。
ここで、筆者自身の国際標準化に関する経験を少し述べてみたいと思う。筆者は1992年に松下電器産業(現パナソニック)を円満退職し、ファクトリーオートメーション分野を中心とした制御機器の総合メーカーであるIDECに入社。長い間、CTO(最高技術責任者)として技術開発を統括してきた。
入社以降、日本には欧州で誕生した様々な国際規格が“黒船”のように入ってきた。そんな中、IDECの主力商品である押釦(ぼたん)スイッチが国際規格化されるときに、日本からあるサイズを提案しなかったためにそれが規格化されず、そのサイズの押釦ボタンスイッチ事業が伸び悩むどころか、どんどんと縮小した(詳しくは第3章参照)。この苦い経験を経て、筆者は国際標準化の重要性に気づき始めた。1990年代後半のことだ。
ちょうど同じ頃、通商産業省(現経済産業省)の藤田昌宏氏の著書『国際標準が日本を包囲する なぜ自らルールを作らないのか』(日本経済新聞出版、1998年)を手にすると、「民間企業が自分の力で、しかも自分の技術を国際標準化できる」と記してあった。筆者は、このことに目から鱗が落ち、直ちに経済産業省や日本規格協会の門をたたいた。そして、国際規格づくりのずぶの素人であった筆者を一から指導してもらいながら、幸運にも経済産業省の基準認証事業の一環で国際標準化にトライできることになった。
とりわけこの頃は、日本のロボットメーカーの技術力や製造力が抜きん出て強く、産業用ロボットにおける日本企業の世界シェアは60%以上を有していた。IDECは安全技術、制御技術を保有していたことからロボット安全機器の開発を行い国際標準化に挑戦することになったのである。
詳しくは第4章と第5章に記載するが、幸いにも、それが世界で初めての人間工学に基づくスイッチ技術であったことから、海外の国際標準化のエキスパートたちが仲間になってくれた。そして友好的かつ強力に支援してくれたこともあり、国際標準化に成功。その後の様々な活動と共に事業として大きく拡大していった。
特に、故・安倍晋三元首相が2014年5月、経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会の基調演説において「ロボットによる『新たな産業革命』を起こす」と表明した辺りから、ロボットの普及が一段と進み、当社の事業もどんどんと伸び始めた。国際標準化に成功したスイッチは、ロボット分野のグローバルシェアで90%を超えると同時に、IDEC製品の中で利益率1位の主力製品に育っていった。
災い転じて福となすという言葉通り、押釦スイッチの失敗を教訓に、人間工学に基づくスイッチでは知財でコア技術をしっかり守るクローズ戦略と国際標準化で市場を切り開くオープン戦略をうまく組み合わせることにより、事業化を大きく成功させることができたのである。
こうした国際標準化のプロセスにおいて筆者は、欧州や米国の企業や研究機関、標準化団体、そして認証機関などの幹部の人たちと積極的に交流することに努めた。すると、海外では経営者が国際標準化の重要性を十分認識していることや、適切な人員を配置して技術外交ができるような態勢をとっていること、また多くの企業がチームとなって(仲間意識を持って)団体や機関と連携しながら国際標準化と認証を両輪で進めていることを知った。我が国としても、個社が単独で国際ルール形成や国際標準化、認証に立ち向かうだけではなく、国内外の多くの仲間と一緒に進めていけるように、早期の段階から海外と連携することの重要性をひしひしと感じたのである。
そこで筆者は、IDECでの経験を基に国際標準化や認証に関わる活動を開始。次の図表に示すように、日本電気制御機器工業会(現日本電気制御技術工業会)での活動を皮切りに、様々な機関や団体を立ち上げながら並行して活動を続けてきた。
筆者自身の考え方として、日本において将来展望を描いて一緒に活動できる仲間が見つからない場合には、テーマに応じて最適な国際標準化や認証を推進するために、自らいろいろな仕掛けや新たな枠組みを構築することとした。
具体的には、2003年に日本認証、2012年に一般社団法人ファインバブル産業会、2016年に一般社団法人セーフティグローバル推進機構を創業。さらに2023年には、第10章で詳述するGISHW(Global Initiative for Safety, Health & Well-being at EXPO2025 and beyond)活動を世界中の旧知の仲間と共に創始した。この活動には、68カ国・地域に及ぶ多くの国の、多くの方々に参加してもらい、国際標準化や認証による事業創成に必要不可欠な、「規格をつくる人」と共に「規格を使う人」の両面での多くの国々のグローバル仲間づくりに奏功した最たる例である。
ここ数年間、仕事を引退したら、筆者が携わってきた国際標準化による事業化の体験談を書籍にまとめてみようと、おぼろげに考えていた。ところが冒頭で触れた「未来を創る国際標準化・国際ルールメイキング」フォーラムに参加し、「今が、そのタイミングではないのか」と直感した。しかも、書籍化に向け日本政府の方向性を知るべくいろいろな本をまとめ買いして読みあさっていたところ、自由民主党の小林鷹之衆議院議員の書籍『世界をリードする日本へ』(PHP研究所、2024年)の中に、筆者のことが書かれているのを偶然発見した。その内容を、同書から以下に引用する。
「私が会長を務める自民党の知的財産戦略調査会でも国際標準戦略小委員会を設置し、大塚拓代議士を中心に、2年にわたり議論を続けてきた。講師としてお招きしたIDEC株式会社の藤田俊弘・上席執行役員(技術戦略担当CSO、当時)がゴルフにたとえて指摘された言葉がとくに印象深かった。
『日本人はゴルフのスコアを上げるべく徹底的に練習し、技を磨く。一方、ヨーロッパの人は、そもそも自分の技術や癖に合うようなコースをつくる。ちなみに、バンカーは知的財産のようなもの(相手が陥りやすい場所に穴を掘る)』
まさに標準化戦略に立ち遅れたわが国の現状と本質を突いていると思う。」
2024年5月に自由民主党本部に招かれて講演したときのことが書かれていたのである。このとき筆者が話したのは、前述したロボット向けのスイッチの国際標準化と事業化の成功体験と、「ゴルフコース設計理論─国際標準化はゴルフコース設計と同じである」ということ。講演後、筆者が使用したスライドに対して小林氏が直接質問に来られた。「この知財・標準化・認証のところに記載されているインテリジェンス・インフラストラクチャの意味は何ですか」──。この、講演の根幹に触れる質問を受け、筆者は、小林氏が熱心に聞いてくれたこと、資料にもしっかりと目を通してくれたことに感動したのを今でも覚えている。
話を戻せば、筆者の講演内容が小林氏の書籍の中で言及された喜びと、ひょっとすると今までの体験談が国際標準化で新技術立国の一端を担う方々や、日本発の産業化を目指す今の時代の挑戦者の方々に少しでも役立てるのなら、引退を待たずして書籍をまとめてみたいと考えるようになった。筆者自身が25年間、自ら構想して自ら動き、そして自ら多くの国内外の仲間づくりをして実践してきた国際標準化や認証に関わる活動は、成功体験もあれば、難渋した経験や失敗した経験、反省や学びもある。このことはきっと、多くの人々に参考にしてもらえるのではないかと考えるに至った。そこで2026年3月、30年来の知り合いである日経BP記者に書籍化の相談をしたところ、国際標準化というテーマをポジティブに受け止め、短期間での出版にこぎ着けたのである。
実は2年前の2024年春頃、今までの国際標準化や海外の仲間づくり活動に関して2000年ごろから2030年までを俯瞰する年表を、写真のような「巻物」として作成した。
この巻物には、30年近くの間、日本の経済産業省や日本規格協会、産業技術総合研究所などの多くの方々の指導を受けながら連携して進めてきた活動や、海外の国際標準化や技術分野の専門家、国際的な機関のトップや多くの企業経営者との交流を続けてきた結果が記されている。さらに様々な活動の関係性や、そこから生まれた広範な交友関係も含めて示すことで、歴史的な流れ感が直ちに分かるようになっている。手前味噌ながら、3分で全体像を理解してもらえる画期的な新しいプレゼンテーション手法として、この巻物は実に好評である。本書では、こうした流れと共に、国際標準化や認証に関する具体的な事業創成や産業創成の活動、そしてグローバルな仲間づくりの過程で体験したいろいろな事例を紹介したいと考えている。巻物で示してきた内容をより詳細に、かつ丁寧に本書の中で解説することにより、今後多くの日本の方々が国際標準化や認証に挑戦され、オープン&クローズ戦略を実践して事業創成される際に参考になれば、望外の喜びである。
【目次】






