「メディアについての理解を深めることは、すべての人にとって必須のリテラシーになる」と言う、TBSテレビ特任執行役員、「TBS CROSS DIG with Bloomberg」チーフコンテンツオフィサーの竹下隆一郎さん。ビジネスパーソンがメディアについて考え、学ぶための本について聞きました。1回目は情報分析の手法や考え方、YouTubeの構造、視聴者行動にスポットを当てた2冊を取り上げました。
2回目 竹下隆一郎 ビジネスパーソンとメディアの「力と役割」を考えた本
3回目 竹下隆一郎 動画が盛り上がる時代こそ「本の価値」は強くなる

「情報がどう流れていくか」を知らなければ仕事にならない
私は朝日新聞社、外資系ウェブニュースメディアのハフポスト日本版、映像メディアスタートアップのPIVOTを経て、2024年秋からTBSテレビの特任執行役員という立場で新しい経済・金融メディア「TBS CROSS DIG with Bloomberg」の事業を担当しています。なかでも、力を入れているのがYouTube事業です。
これまで外資も含めたさまざまな企業形態、活字から映像まで「メディア」の現場に従事してきましたが、今ほどメディアの役割が問われている時代はないと感じています。そして、メディアについての理解を深めることは、テレビ番組や新聞に携わる人たちだけでなく、すべての人にとって必須のリテラシーになると確信しています。
「情報がどう流れていくか」を知らなければ仕事にならない。これからの時代のビジネスパーソンが生きるのはそんな環境なのだと思います。自分が関わるビジネスの情報が、どこからどのように流れていくのか。あるいは、自分が発したメッセージが社内の広報誌、Slack、イントラネットなどを通して、どのようなルートをたどって、どの社員にまで広がっていくのか。この“流れ”を把握することと、国際政治の情報の流れを把握することは、完全に地続きの話です。
例えば、2025年3月にアメリカのトランプ大統領とバンス副大統領が、公式な対話の場でウクライナのゼレンスキー大統領を追い詰めたシーンがSNS上でも拡散され、話題になりましたね。あのとき、最後にトランプ大統領が放った「これはいいテレビ番組になります」という発言に象徴されるように、情報はそれ自体だけでなく「どう拡散するか」が大きな意味を持ちます。
国際政治をつかさどるのは、軍事力、経済力、そして意見を支配する力という3つの力がある――これはイギリスの国際政治学者、E.H.カーの言葉ですが、誰でも情報の発信者になれるSNS時代には3つ目の「意見を支配する力」の比重が増しているといえます。
その意味で、私たちビジネスパーソンにとっても、自分が発した情報がどのように加工されてどのように伝わって誰にどれだけ影響するのか、そのメカニズムの最新形を知ることが重要なのです。今回、自宅の本棚からピックアップした6冊を3回に分けて紹介します。いずれも、ビジネスパーソンが自分の仕事に今すぐ生かせる教科書になることでしょう。
『
情報分析力
』(小泉悠著、祥伝社)は、ロシアの情報分析官として最前線に立つ小泉悠さんによって、非常に分かりやすく書かれた本です。
情報を集めることは誰でも簡単にできるが、今問われているのは「集めた情報を分析し、本質を見抜く力」であると強調されています。
紹介されているノウハウは実践しやすいものばかりで、例えば政府機関の調査報告書など誰でもアクセスできる「公開情報」から、かなりの情報分析ができることが示されています。また、新聞を読むときは、記事のスペースの大小によってその社会の関心レベルを測れるという「面積読み」の提案も分かりやすいです。
なかでも重要なキーワードとして私が注目したのは、「ナラティブ」に関する記述です。ナラティブを一言で表すと、政治的な語り。誰かがある情報を発したときに、その情報の中身を理解すると同時に、発信の意図も考える必要がある。なんでもネット上に流れる時代では、情報を得るコストはゼロになったと言ってもいいと思いますが、どういう意図によって誰が語った情報なのかを見極めるのは非常に難しくなっています。
知っておくべきは、ナラティブの力は時にファクトを上回ってしまうということです。
「何が事実であるか」より、「どんな意見が国際社会(ビジネスパーソンの皆さんにとっては社内ですね)で優勢か」をつかむことが、人々の意思決定や行動に、より大きな影響を及ぼすのです。悪意をもってファクトと異なるナラティブを流すことも可能であり、だから情報を扱うときには、その情報のナラティブがファクトに基づくものかどうかを見極める必要があるんです。逆にナラティブを形成する側の立場に立ったときには、きちんとファクトに基づく言説を発信しているかどうかのセルフチェックをしないといけませんね。
私自身も今、TBSの社内で「YouTube戦略こそがテレビ局の活路だ」というナラティブを発信している最中です。と言うと、私の作戦がバレてしまいますが(笑)、このナラティブにもきちんとしたファクトの裏付けを心がけています。もちろんYouTube以外の戦略もひそかに考えていますが、ナラティブはあえて一つに絞ってシンプルにすることも大事なんです。
テレビになかった「検索して見る」視聴行動にどう向き合うか
その上で役立っているのが、この本。『
スマホでYouTubeにハマるを科学する アーキテクチャと動画ジャンルの影響力
』(佐々木裕一・山下玲子・北村智著、日本経済新聞出版)です。
多くの人が見るようになった「YouTube」という新しいメディアを、誰が、どのように見ていて、それがテレビとどう違うのか、さらにパソコンとスマートフォンアプリでは視聴行動はどう違うのかなど、これでもかというほど徹底的に分析しています。
176ページの表「動画ジャンル7クラスターとアーキテクチャ7クラスターの対応関係」はインパクトがあります。「情報熱中者」「YouTubeアプリ愛好者」など、YouTubeの視聴者タイプを7つのクラスターに分けて整理しています。かつてのテレビ業界が視聴者を年齢や性別といった属性で分けていたのに対し、コンテンツに対する接し方の視点でユーザーを分析する。しかもこれくらい緻密に分析しなければ、YouTubeを語ってはいけないのだなと、背筋が伸びましたね。
テレビにはなかった視聴行動、「検索して見る」という特徴にフォーカスした解説も興味深く読みました。情報を発信するときには、それをリアルタイムで受け取る人もいれば、後から検索して受け取る人もいる。ビジネスパーソンが社内のイントラネット上で情報発信する際に、「今すぐ全員に注目されることよりも、後から検索して見てもらって、じわじわとカルチャー形成に効くような発信を目指そう」というときに、YouTubeの検索視聴の分析は参考になると思います。
今の若い世代にとってYouTubeは日常に根差した重要な情報源になっていることは言うまでもありません。
ビジネスパーソンが部下とのコミュニケーションを考える上では、「自分が朝礼で伝える言葉よりも、通勤中にYouTubeで見た言葉を信じるだろう」という前提に立つほうがいいでしょう。部下の世界観を理解してチーム力を高めるためにも、YouTubeというメディアの構造やそれを視聴する人の心理を知ることは、非常に有益なインプットになるはずです。
( 次回 へ続く)
取材・文/宮本恵理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子


