その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は土屋哲雄さんの 『売り上げ2.6倍で業績過去最高! ワークマン式エクセル』 です。
【はじめに】
エクセルが持つ効果は絶大だ。
ワークマンは2022年3月期の決算を、チェーン全店で1566億円と過去最高の売上高で迎えた。これは12年同期比で2.6倍の急成長ぶり。22年7月末時点の国内店舗数は956店と、1000店舗の大台が視野に入ってきた。
当社のこの数年の動きを振り返ると、18年に一般向けアウトドアとスポーツウエアを扱う「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」、20年に女性に訴求した「#ワークマン女子」、22年4月に靴専門店「WORKMANShoes(ワークマンシューズ)」と新業態店を相次いでオープン。おかげさまで、多くの消費者に足を運んでもらっている。
1980年に作業服専門店として1号店を開き、モノが売れない現代でも結果を出し続けていると自負している。その鍵を握るのが、エクセルだ。なぜ、経営にエクセルを取り入れたのか。話は今から10年前にさかのぼる。
10年前は超アナログの会社だった
2012年、ワークマンの創業者で、私にとっては叔父でもある土屋嘉雄会長(当時)に呼ばれて、私はワークマンに入社した。しかし、会長から開口一番に言われたのは、「何もしなくていい」だった。
ワークマンに入社して最も驚いたのは、社内に店舗在庫の「数量データ」自体が存在しなかったこと。データ経営とは対極の超アナログ経営だった。品ぞろえや陳列についてアドバイスするスーパーバイザー(SV)が店舗を回って在庫を目視で一生懸命に数え、それを参考にして追加の仕入れを店長に提案。四半期に1度、売り上げや仕入れ、在庫の増減で状況を把握するというありさまだ。それでも、プロ向けの商品を扱う専門店としての地位を既に確立していたので問題はなかったのだ。
確かに作業服や作業用品というニッチな分野では、そのやり方でも構わないかもしれない。売れ筋や商品回転率などの販売状況は長年の経験で見込みが立つし、製品や業界についての社員の知見は社歴に比例して上がっていく。しかし、全体の人口減少の速度以上にプロの職人が減り、早晩、作業服市場が飽和して成長率ゼロになる未来はやって来るだろう。もちろん、当時の社内に危機意識はあっただろうが、誰も具体的に次の一手を考えてはいないように見えた。組織のあり方も問題だ。若手は上司の経験に逆立ちしても勝てないから、結果的にトップダウンの社風、つまり上からの指示を待って動く会社になっていたのだ。
ワークマンは傑出した創業者の手によって作業服市場で断トツの地位を一代で築いたが、社長の座を何代にもわたって「経営の天才」が務め続けられるはずがない。凡人が集まって、100年の競争優位を築くにはどうしたらいいか。加盟店の品ぞろえを最適化し、売り上げを向上させる方法は? あるいは、客層を拡大できるブルーオーシャンをいかにして見いだすか。当時のワークマンが抱えている課題は山積みだった。
実は、冒頭で紹介した土屋会長の言葉には続きがある。「何もしなくていい。ただし、社員教育だけはしてほしい」というのだ。ならば、5年、10年とロングスパンで教育に取り組もう。そう決心した私の頭にあったのが、エクセルだ。作業服市場は飽和が近いので、違う業界でも戦えるようにするために、「勘と経験」に頼る経営と決別して、武器を「エクセル」に変えることにしたのだ。
なぜ、エクセルなのか
エクセルは社員一人ひとりのパソコンにインストールされているから、全員が使える。ということは、誰もが平等に、数字を自分のために扱うことができるわけだ。特別な分析ソフトを使う必要はない。エクセルの関数やマクロを使えば、相当高度なことまで分析できる。私が知る限り、エクセルで対応できない当社の業務は、クラスター分析やネットワーク分析ぐらいだろう。
ワードやパワーポイントにも膨大な数の機能が用意されているが、日本のビジネスパーソンが実際に使っているのは、せいぜい50分の1程度ではないだろうか。しかしそれで十分だろう、人を動かす企画書やプレゼン資料は日々のビジネスシーンで次々と生まれているのだから。これはエクセルも同じで、あれもこれも必要というわけでは決してないのだ。そう見方を変えれば、どんな会社にも分析したら価値を生む数字があちこちにあふれている。
現在のワークマンでは、20代、30代のSVたちがエクセルを活用して新たな分析ツールを次々と自主的に作り、成果を出している。あるいは、ワークマンキャンプギアは初年度40億円の売り上げを見込んでいるが、担当しているのはキャンプ歴1年の社員だ。エクセルを上手に活用すれば、その分野の経験が仮に1年しかなくてもビジネスを成功に導ける。当社の社員が、それを証明している。
得意という思い込みが、 データサイエンティストを育てる
私が取り組んだエクセルを主軸とする社員教育は、全社員を対象にした。ワークマンでは、新入社員は全員が直営店に配属される。1年目は膨大な商品や店舗運営についての知識を吸収することで手いっぱいだが、2年目から商品分析システムの定型と汎用分析を学び、続いて定型と汎用分析で出力されたデータをエクセルでさらに加工できるようにする。それまでエクセルを一度も使ったことがない社員が多いため四則演算から始め、簡単な集計関数、小売業特有の原価や売価関連の計算、売り上げについての比較的簡単な分析手法などを学ぶ。
手を動かしながらの実践式が特徴で、教える講師も社員。全社員の誰も置いてきぼりにしないことが大前提になる。高度なエクセル技能が必要なわけでもないので、習熟度を見る考査は誰でも100点満点で90点を取れる内容にしてもらった。
この試みはうまくいった。100点に近い点数を取ると、社員は「自分はエクセルが得意」と思うようになる。その結果、実際に得意になってしまうのだ。自分で工夫し、覚えた関数を使って自分の仕事の数字を分析してみることが面白くなっていく。もっと深めたいと思う人も現れるようになったので、立候補制でエクセル中級講習を受けられる仕組みを整えたほどだ。さらに深い興味が生まれた社員は分析チームに入って学びを掘り下げていて、社内に“内製データサイエンティスト”が次々と育っている。各部署には、エクセルによる「分析ツール」があるのだが、現在、エクセル関数やマクロまで学んだ社員の3割が、エクセルで分析ツールを独自に作っている。その中で特に使い勝手がいいものは社内で共有され、新たな定型分析ツールに昇格する。商品部からは、類似商品同士が売り上げを奪い合ってしまうカニバリゼーションに注目して、新商品の影響を受けた既存商品をエクセルで見つけ出す「カニバリ分析ツール」が生まれた。あるいは、SV部は本部が推奨する品ぞろえと担当する店舗の在庫を照合し、それらの欠品により売り上げをいくら逃しているかを発見する「機会損失発見ツール」などのデータ分析ツールを次々に開発している。
製品開発、販売、ロジスティクス、販促など、それぞれの現場で働く社員が独自に作って使用している“地下ツール”も含めると、果たしてどれだけの数が生み出されているか。私にも想像がつかないほどだ。
エクセルが、他人事だった仕事を「自分事」に変えた
全社員がエクセル分析できるようになって一番大きな変化は、仕事が「自分事」になったことだろう。私自身もうれしい。どの会社でも、売り上げや在庫などについて各種データを使って分析していると思うが、経営陣など上層部が会議に使う資料作りのためになりがちではないだろうか。私のこれまでの経験を振り返ると、それを上層部は大して使っていないと思う。経営のため、つまり他人事のデータ分析をしても、楽しいわけがないだろう。一方、ワークマンでは報告のための分析を禁止して、上司は自分で分析している。現場の社員自身が知りたいことを、自分で関数を使って分析できる体制が整っているのだ。だから分析を基にした知見が深くなっていく。
例えば、本部のSVは加盟店を回って品ぞろえや陳列について店長に提案したり、アドバイスをしたりするのが主要業務だ。アイテムごとの販売ランキングを見て担当店舗と周辺エリアを比較し、売れ行きが鈍い商品を発見する。「来店客にとって使用シーンがイメージしにくいから、売れ行きが鈍いのかもしれない」と仮説を立てたら、他商品と組み合わせたコーディネート展示での販売を提案。その結果、もし売り上げが20%アップしたら販売数や併売率などの結果を確認したうえで、実践したノウハウを他の商品の売り方や周辺エリアにも応用できる。あるいは逆に試した結果が振るわなかったら、各データの変化を見直して別の仮説を立てられる。
データを分析し、仮説を立てて、効果を検証する。このPDCAサイクルを加盟店と二人三脚で回せるのは会社としても強みで、もちろん、社員にとっては最終的に結果につながりやすいことで仕事が楽しくなり、やる気がもっと出る。仕事が「自分事」になることがお分かりいただけるだろう。
ワークマンはフランチャイズチェーン(FC)を展開する会社で、店舗数の95%以上を加盟店が占める。本部から仕入れる商品はすべて加盟店オーナーによる買い取りなので、在庫リスクは加盟店が負う。その分、仕入れや売り方についての加盟店の判断はシビアだ。だがエクセルを使って分析したデータという根拠があれば、提案内容の説得力が増す。加盟店と向き合うSVも自信を持って話ができる。そして結果を出せば、加盟店からの信頼を一層得られる。加盟店の財産に関わるやり取りをする緊張関係の中で、エクセルがとても役立っているのだ。
上司が言うことの50%は間違い
組織としての会社にもたらした変化も大きい。エクセル分析によるデータは属人的ではない客観的なものなので、上下関係を気にしないで議論するようになった。ちょっとしたアイデアや気づきは内容がどんなに素晴らしくても、説得力にいまいち欠けるが、数字から導き出した検証結果は正しい。一方、私の口癖でもあるのだが、経営陣が言うことの50%は間違っている(笑)。データを基にして間違っていると指摘してくれる社員こそありがたいし、評価すべきだろう。
データを基にした社員の指摘をうまく生かせば、会社も業績を上げられる。例えば商品全体の20%の滞留品がある加盟店は、100坪ある売り場を80坪に縮小させて運営しているのとほぼ同義だ。そこでエクセルで分析して立てた仮説をSVが実践した結果、滞留品を20%から10%に減らせたら、ざっくりとした計算ではあるが、売り場が80坪から90坪に増えたことになる。売り上げ換算で1.12倍になり、SVが取った手法を全店舗に展開したら、業績に与えるインパクトは大きい。あるいは、結果が好転しなかったとしても、その仮説が間違っていたということ自体がノウハウになり、会社の貴重な財産になる。
もちろん、売れ行きが思わしくなかった場合の打開策として、既に持っている数字も生かせる。例えば、パンツ類をハンガーでつるして販売していたとする。それに比べて、店頭の平台に置くと売り上げが1.3倍に増える。来店客が手に取って広げ、その後、置きっぱなしになったものをたたみ直す手間は増えるものの、1.3倍増の数字を取ってパンツを平台に移すのか、それとも現状でよしとするか。数字があるので、どちらを採用するか、加盟店に判断してもらいやすい。
現代は変化のスピードがあまりに速い。現場により近いところで結論を出す方が理にかなっているはずだ。運営業務のすべてを現場に委譲し、経営陣や本部は現場で生まれた仮説や検証結果を報告してもらう。そして、それがある1店舗だけに当てはまることなのか、当該エリアにも当てはまるのか、はたまた、当時の気候だからだったのか。全国標準にできるかという最終判断に向かって検討するのが、経営陣や本部のメインの仕事だ。現場とのやり取りは数字がベースなので、余計な足かせや忖度は姿を消し、事業をスピーディーに展開できる。
都合がいいことにワークマンはデータを扱いやすい環境だったことについても触れておこう。私が入社した当時は、データなどないに等しかったから、まっさらな状態から仕組みを構築しやすかった。また、もともと低価格を徹底して追求しているので、値引き販売をしない方針だ。常に定価販売で、どの店舗も建物100坪と標準化されている。こうした店舗から得られるデータはノイズ(例外)が少ないため、検証した結果を全店に展開しやすいのだ。
1製品50万着=10億円を取り仕切る担当者
当社の場合、企画・製造・販売をすべて手掛けるPB(プライベートブランド)商品の比率が70%に達し、消費者に支持していただいているものが多い。これらの製品開発に経営陣は口を一切出さず、担当部署が“勝手”に進めている。会社としての決まりは「徹底して追求した低価格」「プロのニーズにも応えられる高い機能性」「5年間も継続販売できる抜群の商品力」の3点。これらを満たすことを商品化の大前提としているものの、経営陣への事前のお伺いや相談は一切ない。社内の製品発表会で一斉に公開する。1製品を50万着程度販売するので、例えば1900円のウエアなら10億円規模のリスクテイクを担当者に任せている計算になる。
この話を知って驚かれるかもしれないが、数字の裏付けがあるからこのやり方でうまくいっている。先述の通り、商品寿命を5年単位で考えているので、発売1年目はこれまでの類似品などの販売データなどを基にして少なめに生産する。そして、2年目以降はエクセルを駆使して販売予測を立てる。前年にどの地域でどのくらい売れたのか。欠品になったのはいつからで、もしも欠品が発生していなかったら、どのくらい売れ行きを伸ばせたのか。こうした検証を重ねて需要予測を精緻化していくのだ。
数字だけに強い人はいらない
現場でのエクセル分析の活用例をもう少し紹介しよう。新業態開発、例えば、ワークマンで扱う商品に、一般客向けの高機能カジュアルウエアも加えた「ワークマンプラス」は、商品部が分析データを基にして、商品構成を決めていった。私が口を出すことはなく、「ワークマンプラス」1号店オープンのとき、万が一売れなかった場合に備えて、手書きのPOPを作ったことくらい。ちなみに、それらのPOPはありがたいことに結局1つも使う必要がなかった。手書きフォントとパワーポイントを駆使して、弱そうな商品用に30パターンほどを頑張って作ったのだが(笑)。
22年にオープンして以来、非常に好調な売れ行きの「ワークマンシューズ」は、今後、「#ワークマン女子」と併設して出店していく予定だが、その店の規模もエクセル分析で決めている。販売実績をはじめとするデータから製品の幅に応じた棚割りなどを数字で検証し、どれだけの売り場面積が適正かを、営業部や開発部がはじき出している。
このように、ワークマンでは社内のあらゆる部署がエクセルを使う。データを分析・検証して品ぞろえや棚割りを改善する、店舗在庫を最適化する、新業態を開発する、最適な物流を構築する(ちなみに、「ワークマン」はプロが現場に行く前に立ち寄るため、オープンは朝7時。手袋1つでも欠品するとその日の仕事に差し支えるため、欠品のない配送はとても重要だ)。こうしたデータ分析を多くの企業は外部委託するだろうが、ワークマンは何でも自前主義。外部のコンサルティング会社への委託、幹部の中途採用、M&A(合併・買収)、どれも一切しない。
結果として外注すれば年間数億円はかかるコストを削減できているわけだが、自前主義の真の狙いは「数字だけに強い人はいらない」に尽きる。取り扱う商品が好きで、加盟店への愛情があり、売り上げアップに好奇心を持つ普通の人。そんな人が勉強してデータ分析を身に付け、現場の改善に生かし、そこで得た知見を会社が吸い上げて社内の標準化を模索する。これが理想の姿で、社員の能力の限界が会社の成長の限界でいいと思っている。
一方で、その限界はまだ当面、訪れないだろうとも確信している。今後、当社がチャレンジしたいのは、基幹データの前処理を内製化することだ。例えば、ロジスティクス部が使う専用システムは、物流に関する膨大なデータを扱う。エクセルで使える状態にするための前処理が必要だが、その自動化を自前で行いたい。あるいは、商品コード体系をキャンプ用品など拡充する製品群にも対応させる、SDGs(持続可能な開発目標)に対応するサステナブル製品の比率といった属性をデータベース化するなど、基幹データそのものを内部で扱えるようにするために、「Python(パイソン。プログラミング言語の一つ)」について学ぶ自主的な勉強会も既に立ち上がっている。
エクセルは、WHATを自分で見つける強力な武器
自戒を込めて言うと、「全員野球」ならぬ「全員エクセル」の社内への浸透にはトップや経営陣、上層部の本気度が欠かせない。当社では小濱英之社長をはじめとする経営陣も勉強会に参加し、今やかなりのエクセルの使い手でもある。旗振り役の私が後れを取っているほどだ。
また部署別の分析発表会が、毎年3月末の経営方針発表会の前に開催される。現場が持っている問題意識が発表されるので、経営陣がそれぞれに参加すると会社の問題を横断的に把握でき、自身が担当する部署の課題設定の参考にもなる。かつての当社の経営方針発表会は会社が決めた数値目標を各部署に落とし込み、当該部署での数値目標を大声で決意表明する場だったが、それでは思考停止してしまうだけだろう。
経営方針発表会では各部署の部長が個人としてやりたいことを発表し、時には奇想天外のアイデアも飛び出す。例えば、店舗開発を担当する部長は「ワークマンプラス」「#ワークマン女子」を中心としたショッピングセンターを作りたいというアイデアを発表した。人気のアパレルショップや雑貨店も誘致して、相乗効果で集客を図るというのだ。適切な売り場面積やテナントの賃料などを、感応度分析やリスク要因一覧を作って試算していた。一見、突拍子もないアイデアに思えるが、その背後にはきちんとエクセル分析がある。当該部長は上層部の中でエクセルが得意な部類には入らない。当社に数字で語る文化が根付いてきている一つの表れであり、喜ばしいことだ。
トップダウンで半ば物事が決まり、ややもすると経営者の顔色を気にしがちだった忖度会社のワークマンは、ボトムで働く現場の社員一人ひとりが自ら考えて、アクションに移す会社へと生まれ変わった。トップが決めたことにHOWで応えるのではなく、WHATを自分で見つけて進んでいく。その際、数字と向き合うスキルはとても重要で、エクセルは強力な武器になるのだ。
(ワークマン専務取締役 土屋哲雄 談)
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