日本の新たな主力ロケット「H3」試験機の打ち上げは、2023年3月、失敗に終わりました。H3の使用を計画する国内外ミッションへの影響は避けられず、信頼回復が急務です。JAXA(宇宙航空研究開発機構)と担当企業には、厳格な原因究明と打ち上げ成功で世界に実績を示すことが求められます。各国の宇宙開発競争が激化するなか、日本はいかに巻き返すのか。日本の有人宇宙開発の草分けで、日米宇宙開発の挫折と再起の渦中で仕事をした元JAXA理事の山浦雄一氏が解説します。

「一丸」無くして「再起」無し

 2023年3月7日、H3ロケット試験機の打ち上げが失敗に終わりました。最もトラブルを懸念していた1段エンジンが計画通り燃焼し順調に飛行したのですが、自信のあった2段エンジンに着火しなかったのです。落下域の安全確保のため、地上から信号を送って機体を指令破壊しました。

 原因究明では、飛行したロケットから地上に送られた膨大な量のデータをつなぎ合わせ、事故シナリオ・仮説を組み立て、試験と解析で裏付けを取るという作業を行います。4月27日、JAXAは、文部科学省で原因究明を行っている委員会で、有力原因は「2段エンジン電気回路内のショート」であると報告しました。真の原因確定にはさらに試験・分析が必要です。5月末現在も検討作業が続いています。

 H3の失敗で、日本の社会インフラとして重要な人工衛星の打ち上げや、日本主導の国際協力ミッションが軒並み遅れることになります。H3に載せていた最先端の地球観測衛星「だいち3号」が失われました。目覚ましい成果を生むことが国内外で期待されていただけに、痛恨の極みです。

 H3失敗の技術面の原因究明は第一歩にすぎません。さらに行うべきことは「2つ」。(1)H3に技術対策をして無事飛行再開を果たすこと、(2)ロケット打ち上げの相次ぐ失敗の背後要因を究明し是正することです。“相次ぐ失敗”とは、2022年10月12日の「イプシロンロケット6号機」の打ち上げ失敗と今回のH3失敗を指します。失敗の背後にある要因を経営やマネジメントの側面から探り是正するのです。

 JAXAの使命は、担当企業を巻き込み、先の「2つ」を経営と現場が一丸となって遂行することです。

「H3」ロケットの打ち上げは失敗に終わった(写真提供/JAXA)
「H3」ロケットの打ち上げは失敗に終わった(写真提供/JAXA)
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 ここで知っておいていただきたいのが、1998年2月と1999年11月の「H2」ロケット打ち上げ連続失敗から再起した歴史です。連続失敗でH2計画は中止。新型ロケット「H2A」試験機に日本の宇宙開発の命運が託されました。

 皆が「3回連続の失敗は絶対に許されない」と強烈な危機感を持ち、H2A試験機打ち上げ成功のために働きました。私はNASDA(宇宙開発事業団。後にJAXAに改組)本社の企画課長として、2回目のH2失敗とH2A試験機成功(2001年8月29日)の渦中にいました。H2連続失敗後に着任した新理事長が組織一丸を生み、前例を打破して指揮する姿に日々間近で接し、経営者のあり方を学びました。

 新理事長の前例打破の一例が、欧州宇宙機関の先進通信衛星「アルテミス」をH2A試験機から降ろす決断です。2000年11月、私は国際担当理事のお供で急きょパリに飛びました。任務は打ち上げの国際約束を破棄するお願いです。つらい出張でした。

 衛星を載せない打ち上げ成功を、「空打ち(からうち)」と揶揄(やゆ)した新聞もありましたが、今回、試験機で「だいち3号」を失った痛手を思い、試験機への衛星搭載は本質課題だと再認識しました。

NASA復活にあった「使命感」

 私は、NASA(米航空宇宙局)で起きた2度のスペースシャトル事故でも渦中にいました。1度目は、1986年1月、チャレンジャー号の爆発事故です。当時、私は、後に毛利衛さんが搭乗するスペースシャトル実験計画のため、NASAで4年の駐在を始めて半年。打ち上げ直後の爆発映像をNASAの仲間と一緒に見て、大きなショックを受けました。

 2度目は、2003年2月、コロンビア号の大気圏再突入時の空中分解事故です。当時は国際宇宙ステーション(ISS)計画の統括部次長として、米国の原因究明委員会での議論とNASAの安全化措置の内容理解に努めました。このとき残っていた3機のスペースシャトルの安全化が、ISS計画実現と日本人搭乗の絶対条件でしたから当然です。

 原因究明委員会は、コロンビア号事故の背後要因として、NASAの“仕事文化”の問題点と米国政府の“宇宙政策”の欠如を指摘しました。徹底した原因究明と安全化措置に、米国の底力とNASAの使命感、さらには組織の現場と経営者のあるべき姿を見ることができました。

 自分の特異な経験を最大限に生かして“恩返し”できたと思うのは、小惑星探査機「はやぶさ2」プロジェクトです。2010年の探査機の開発開始当初から本質的な困難が立ちふさがり、「探査機は完成するのか」という声さえ聞こえました。

 2011年に担当執行役となった私は、現場の“仕事文化”の理解に努め、1年後にプロジェクトチームの体制変革を、前例を打破して断行しました。日米の失敗・事故と再起での経験を通じて、組織と経営者のあり方を学んだからこそできた決断だったと思います。

 私は1978年からNASDAで宇宙開発の仕事をするなかで、今までお話ししたような、宇宙関係者ですら経験しがたい出来事の渦中にいました。そこで得た知見を、宇宙とは無縁の組織のリーダーや経営者、リスク対応担当者など、ビジネスパーソンに広く役立てていただきたい。そんな思いから、私の実体験を裏話も交え『 現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応 』(山浦雄一著/日本経済新聞出版)に書きました。

『現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応』(日本経済新聞出版)(写真/鈴木愛子)
『現場の判断、経営の決断 宇宙開発に見るリスク対応』(日本経済新聞出版)(写真/鈴木愛子)
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ウクライナ侵攻が生んだ世界の変化

 人工衛星を使った宇宙ビジネスは拡大していますが、人工衛星を運ぶ手段、ロケットが足りません。ロシアのウクライナ侵攻の影響で、実績豊富なロシアのロケットが市場から外れ、ロケット不足に追い打ちをかけました。そのため、H3が打ち上げに成功すれば、日本のビジネスチャンスは拡大します。

 ウクライナ侵攻を機に欧州は、欧州製ロケットでの“自立性”確保を重要施策と強調しています。打ち上げたいものをいつでも打ち上げられる国産ロケットの保有は宇宙開発・利用の根幹で、国家戦略そのものです。アジアでは、大型ロケット保有国の中国とインドに加え、近年ロケットを持った韓国が宇宙開発に力を入れています。

 ロケットの重要要素は、信頼性、コスト、性能(能力)です。これら3要素への顧客の要求は時代とともに高まるので、新型ロケットが必要になります。3要素の改善を支えるのが、電子機器、IT、3Dプリンターをはじめとする地上技術の進化です。

 一方、新型ロケットでは、信頼性向上が課題として残ります。そのためには、実機打ち上げの繰り返しが信頼性を高める現実的な方策です。工場や射場など現場の教訓や、生の飛行データの分析結果を、次の製造や打ち上げに反映するのです。

 H3は、信頼性、コスト、性能のすべてに優れた輸送手段として期待されています。このロケットを日本が持つことで、世界をけん引する“自立性”ある宇宙開発・利用が継続可能になります。成功実績を積み上げ、外国衛星の商業打ち上げの受注を増やし、産業競争力を強化するのです。宇宙先進国は皆同じことを考えて挑んでいます。

 次回は、発展する宇宙ビジネスの現状と今後への期待についてお話しします。

取材は宇宙ビジネス共創プロジェクト「X-NIHONBASHI(クロス・ニホンバシ)」のオフィスで行われた(写真/鈴木愛子)
取材は宇宙ビジネス共創プロジェクト「X-NIHONBASHI(クロス・ニホンバシ)」のオフィスで行われた(写真/鈴木愛子)
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取材・構成/網野一憲(日経BOOKSユニット) 文/橋口いずみ

未踏への限りなきチャレンジ

はやぶさ2、有人宇宙計画・飛行士・こうのとり、国産ロケットの苦闘と成功までの舞台裏、そして、ソ連崩壊とスペースシャトル事故で米国が見せた有事の底力。JAXAで渦中にいた筆者が現場と経営と国家の姿を描いたノンフィクション。

山浦雄一著/日本経済新聞出版/2090円(税込み)