藤井聡太が勝ち続ける理由 王座戦――八冠の先へ 』(日本経済新聞社編/日本経済新聞出版)は、大きな話題を呼んだ2023年の第71期王座戦をもとに、藤井王座の強さに迫ろうと試みた1冊。本書に掲載された10歳の頃の藤井王座の写真はどのように撮影されたのか。当時の写真記者に聞いた。

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日本経済新聞社に伝わる藤井少年の写真

 『東京写真記者協会賞-2023年』では、藤井王座を写した日本経済新聞社の写真2枚が受賞した。「前人未到の八冠」(澤井慎也、目良友樹)は、決着局となった王座戦第4局の終盤で、ミスに気づいた対戦相手の永瀬拓矢王座(当時)が頭をかきむしるシーンを捉えた。「〈奨励賞〉一般ニュース部門(国内)」が贈られている。

 そして、もう1枚が「〈奨励賞〉文化芸能部門」を受賞した「八冠でも実力不足」(小園雅之、澤井慎也、目良友樹)。八冠達成から一夜明けたインタビュー時に、小学4年生だった当時と同じポーズで記念撮影に応じた写真だ。天才の成長と、さらに未来を前向きに歩んでいくような爽やかさを感じさせる。

 当時の藤井少年を撮影したのは、日本経済新聞社の小園雅之さん。名古屋の編集部に唯一の写真記者として所属し、中部在住の若者をピックアップする連載「きらり中部」など、年間50人ぐらいを夕刊中部社会面の企画として撮影していた。人となりが伝わってくる構図を考え抜いたことで、表現力を磨いたという。

 将棋盤のそばに寝そべっている構図は珍しい。どうやって思いついたのだろう。

「〈奨励賞〉一般ニュース部門(国内)」を受賞した「前人未到の八冠」。王座戦第4局の終盤で、ミスに気づき頭をかきむしる永瀬王座(当時)
「〈奨励賞〉一般ニュース部門(国内)」を受賞した「前人未到の八冠」。王座戦第4局の終盤で、ミスに気づき頭をかきむしる永瀬王座(当時)
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「〈奨励賞〉文化芸能部門」を受賞した「八冠でも実力不足」。小学4年生の藤井少年(上)と2023年の藤井王座(下)
「〈奨励賞〉文化芸能部門」を受賞した「八冠でも実力不足」。小学4年生の藤井少年(上)と2023年の藤井王座(下)
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藤井少年に東京の息子の姿を重ねていた

 「寝転がるとリラックスし、表情が柔らかくなるからですね。それと、彼が自分で駒を並べることで、盤面に語らせることができるのではないか、と思ったんです。当時の私は名古屋に単身赴任中で、家族は東京に住んでいて、接する時間が限られていました。実はうちの息子が藤井さんの2歳上で、アマ初段を認定されるほど将棋にのめりこんでいたんです。そのため、当時の藤井さんと会ったときは、完全に息子を重ね合わせていました」

 被写体の表情には、撮影者との距離感が表れる。相手を警戒していれば、いくら笑ってもぎこちない雰囲気が伝わるだろう。藤井少年が自然体の笑みを見せたのも、小園さんが親近感を持って接したのが伝わったためなのかもしれない。

 小園さんは撮影中、藤井少年と将棋盤を一緒に撮影するため、局面を作ってもらうように頼んだ。そのときの光景に、藤井少年の美意識が垣間見えたという。
 「『新聞に載っても恥ずかしくない、自分が納得できる局面を作ってください』とお願いしたんです。 そうしたら藤井さんはしばらく考えたすえに、本などを見ないまま駒を素早く並べていました。『これでいい』ときっぱり言ったときの表情に納得感があって、子どもながら『もう誰がなんと言おうが、これだ!』という信念を持っていることが伝わってきました」

 『 藤井聡太が勝ち続ける理由 王座戦――八冠の先へ 』に掲載された自戦解説は、藤井王座が敗れた第1局が掲載されている。自身の敗局をわざわざ選ぶのは珍しい。藤井王座はその理由を「負けてしまったのですが、中盤から終盤にかけて押したり引いたりの展開で、指していて充実感のある将棋でした」と語っている。結果よりも内容を重視したのはもちろん、幼少期から将棋を通じて磨かれたセンスが負けた将棋を解説させたのだろう。

小学4年生の藤井少年がリラックスできるように将棋盤の横に寝そべるポーズを提案したという小園雅之さん
小学4年生の藤井少年がリラックスできるように将棋盤の横に寝そべるポーズを提案したという小園雅之さん
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受け継がれる“寝そべり写真”

 小園さんが次に藤井王座に会ったのは2020年、史上最年少で初タイトルとなる棋聖を獲ったときである。

 「インタビューの席で藤井さんに『あのときの撮影を覚えていますか?』と聞いたら、『なんとなく覚えてます』と照れくさい表情を浮かべたんですね。せっかくの機会なので、当時と同じ将棋盤の横に寝そべったポーズを取ってもらえませんかとお願いしたら、OKをいただきました。私からすれば、息子の成長を見るような気持ちで、感慨深かったです」

 小園さんの編み出した構図は、後輩に引き継がれている。八冠達成後の記念撮影では、藤井少年と同様に盤の横に寝転がって撮影された。盤上は王座戦第4局の終局図。偉業達成とともに、絶対王者の伸びやかな一面を感じさせる写真になった。

 「最初は私が撮影する予定でしたが、あの構図で撮影できるめどが立たず、結局は見送りました。そしたら王座戦を担当した後輩が、あの構図をリスペクトして撮影してくれたんです。非常にうれしかったですね。もう1枚、対局室に置かれた静音のカメラでリモート撮影した対局中の写真は勝負の内容を物語る1枚です。藤井さんが熟考中、ミスをした永瀬さんが頭を抱えて、真ん中の記録係がじっと見ている。こういう写真が報道カメラマンの狙う瞬間です。1枚の写真で何が起こったかをすべてを表現しています。我々からすると11年前の取材をきっかけに、今回の八冠制覇まで藤井さんには縁があったように感じました」
 1枚の写真から天才棋士の成長の軌跡を見ることができる。次回は、当時藤井王座を取材した記者に話を聞く。

取材・文/小島 渉 写真/稲垣純也

▼関連リンク
東京写真家協会 『 東京写真記者協会賞-2023年