その本の「はじめに」には「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西浦三郎さんの『 ヒューリック、変革の流儀 少人数でも独自戦略で成長できる 』です。本書の編集者による「序章」をお届けします。
【序章】驚異の成長を続けるヒューリック
(執筆:畠中 克弘=日経BP技術メディア担当付チーフプロデューサー)
首の回らない「無名の会社」から高収益で知られる羨望の会社へ
ヒューリック会長の西浦三郎氏が、『ヒューリック ドリーム』(日経BP刊)を著した2017年から10年近くがたつ。その前著の解説では、「無名の不動産会社に起きた驚異の成長の記録」と紹介していたが、ヒューリックはその後も「驚異の成長」を続け、無名どころか多くのビジネスパーソンに知られる存在となった。新卒の採用枠8~10人に6000人超のエントリーがあるなど、いまや学生たちにとっても人気の企業だ。
その驚異の成長ぶりは、圧倒的な数字が物語っている。
連結経常利益は16年連続で10%以上成長し、2025年には2008年の上場から16倍となる1729億円に達した。
従業員1人当たりの経常利益にいたっては、6.6億円というありえない高さ(2025年単体)。利益でなく売上ではないかと見まがうほどで、こちらも上場から15倍という成長ぶりだ。
1人当たりの経常利益がこれほど高いのは、徹底した少人数で事業を遂行しているからだ。ヒューリックの従業員数は234人に過ぎない(2025年単体)。2008年の上場時の従業員数とほとんど同じだ。
そして、従業員234人の平均年間給与は2295万円(平均年齢39歳9カ月、平均勤続年数7年6カ月)。上場企業でトップクラスの水準を誇っている。
高いのは給与だけではない。フリンジベネフィット(給与以外の便益)の充実ぶりも際立っている。
早朝の本社ビルでは、子連れで出社する社員を見かける。本社ビル内に事業所内保育所を開設し、社員は無料で利用できるようにしているのだ。保育所利用者はマイカー通勤も認めている。本社ビル内のカフェテリアでは、朝食から昼食まで弁当や飲み物が無料で提供される。
30歳未満は独身寮に無料(諸条件あり)で入居できるほか、住宅ローンの利子補給、出産祝い金の支給、学童クラブの費用補助なども制度化されている。2026年からは、希望すれば週休3日で働くこともできるようになった。
さらに、企業の成長で得た果実は、GHG(温室効果ガス)抑制への投資にも向けられている。2023年にはRE100(企業が事業活動に必要な電力を100%再生可能エネルギー化)を達成し、2029年までには、ヒューリックが保有する全ビルの使用電力を再生可能エネルギーだけで賄う計画を立てている。しかも、再生可能エネルギーを購入するのではなく、自社の設備で太陽光発電や小水力発電を行うこだわりようだ。
給与の高さにしても、GHG抑制の取り組みにしても、社内外に還元できるだけの原資があればこその取り組みだが、ではなぜ、ヒューリックは少人数ながら成長企業へと変貌し、その成長を長年にわたって続けられるのか――。ヒューリックの変革と成長をけん引してきた西浦氏が、それを明らかにするのが本著だ。
西浦氏がみずほ銀行の副頭取から日本橋興業の社長に転じたのが、20年前の2006年。その翌年には社名をヒューリックに変更した。当時の会社は、金融庁の債務者区分でいえば「要注意先」で、借入金の返済にきゅうきゅうとしていたというのだから、現在のヒューリックからはとても想像ができない。
そんな会社を、2008年には東京証券取引所の市場第一部へ上場させ、同社が都心に保有していた銀行の古い低層ビルを次々と建て替える戦略で、成長の土台を築いた。その後はホテル・旅館や高齢者施設、都心型データセンター、バリューアッド事業(改修などで既存物件の不動産価値を高めて収益化)など不動産関連の成長分野の開拓に挑んで成長を続けた。
2026年に発表した中長期経営計画では、新たに「不動産の商社化」を打ち出し、不動産分野に限ることなくM&A(合併・買収)などを駆使して新規事業を積極的に進める戦略で、さらなる成長に突き進んでいる。子ども・教育分野の新規開拓に向け、「鉄緑会」や「伸芽会」といった著名な学習塾や幼児教室を次々と傘下に入れるなど、矢継ぎ早のM&Aを断行するさまは、「変革とスピード」を掲げてヒューリックを成長させてきた西浦氏の存在感を示すものだ。
ヒューリックの中長期経営計画は、これまでの20年間で4度にわたって作成された。そこで打ち出された「10年後の目指す姿」の変遷を見ていくと、成長の軌跡と今後の方向性をうかがうことができる。
■「10年後の目指す姿」の変遷
- 2008年:大手不動産会社7社に迫る市場地位の確立
- 2014年:大手不動産会社と戦える総合的ポジションの確立
- 2020年:「変革」と「スピード」をベースに、環境変化に柔軟に対応した進化を通じて、持続的な企業価値向上を実現する企業グループ
- 2026年:不動産事業を核として、多様な価値創造を行い、変革・進化・成長を続ける企業グループ
当初、大手不動産会社7社に迫る市場地位を目指したヒューリックは、時価総額の面ではやがて、三菱地所、三井不動産、住友不動産の不動産大手3社に次ぐ4位につけるまでになった。2020年以降の目指す姿は、不動産業界での特定のポジションではなく、不動産事業を核としながら進化や価値創造を続ける企業グループとなった。
最新の中長期経営計画(2026~2036年版)では、「経常利益1000億円以上、信用格付けAA格、時価総額1兆円以上、ROE(自己資本利益率)10%以上、PBR(株価純資産倍率)1.0倍以上、日経SDGs経営★★★★以上」をすべて達成したことで、日本を代表する企業に成長したと自らを位置付けたうえで、次のステージへ向かう意思を表明している。
次のステージへ向かう新たな戦略が「不動産の商社化」だ。本書では、なぜ「不動産の商社化」という多角化の方針が打ち出され、具体的にどう展開しようとしているかが第7章でたっぷり述べられている。
西浦氏は、戦国武将のなかでは織田信長にひかれるという。リスクを負いながら戦略を立てて実行するところがしっくりくるそうだ。現状に甘んじることなく、変革をけん引する西浦氏の姿勢に通じるものがあるかもしれない。
西浦氏は前著『ヒューリック ドリーム』で、「会長としてヒューリックが経常利益1000億円を達成する日を見届けたい。それが私の夢である」という一文で締めくくっていた。その経常利益はとうに1000億円を超え、2036年の目標額は3000億円まで引き上げられている。ヒューリックの、西浦氏の、“ネクストドリーム”は動き出している。「変革とスピード」を掲げて成長する同社から、目が離せそうにない。
【目次】





