地上の技術進化が宇宙開発をがらりと変えました。国家プロジェクトにもベンチャー企業が参入し、しのぎを削っています。宇宙ビジネスは2040年代に140兆円規模への成長が見込まれます。米国・欧州・日本など各国政府は、ベンチャー企業の可能性に着目し、宇宙ビジネスに参入しやすい仕組みを整えています。ベンチャー企業は何に挑んでいるのか。山浦雄一・元JAXA(宇宙航空研究開発機構)理事が解説します。

前編「 『H3』ロケット失敗からの再起 JAXAの使命とは?

“宇宙×地上”は新ビジネス創出の場

 前回お話しした通り、ロケットが不足するほどに人工衛星が増えています。衛星データ利用を中心に宇宙ビジネスが拡大しているためです。

 気象衛星、通信衛星、測位衛星、地球観測衛星などのデータが、日々無意識のうちに利用されています。情報通信技術(ICT)の進化により、交通の安全確保、災害の状況把握、鉱山や農場での自動運転、農作物適地や好漁場の調査など、衛星の利用事業が拡大・多様化しています。新ビジネス創出は“発想×技術×スピードの勝負”の様相を呈し、ベンチャー的アプローチとの親和性を実感します。

 ユーロコンサルによると、宇宙ビジネスの2021年の市場規模は3700億ドルでした。当時の為替レート(1ドル=110円換算)で41兆円。このうち、75%(2780億ドル、31兆円)が商業活動で、25%(920億ドル、10兆円)が各国政府予算です。また、ブライステックによると、同年の商業活動のうち、人工衛星やロケットの製造・打上げ費は1割以下で、9割以上が衛星データ利用サービス、ユーザー用端末とアプリの製作、地上設備の製造など地上産業で生み出されています。

 今後、地上技術と宇宙技術の発展の相乗効果で、地上産業への還元がますます増えていくはずです。モルガン・スタンレーは、宇宙ビジネスは2040年代には1兆ドル(1ドル=140円換算で140兆円)に成長すると予測しています。

「宇宙ビジネスは今後3倍以上に拡大します」と話す山浦さん(写真/鈴木愛子)
「宇宙ビジネスは今後3倍以上に拡大します」と話す山浦さん(写真/鈴木愛子)
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宇宙ベンチャーが変えた社会インフラ

 ほんの5~6年ほど前まで、通信衛星の主役は大型静止衛星(高度3万6000km)でした。故障率を低くして長寿命(10年以上)にするという難題が課されます。衛星は大きく重く(2~3トン)、大規模な試験設備と製造設備、多数の専門技術者が必要で、製造の主力は世界の有名大企業です。

 今、小型衛星(数十~数百kg程度)を低軌道上(高度数百kmなど)に多数配置して連携運用する「コンステレーション」が実用化されています。衛星寿命は3年程度で、地上技術の進化の速度に対応可能です。衛星が小型化・省電力化・軽量化され、製造・試験の現場では自動化・省力化が進みました。

 通信をコンステレーションで実現するシステムの概念は、静止通信衛星とはまったく異なります。ロシアのウクライナ侵攻で有名になったスペースXが運用する「スターリンク」が代表格です。250kg程度の小型通信衛星4500機以上(2023年5月末時点)を低軌道上に整然と配置して、衛星間の光通信で全世界をカバーしています。衛星は今後、3万機以上に増える計画です。

 また、コンステレーションで運用される小型地球観測衛星も、光学センサや合成開口レーダの小型化・高性能化、及びデータ解析技術の進化を背景に、宇宙配備とデータ利用が拡がっています。東京大学発ベンチャーのアクセルスペースをはじめ日本のベンチャー企業数社も取り組んでおり、徐々に衛星数を増やしています。

 この分野では、画像解析での価値提供が勝負の肝です。私が米国で訪れたベンチャー企業は、衛星画像データと地上データを組み合わせ、先端ITを駆使して分析し、顧客ニーズに応えていました。他者を凌駕(りょうが)する“発想力と技術力”がビジネスの決め手だと理解しました。

 ここで、宇宙ビジネスを理解するために参考となる書籍を紹介します。『 宇宙ビジネス入門 NewSpace革命の全貌 』(石田真康著/日経BP)は、先に述べた宇宙ビジネスを変革したベンチャー企業と彼らを育む環境について、多面的視点で体系的にまとめています。

 また、『 宇宙ベンチャーの時代 経営の視点で読む宇宙開発 』(小松伸多佳、後藤大亮著/光文社新書)は、宇宙ベンチャー企業の活動の現実を、経済的な視点も交え、最新情報を入れて読みやすく紹介した書籍です。

人類共通の課題 “宇宙ごみ”対策

 衛星が増えたことで、宇宙空間(地球周辺)の混雑が顕在化しています。NASA(米航空宇宙局)によると、2022年末時点で地球を周回する物体は、地上から観測可能な10cm以上のものだけでも約2万7000個です。ここには運用中の衛星約6000機(注)を含みます。残る約2万1000個が不要な人工物体で、宇宙ごみ(スペースデブリ)と呼ばれます。

(注)NASAによる情報「2022年末、軌道上の全衛星数は約1万機」に、国連による情報「2022年1月、軌道上で機能する衛星は6割近く」を掛けた推計値。

 宇宙ごみは、機能しない衛星、衝突・爆発などで生じた破片、ロケットの第2段などによるもので、年々増加しています。宇宙ごみ同士の衝突を避ける手段はなく、衝突により新たな宇宙ごみが生まれます。衝突の連鎖が起きれば宇宙ごみがあふれ、宇宙利用も有人活動も困難になります。宇宙ごみ増大への対処は人類共通の課題です。

 この課題解決のため、世界に先駆け「宇宙ごみ除去衛星」の研究・開発に取り組んだのが、2013年設立の日本のベンチャー企業、アストロスケールです。同社の衛星を用いた宇宙ごみ除去実験が、JAXAや欧州の宇宙機関で計画されています。

国家事業でのビジネスチャンス創出

 世界では、政府が国家事業を通じて民間のビジネスチャンスを作り出す「アンカーテナンシー」が進化しています。先行し、巧みに進めているのが米国です。

 歴史を変えた代表例が、2005年、NASA長官が発案・主導した「商業軌道輸送サービス(COTS)」です。例えるなら、国際宇宙ステーション(ISS)への荷物輸送は“宅配業者”に、宇宙飛行士輸送は“ハイヤー業者”に任せるという施策です。NASAは輸送手段(ロケット、補給機、宇宙船)を持たず、サービス調達に徹するのです。NASAが候補企業の開発や運用準備に出資し、正式決定後はISS輸送を一括契約するというアンカーテナンシーです。

 2006年にNASAが米国企業を対象に行ったCOTS企業公募には、20社もが応募しました。最終候補に残った6社はすべてベンチャー企業で、有名大企業は軒並み落選。実に驚きました。圧倒的な高得点で勝ったのがスペースXです。彼らの飛躍の入り口はCOTSだったのです。

 私も当時COTSの中で動きました。COTSの誕生からスペースX最終選定までとその後の出来事も、裏話を交え『 現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応 』(山浦雄一著/日本経済新聞出版)に書いています。

 今や、ISSの日本実験棟「きぼう」は宇宙ビジネスのプラットフォームです。2018年にJAXAが「きぼう」の一部運営を民間に移管した結果、薬品・素材・機器・建設・航空・食品など様々な業種の数十社が、有人施設ならではの宇宙ビジネスに取り組んでいます。

ISSから撮影された日本実験棟「きぼう」(写真提供:JAXA/NASA)
ISSから撮影された日本実験棟「きぼう」(写真提供:JAXA/NASA)
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 米国提唱の国際協力による月探査「アルテミス計画」が、日本も参加し進んでいます。月を周回する有人施設「ゲートウェイ」を作り、さらに月面に有人活動拠点を建設する計画です。2023年2月28日、JAXAは、月探査活動に向けて宇宙飛行士候補者・男女各1名を選抜しました。日本人が月探査を行う日は遠くありません。

 月面を人類の活動圏にするためには、多様な産業の参加・挑戦が必要です。代表例が、宇宙飛行士が宇宙服なしで乗る安全・快適な月面用車両です。トヨタ自動車とJAXAが共同で「LUNAR CRUISER(ルナクルーザー)」を開発しています。

 NASAがアルテミス計画でもアンカーテナンシーを打ち出した結果、多くの米国ベンチャー企業が、無人と有人の両方で月探査に取り組んでいます。日本ではベンチャー企業、アイスペースが2010年から月着陸に取り組んでいます。2023年4月26日の着陸失敗は残念でしたが、多くの知見を得て、次回2024年のミッションに挑みます。

日本の宇宙ビジネスへの期待

 宇宙開発の進化は、国際競争と国際協力の両面から生まれます。「人材×組織×産業技術基盤」という“総合力”の競争の中から、人と組織が育ち産業技術基盤が強化されます。国際協力への参加資格は、“総合力”が決め手です。

 私は、日本でも宇宙ビジネスが拡大し、宇宙産業と地上産業が相乗効果を生み、「社会全体の総合力」が強化されることを期待しています。

取材・構成/網野一憲(日経BOOKSユニット) 文/橋口いずみ

未踏への限りなきチャレンジ

はやぶさ2、有人宇宙計画・飛行士・こうのとり、国産ロケットの苦闘と成功までの舞台裏、そして、ソ連崩壊とスペースシャトル事故で米国が見せた有事の底力。JAXAで渦中にいた筆者が現場と経営と国家の姿を描いたノンフィクション。

山浦雄一著/日本経済新聞出版/2090円(税込み)