60代以降のお金の使い方として、「年金プラス月〇万円引き出す」という方法をとっている人は多いのでは? ただ、運用しながら取り崩しをはかる「資産活用」の場合、この「定額引き出し」には思いがけないリスクが潜んでいます。『60代からの資産「使い切り」法』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成して解説します。

 具体的な取り崩しの方法に関して、基礎的なところをまとめていくことにしましょう。スタートラインは、保有している資産額と年間に使える資金の関係からです。65歳で保有資産3000万円をすべて預金にしてあるとして、「公的年金以外に毎月10万円くらい使えるお金があるといいな」と考えたとします。

 年間120万円ですから、ちょうど25年分の資産を保有していることになります。

 65歳から使い始めるとしたら、90歳までは「年金以外に10万円」が確保できることになります。これだとかなり安心感があるように思えますね。

 ところが、突然「人生100年時代」なんて言葉が流行して、「おいおい、90歳までの資金では最後の10年が足りなくなる」と気になり始めました。で、「対策は?」となると、年間85・7万円、「月に7万円程度使うのなら何とか100歳まで持つ」ということになります。そうなのです、対策は極めてシンプルで、「できるだけ使わないようにすること」となります。

 これは2つの点で、60代にとってはプレッシャーになります。

 1つは、できるだけ使わないようにして「それで幸せな生活か」という点です。「できるだけ使わない」という対策が果たしてわれわれが目指しているものなのかと疑問に思うからです。満足度の水準は人によって大きく異なりますので一概には言えませんが、私が実施したアンケート結果の分析からは、収入の多い人ほど、また支出を多くできる人ほど生活全般の満足度は高まる傾向がありましたので、「使わない」ことで満足度は低下するとみていいでしょう。

資産が減るほどに「引き出しの怖さ」が増す

 もう1つは、年々資産が減っていくことへの恐怖感です。アンケート結果からわかった「資産水準が多いほど満足度が高くなる関係」は逆に考えると、資産が減っていくことで満足度が低下することも示唆しています。しかも一定の金額で引き出していくと、年々その恐怖感が加速するのではないでしょうか。

 65歳で3000万円の預金資産があるとします。その段階で、月額10万円、年間120万円の取り崩しは、残高の4%ですから、それほど恐怖感をもたらさないかもしれません。しかし、毎年この金額が引き出されていくと、10年後には1800万円に残高が減っています。その時に120万円は残高の6.7%になります。

 20年後には資産残高は600万円になり、年間120万円の引き出しは資産額の20%になります。

 資産水準の減少とともに引き出しの負担は大きく感じるようになるわけで、これは資産の急激な減少による不安感につながります。

 しかも人生の最後半で何か特別な支出を伴うことが起きたらどうしようと思うと、さらに「できるだけ使わないようにしなければ」という強迫観念が強くなる可能性が高まります。

「定額引き出し」では年を重ねるごとに引き出しの恐怖が増加しがち?(写真:naka/stock.adobe.com)
「定額引き出し」では年を重ねるごとに引き出しの恐怖が増加しがち?(写真:naka/stock.adobe.com)
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「毎年、決まった金額を引き出したい」に潜むリスク

 「公的年金以外に毎月10万円を引き出す」といった考え方はわかりやすいものです。これは一般的には「定額引き出し」といわれるものです。

 「定額引き出し」のリスクを説明したいと思います。前提は現役時代から運用を続けていて退職時点で運用資産を保有していることです。その運用資産から「毎月10万円を引き出す」という行動は思わぬリスクを持っています。下の定額引き出しの表を見てください。

イメージを持っていただくための計算例  (出所)合同会社フィンウェル研究所
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 年数は「退職してからの15年間」だとします。65歳で退職すれば80歳までということになります。

 当初の運用資産額を3000万円で考えます。そこから毎年、年の初めにその年の生活費として120万円を生活費口座に移して、残りを運用し続けることにします。残った資産の運用は収益率と書かれている数字で毎年運用できたとします。

 ここでは、あえてAさんとBさんの2つのパターンを想定しています。

 15年間の運用収益率は平均で3.0%(幾何平均で2.6%)と全く同じになるようにしてありますが、毎年の並び方は逆になるようにしてありますので、Aさんの1年目とBさんの15年目が一緒になります。ただ、それだけです。

 そのため、一般的に考えると、AさんとBさんは同じ運用を行い、15年後の残高は同じになります。資産の引き出しを想定しない、すなわち「資産形成」を考えるときには、15年後の成果は同じになる計算です。

 ところが資産の引き出しを想定する「資産活用」では、AさんとBさんの15年後の資産残高は同じにならないのです。Aさんの場合には15年後の資産残高は2639万円で、Bさんの場合には1576万円でした。これは収益率の平均ではなく、その並び方が影響しているからです。

 毎年の収益率を見ていただくと、Bさんの方が15年間の前半の収益率が低いことがわかります。

 7年目までの収益率を比較するとAさんはマイナスになったのが1回だけ、これに対してBさんは5回あります。

 もちろん後半は逆にBさんの方がマイナスの回数が少なくなるわけですが、この前半の低調のなかで、資産の定額引き出しを行うと、思った以上に元本を毀損します。そのため後半にせっかく収益率が高めになっても、前半の元本の毀損が大きいために、十分な回復力が伴わなくなるのです。

思った以上に元本が毀損するリスク

 こうした収益率の並び方が資産残高に影響するという考え方は、海外ではシークエンス・オブ・リターン・リスク(Sequence of returns risk)と呼ばれて、よく知られています。日本では、10年以上前にこの言葉を「収益率配列のリスク」として、私が紹介していますが、なかなか認知されていません。

 これは資産運用そのもののリスクではありませんが、お金と向き合う個人としてはとても放っておけないリスクです。資産運用では、長期投資をすれば収益率が収れんして平均に近づくことが知られていますが、資産活用ではたとえ収益率が同じでもその並び方によって、そこには別のリスクが潜んでいるのです。これは資産運用だけを知っていてもわからないリスクだと思います。しかも「80歳になったときにある程度まとまった資産を残して資産運用からも撤退しようかな」と考えている場合には、これはかなり大きな課題を残すことになります。

現役時代に築いた資産を、どのように運用しどのように使っていけば、リタイア後の生活を長く安心に楽しむことができるか? 本書は、日本ではあまり語られなかった、安心な「取り崩し」の技術について、運用会社で投資教育を長年行ってきた著者が解説します。

野尻哲史著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)