その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は錦織一清さんの 『錦織一清 演出論』 です。

【はじめに】

 新曲を出す事もなく、歌番組自体もランキング番組などが無くなり、歌手としての活動が少し飽和状態になり始めた頃。気がつけば端に置かれた椅子に座り、蛍光灯の並ぶ天井をぼんやりと眺めながら、私は芝居の稽古場という空間に身を落ち着かせていました。細かなところまで神経の行き届いた、先輩達ベテラン役者の皆さんの、ディテールの高い演技に魅了されているうちに、すっかり芝居というものの虜になっている、そんな自分と出くわしました。

 思えばまだ二十代前半に、『GOLDEN BOY』なる舞台を演ったとき、放送業界の知人達からは、
 「なんで舞台なんかやってんの?」
 てな質問をされた事を今でも思い出します。夏には必ずミュージカルを上演することが、毎年のライフワークに成りつつはありましたが、当時まだ4:3の画角のブラウン管の中を、飛んだり跳ねたりしている歌い手が、演劇色の強いステージをやる事に、まだ少し違和感を感じられていたのかも知れません。ちゃんとした答えを出せなかった私自身も、観客の皆様の熱い声援を他所に、思い上がっていたのかも知れません。ただただガムシャラに数年間、漠然と芸能生活を送っていた様な気がします。いろんな脚本家の先生方や、演出をお願いした方達に生意気な口をきき、我儘でスタッフを困らせていた日々は、今更猛省したところで、取り返しのつかない恥ずかしき事の数々です。何かある度につい抗うクセがあるのは、今でも私自身、頭が痛くなる悩みの一つです。

 二十代後半に差し掛かった頃から、単独での舞台出演が増え始め、少し制作環境の違いに戸惑いを感じながら、経験豊富な先輩方にやっとこさついて行く形で、私の役者人生が始まりました。中卒の私には読めない漢字の数々、どう動いて良いか分からないト書(とがき)が書かれた台本。冒頭にも触れましたが、そんな時に親身になってアドバイスを下さった、沢山の方に支えられ、いつの間にか芝居がどんどん面白くなっていきました。周りの皆さんは本当に感情の動かし方、表現の仕方が上手で、気持ちの中は劣等感で一杯なのに、タダでスゲ〜芝居が稽古場で見れる毎日が、本当に楽しくて仕方ありませんでした。ある日一緒に共演させて頂いた、江守徹さんのお芝居を見て、思わず、
 「巧いなぁ〜・・・」
 と呟いてしまった事がありました。当たり前なのに、大変失礼な事を言ってしまった私に、ニヤリと悪戯な笑みを返してくれたのが、今でも素敵な思い出の一つです。何度もお酒の席をご一緒させて頂きましたが、そばに居れば芝居が上手くなれる様な気がして、迷惑を省みず生意気なだけのガキは、まるで腰巾着のようにくっついて歩いてました。思えば芝居をちゃんと習ったことが無い若造が、必死に喰らいついていたのかも知れません。

 日生劇場や帝国劇場など、何本かの東宝舞台に出演していた頃、私はある人と、運命的な出会いをする事になります。本編でも度々触れていますが、つかこうへいさんとの出会いです。その類まれな演出方法に、日々苦しむ事となります。そこに今まで経験したことは全く無く、稽古場というより、そこはまるで何かの訓練場でした。ここで詳しくは触れませんが、演劇人生に拍車が掛かったのは、いろんな雑誌のインタビューで述べている通りです。こうして今、こんな本を作れるのは、つかさんのお陰である事も間違いありません。

 沢山の経験や出会いが、私に芝居を楽しいものと教えてくれ、今では演出家という仕事を与えてくれました。いい歳になって未婚ではありますが、まるで娘や息子くらいの若者達とも、楽しく芝居を作れるのが、私の喜ばしきセカンダリー人生です。この本を書いたのは、決して思い出が薄れていかない様にというだけではありません。私の経験や、独自の表現方法なるメソッド的なものが、これから芝居をやる方、今やられている方への少しのヒント、そしてご覧になられる皆様が、ちょっと変わった楽しみ方が出来ればと、そんな気持ちからなのです。少々思い上がって感じられるかも知れませんが、どんな事を思いながら、どんな事を大切にしながら芝居を作っているのかを、正直にお伝えさせて頂いたつもりです。同時に、若い頃からビジュアル的要素で仕事をしてきた私の、その傍の内面的なものや、考え方にも触れて頂きたく、語らせてもらった次第であります。

 ご挨拶の最後になりますが、この度こうして一冊の本を作るにあたって、お力になって下さいました、日経エンタテインメント!の編集の皆様、ライターの渡辺伊佐子さんに、この場をお借りして、あらためて感謝の言葉を述べたいと思います。本当に有難うございました。

 それでは少しの間おつきあいください。

錦織一清


【目次】

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