その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は鷲尾龍一さんの 『外食を救うのは誰か』 です。
【はじめに】
「初めて両親に連れていってもらったレストラン」「友人たちと深夜まで痛飲した居酒屋」「プロポーズをした日に行ったレストラン」……。多くの人の記憶には外食のシーンが刻み込まれていることでしょう。
私もそうです。外食の原体験はファミリーレストラン「すかいらーく」でした。都心から離れたベッドダウンにある自宅から坂を下って徒歩5分。父、母、弟と家族4人で出かけてハンバーグを好んで食べていました。いつもレジ前にある車のおもちゃを欲しがり、両親を困らせていたようです。
学生時代は通学途中の「マクドナルド」で友人と買い食いを楽しみ、就職してからは会社近くの居酒屋で深夜までくだを巻きました。妻をデートに誘うためにグルメサイトでお店を探し、結婚して親になった今は自宅近くの「くら寿司」でおもちゃを欲しがる子どもを引き剥がすのに苦労しています。
外食はただ食欲を満たすのではなく、その時々の生活スタイルや思い出と結びつく体験そのものです。だからこそ、人々にとって切り離せない重要な存在だということがよく分かります。
そんな外食産業が危機にひんしています。
新型コロナウイルス禍で、多くの外食店が打撃を受けました。2020年4月の緊急事態宣言は街と外食店から人を消し去り、都心の著名店や地方の有力店の中にも閉業するところがありました。その後も第2波、第3波と感染の大波ごとに、外食店は休業や時短営業の要請に振り回されました。「外食産業を狙い撃ちにしている」という悲鳴が上がっていたことをご記憶の方も多いと思います。それと同時に、政府からの協力金が招いた「バブル」で一部の経営者が弛緩(しかん)する現象も引き起こし、外食産業は混沌(こんとん)としています。
さらに、コロナ禍は「外食産業のセオリー」を変えました。駅前や繁華街など豊富な人流を持つ好立地の店が苦境に陥った一方で、郊外のロードサイドや住宅地に近い店は安心感を呼び、デリバリーやテークアウトの適地となりました。かつては行列や満席の店内が人気店の証明でしたが、「密」を避け、ゆったりとした空間で過ごす時間を好む人々が増えました。避けがたい大きな環境変化が、外食産業の在り方に再考を求めています。
捉えどころのない産業
外食はとても不思議な産業です。人々の生活に最も身近なビジネスの一つでありながら、その全容をつかむのは簡単ではありません。
マクドナルドのような「工業化」が進んだファストフードもあれば、店内飲食を中心にしたレストランや居酒屋のチェーンがある。さらには町の定食店や、料理の腕を磨いたシェフが独立して開業した高級レストランのような個店もあります。
資本に勝る大手が優位かといえば、そうとも限りません。コロナ禍前には25兆円超もの規模を誇った巨大産業でありながら、大手と中小・零細の事業者シェアは半分ずつという見方もあります。新陳代謝も非常に活発です。「開業の2年後に半分が閉業する」とされる厳しい業界ながら、新たにお店を開こうという意欲は絶えません。
生産効率を追求する製造業のような側面と、接客や場の雰囲気が質を左右するサービス業の側面を併せ持つ。高い開業率がもたらすスタートアップのような荒々しい活気に加え、人々に不可欠な「食」を支えるというインフラ産業に似た気概もある。こうした要素が複雑に絡み合い、外食産業の捉えどころのなさにつながっています。
そんな外食に携わる企業の多くは、コロナ禍の前から「十分にもうかっている」とはいえない状況にありました。人手が足りず、「ブラック職場」になってしまっているところもあるようです。
外食企業の経営者の一人はこう言いました。「コロナで新たに起こった問題は一つもない。すべてコロナ禍の前から起こっていた」。コロナ禍で客が減ったことで外食産業が瀕死(ひんし)の状態に陥ったのではなく、もともと抱えていた問題が、コロナ禍で白日の下にさらされたわけです。
日本の外食は世界に誇れる文化の一つとされてきました。すしやてんぷら、会席料理といった伝統的な和食だけではなく、各地方の郷土料理や、各国から伝わった料理を日本流に解釈して新たなメニューに昇華させた料理もたくさんあります。インバウンド(訪日外国人)華やかなりし頃は、日本の魅力として外食が大きくクローズアップされました。
人の生活を潤す存在として重要で、外から人を呼べるほどの競争力もある。それなのに低採算、人手不足、陳腐化といった問題が付きまとう──。そんな外食産業の姿は日本の多くのサービス産業と重なります。旅行、介護、小売りなど、様々な業界が低採算や人手不足で苦しんでいます。
GDP(国内総生産)ベースでも従業員数ベースでも日本の7割以上を占めるとされるサービス産業。その課題を凝縮したような存在である外食産業を立て直せなければ、日本全体がじり貧になってしまうのではないか。そんな危機感を持っています。
変革に挑む最大のチャンス
外食は「楽しく生きるにはなかったらさみしいが、なくても腹は満たせる」という存在です。外食産業は自らの存在意義を追求し、世間に知らしめなければ生き残れません。後から振り返れば、コロナ禍は外食産業が最も注目された時代の一つと言われるでしょう。危機が話題になっている今こそ、業界全体で変革に挑む最大のチャンスです。
本書では、外食産業で起きた数々の事件の詳細を振り返りつつ、産業としての歴史を踏まえながら現在地を分析しました。そして、未来の姿を模索している挑戦者たちの姿を追いました。
外食業界の方はもちろん、街づくりにかかわる方々、サービス産業に携わる方々が現状を打破するヒントになればと思いながらまとめました。普段から利用している外食店を応援したいと考えている方々も、外食産業の実情に触れ、経営者や店主が頭をひねって生み出した工夫に気付けば、外食体験の楽しさが増すことでしょう。本書のページをめくって、外食産業の今と未来を知るメニューの数々をぜひご覧ください。
鷲尾 龍一
【目次】