ビジネスパーソンがメディアについて考え、学ぶための本について、「TBS CROSS DIG with Bloomberg」チーフコンテンツオフィサーの竹下隆一郎さんに聞く本連載。今回は、本を選ぶときの3つの基準や、ビジネスパーソンとメディアの力と役割について考える2冊について伺いました。
2回目 竹下隆一郎 ビジネスパーソンとメディアの「力と役割」を考えた本 今はここ
3回目 竹下隆一郎 動画が盛り上がる時代こそ「本の価値」は強くなる

竹下流 本を選ぶときの「3つの基準」
仕事柄、本はよく読むほうです。あと、異様に読むのが早いほうだと思います。
新書の場合はだいたい1冊30分くらいで読み切ってしまいます。一文字一文字精読しているというわけではなく、ざっと構造をつかみ取っていくような読み方です。小説やエッセーを読むときはもっとじっくりと時間をかけますが、情報や知識をインプットする目的の読書はとにかくスピード重視です。新書の場合は一度読み切ってから、2度、3度と繰り返し読むことも多いです。
テーマを決めて本を選ぶときの基準は3つあります。
まず、著者のプロフィール。その分野の専門家であることが必須条件です。今回ピックアップした「メディア」の本なら、新聞社やテレビ局などメディアの現場でキャリアを積んだ著者のものだと、やはり「手に取ってみよう」という気持ちになりますね。
併せて重視するのは、版元の信頼性です。中央公論新社や日経BPなどビジネス書で実績のある出版社や、学術系に強いミネルヴァ書房など、「目利きの編集者の目を通った」と信頼が置ける版元から出ている本であるかどうかは重視します。
もう1つが、これはちょっと意外に思うかもしれませんが「値段」です。本に関しては、値段は高いほど「買い」だと思っています。なぜなら、「タダの情報」があふれる時代の「高い情報」にはその値段相当の価値があるはずだと考えるからです。前回紹介した『情報分析力』の著者・小泉悠さんも欲しい情報に「身銭を切る」価値を述べているように、自腹を切って買った情報に対しては、真剣に吸収しようとしますし、結果として学びが深まります。
ビジネスパーソンにはメディアと社会を変える力がある
これから紹介する『
気候変動政策をメディア議題に 国際NGOによる広報の戦略
』(小西雅子著、ミネルヴァ書房)も税抜き6000円と、本としてはなかなか値が張るほうだと思います。
著者の小西雅子さんは中部日本放送でキャスターを務めた後、ハーバード大学大学院で環境公共政策を学んだ方です。世界の重要課題である気候変動のテーマについて、日本では十分に報道されてこなかったことへの問題意識から、気候変動をニュースアジェンダ(議題)に押し上げていった軌跡がすべて書かれた本です。
私が深く共感したのは、この本に込められた「メディアは情報を扱う主体として重大な責任を持つが、一方で社会にもメディアを育てる役割がある」というメッセージです。いちメディアに気候変動対策の賛否を決めるほどのパワーはないかもしれませんが、アジェンダを設定することはできる。そして、メディアのアジェンダ設定に強く影響を及ぼすのは市民の力であると。
飲食、建設、ITと、それぞれの業界には特有の課題があると思うのですが、その課題を誰よりも分かっているのはその業界の中心で働くビジネスパーソンのはずです。だから、ビジネスパーソンこそ地に足の着いたアジェンダ設定をできる力があると言えるし、メディアを変え、ひいては社会を変える力を持っている。そのことに気付かせてくれた本だと思います。
実際、政府の規制改革推進会議の委員に話を聞くと、「ビジネスパーソンこそ声を上げてくれ」と望んでいる人は多いんですよ。現状の規制が生んでいる諸問題のリアルを一番知っているのは、その業界の中にいる人。現場をよく知る人の訴えほど、パワフルな論拠はありませんからね。
委員の窓口に直接メールで訴えてもいいし、会議の様子を公開しているYouTubeのコメント欄に書き込んでもいいと思います。世論を訴える方法は選挙だけじゃなく、いろいろなルートが実はあるということを、ぜひ知ってほしいと思います。
そして、このアジェンダ設定力も含めて「メディアパワー」について知るための教科書的役割を果たすのが、『 マスメディアとは何か 「影響力」の正体 』(稲増一憲著、中公新書)です。
「はじめに」に書かれている通り、この本の出発点は著者の強烈な問題意識です。「マスメディアは信用できない」「マスメディアはもう終わった」といった批判の声は昨今よく聞かれますが、では果たしてマスメディアをなくしてソーシャルメディアだけになった世界で、社会はうまく機能するのか。「マスメディアを批判する前に、マスメディアそのものの中身を正しく理解しよう」という問題提起にハッとさせられます。マスメディアが発展した歴史や、時代の変遷のなかで果たしてきた機能が詳しく解説されていて、事例が豊富で読みやすいのもいいですね。
印象的なのは、第1章「マスメディアは『魔法の弾丸』か」で紹介される有名なテーゼ。「マスメディアは世論を動かすほどの大きな影響力を持つ」というイメージが本当なのかを科学的に検証しているのですが、実はそれほどの影響力をもたないという意外な事実や、マスメディアの情報はオピニオンリーダーを介すことで影響力を増すこと、受け手側のバイアス(先入観や思い込み)によって情報の伝わり方はダイナミックに変容することなどが丁寧に説明されています。つまり、マスメディアは単純に批判できるようなものではなく、非常に複雑な構造をもっていることが、読み進めるほどに理解できるのです。もう何度読み返したか分かりません。もちろん、マスメディアに多くの課題があるのは大前提です。
自分自身が「A」と伝えたつもりでも、それが誰を介してどういう伝わり方をするかによって、相手は「A´」と受け取るかもしれないし、「APPLE」と受け取るかもしれない。これはビジネスパーソンのコミュニケーションにも生かせる話です。自分をメディアに置き換えてみると、より実践的な知識に変わると思います。
情報を発信する立場に必要な「読む努力」
私自身がこの本から得た知見のなかで、日々のビジネスコミュニケーションに重ねながら意識しているのは、「個人の意見や価値観は、その人が属する集団にひもづく」というものです。
社内で横断的なプロジェクトを進めるために他部署のメンバーに話をするときには、その人個人に語るというより、その人が属している部署が今背負っている問題意識や大事にしている価値を理解して言葉を選ぶ。それだけで、伝わり方はかなり違ってくると実感しています。
古くはW.リップマンの『
世論
』(岩波文庫)に始まり、メディアについて書かれた本は山のようにありますが、私はできるだけ読む努力を重ねるもりです。自宅には、メディア関連の本だけで埋めた本棚もあります。
それくらい勉強を続けなければ、メディアについての議論を戦わせることはできないと思っていますし、良書と思える本に出合ったときには何度も読み返して頭にたたき込んでいます。
番組で情報を発信する側として自信をもってその場に立つためには、相応の“読む努力”が欠かせないと思っています。
( 次回 へ続く)
取材・文/宮本恵理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子


