じわり増えつつある高収入ブルーカラー層の実像を、新刊『 ブルーカラー年収1000万円時代(日経プレミアシリーズ) 』から紹介するシリーズ。今回は、ホワイト化が進むマグロ漁船。日本人船員の希少化で、20~30代から年収1000万円を狙える手堅い職場に進化しつつある(登場人物の肩書や所属、年齢などは、原則として2026年7月末を基準とする)。

(写真=小林 淳)
(写真=小林 淳)

 借金のカタに遠洋マグロ漁船へ乗せられ、帰りたくても帰れない―─。噓かまことか、そんな話を小耳にしたことのある人は多いのではないか。

 それは都市伝説だと教えてくれたのは、日本かつお・まぐろ漁業協同組合・船員職業紹介所の佐藤康彦所長。「古い噂が独り歩きしている。マグロ漁船は借金まみれの人は採用しない」と言い切る。

 過酷な仕事だが、がっつり稼げるというのが、かつての都市伝説の意味するところだろう。今も楽な仕事ではないが、船内環境はホワイト化し、20代で年収1000万円超を稼ぐ若手も目立つ。未経験者まで海に向かい始めている。

今回取材した第一昭福丸。静岡・清水港に帰港した船員たちに話を聞き、年収の高さに驚かされた(写真=小林 淳)
今回取材した第一昭福丸。静岡・清水港に帰港した船員たちに話を聞き、年収の高さに驚かされた(写真=小林 淳)

 2026年5月、初夏の日差しがまぶしい静岡・清水港に、遠洋マグロ漁船「第一昭福丸」が約1年に及ぶ航海を終えて戻ってきた。岸壁の先には富士山が見える。この船の操業を操船面から支えてきたのが、船長の小山涼太氏(36歳)だ。日に焼けた肌と鍛え上げた体つきが目を引き、海で働く男のたくましさがにじむ。

クレーンでつり上げたマグロを背に立つ小山涼太氏(写真=小林 淳)
クレーンでつり上げたマグロを背に立つ小山涼太氏(写真=小林 淳)

 長い航海の間、家族との再会を待ちわび、清水港から望む富士山の景色を何度も思い浮かべてきた。「あの富士山を見るのが待ち遠しかった」と表情を緩める。

 約25人が乗り組む第一昭福丸で、船長として操船や安全管理を担い、船員をまとめる小山氏は、商船を経て、25歳でマグロ漁船の世界へ飛び込んだ。30歳で船長となり、現在は6年目。船長になってからの年収は1000万円を超える年もあるという。「想像するよりもお金はたまる」と小山氏は笑う。航海中の衣食住は会社負担で、移動費もかからない。家族への送金を続けながら、新築の一戸建ても建てられたと誇らしげだ。

 小山氏はもともと漁船を避けていた。父も祖父も曽祖父も漁師だったが、「船内が汚く、航海も長くてきついというイメージがあり、漁船にだけは絶対乗らないと思っていた」と苦笑する。

 考えが変わったのは、商船で働き始めてからだ。

「マグロ漁をAIが代替するのは難しい」

 商船の仕事にも厳しさはあった。休みは少なく、睡眠時間も削られる。将来どうしたいかを考えたとき、浮かんだのは漁船に乗って家族を支えてきた父や祖父の姿だった。

 漁師の子だから釣りの経験はある。魚がかかったときの高揚感が忘れられなかった。自分は魚を獲る仕事に向いているのではないか──。避けていたマグロ漁船は、稼ぎと誇りをつかめる場所に見え始めた。

 「船を走らせるだけなら自動化できるかもしれない。でも、マグロを捕る仕事そのものをAIが代替するのは難しい」。そんな考えもあった。

 海に流した仕掛けを巻き上げるときは、手動でエンジンや舵(かじ)を操作し、魚がかかれば引き揚げやすい位置に船を動かす。甲板長と連携し、13〜14人のデッキメンバーを動かすのも船長の役割だ。

 縄の張りや機械の音、船の揺れを読み、巻き上げる速度を変える。体力だけでなく、経験に裏打ちされた判断力と技能が欠かせない。

長い航海の間に釣り上げたマグロ。マグロのような巨大魚を釣り上げるには、チームワークも欠かせない(写真=小林 淳)
長い航海の間に釣り上げたマグロ。マグロのような巨大魚を釣り上げるには、チームワークも欠かせない(写真=小林 淳)

 マグロ漁船の船員の働き方は独特だ。船上で約10カ月〜1年ほど働き、帰港後に1〜2カ月まとめて休む。途中の寄港地では港湾業者が荷役を担うため、補給が終われば観光に出られることもある。カナリア諸島やバリ島など、観光地として知られる世界各地の港で過ごす時間もある。「商船時代は入港しても荷役に追われていたが、マグロ漁船は港で自由な時間を持てる。メリハリがある」と小山氏は話す。

 もちろん、船長として海に出れば責任は重い。遠洋マグロ漁船では、漁労をまとめる「船頭」が船員のトップであり、船長より格上とされる。それでも操船や安全管理など公的責任を担う緊張感は並ではない。

マグロ漁船の船長には英語力も必要

 第一昭福丸の船頭を務める小山範浩氏は、船長である小山氏の父だ。「沖へ出れば、親子ではなく一人の船長として扱う」と厳しい。それでも、成長は認める。「海外の港で英語を使い、関係者とやり取りする姿に、船長としての頼もしさを感じている」と言う。

第一昭福丸で、「船頭」を務める小山範浩氏。マグロ漁船では、漁労をまとめる船頭が船員のトップであり、船長より格上(写真=小林 淳)
第一昭福丸で、「船頭」を務める小山範浩氏。マグロ漁船では、漁労をまとめる船頭が船員のトップであり、船長より格上(写真=小林 淳)

 範浩氏は31歳で船頭になった。息子にも、いずれ船頭として船全体を率いてほしい思いがある。自然を相手に、年齢も経験も様々な乗組員たちを束ねるには、より強いリーダーシップが欠かせない。父として、船頭として、息子のさらなる成長に期待を寄せる。

 未経験から飛び込む人もいる。

 矢木田拓海氏は千葉県出身の27歳。水産高校の出身ではない。もともとは工場で働いていた。

工場勤務から未経験でマグロ漁船の船員に転じた矢木田拓海氏(写真=小林 淳)
工場勤務から未経験でマグロ漁船の船員に転じた矢木田拓海氏(写真=小林 淳)

 転機はユーチューブだった。マグロ漁船の動画を見て、「稼げそうだし、ライバルも少なそうだ」と感じた。もともと海が好きで、「船に乗れば、海のど真ん中に行ける」という思いもあった。

 24歳で工場を辞め、マグロ漁船への門をたたいた。

 「友人へマグロ漁船に乗ると伝えると、最初は大丈夫かとかなり心配された」と矢木田氏は笑う。だが、いざ乗ってみると居住環境は良かった。海上でもWi-Fiが使え、外部と連絡を取れる。恋人との関係も順調だという。

 ただ、仕事の負荷は半端ではない。5時間働いてから短い睡眠を挟んで、今度は13時間連続で働くといった日もある。こうした連続勤務のサイクルが3日に1回ほど来るという。魚が捕れ続けると、30日以上休みなく働くこともある。「眠さで頭が回らない。今日が何月何日か分からなくなる」(矢木田氏)と振り返る。

 それでも、海の上でしか味わえない興奮がある。マグロのような大型魚は一人では揚げられない。300キログラム級のカジキマグロが生きたままかかれば、インドネシア人船員らと声をかけ合い、力を合わせて引き揚げる。

 矢木田氏は、食事も漁も共にする船員を「家族と言うと言い過ぎだが、本当の仲間」と表現する。「巨大な魚を仲間と揚げる興奮は、普通の仕事では味わえない。成果を上げたときの喜びがそのまま休む時間にも返ってくる」と誇らしげに話す。

27歳の矢木田氏(左から2番目)にとって、第一昭福丸の船員たちは「本当の仲間」だ(写真=小林 淳)
27歳の矢木田氏(左から2番目)にとって、第一昭福丸の船員たちは「本当の仲間」だ(写真=小林 淳)

営業職から転じ、初の航海で年収700万円超え

 会社員から転じ、年収1000万円台が見えてきた若手もいる。32歳の矢野幸汰氏だ。新卒で営業職に就いたが、5年で別の道を探し、知人の船頭を頼って漁船の船員に転じた。27歳で初めて乗船し、国家資格の海技士免許を取得。現在は機関長で、次の航海から船頭を務める。

 前職では年収300万円前後だったが、初めての航海で年収700万円を超えた。機関長になったことで、次は年収1000万円台を見込めるという。一般的にマグロ漁船の船員には月々の給与もあるが、水揚げを反映した歩合給は帰港後にまとめて支払われる。「お金がたくさんある状態で夏休みが来る。この生活が肌に合っていて、もう漁師以外の仕事はできない」と矢野氏は満足げだ。

高収入の背景には日本人船員の希少化

 マグロ漁船で働く若手が稼げるようになった背景には、マグロ価格の上昇という追い風もあるが、もう一つの理由は日本人船員の希少化だ。

 一般的な遠洋マグロ漁船では約25人の船員のうち、日本人は6〜7人程度で、残りはインドネシア人などの外国人船員という構成が多い。その一因は、船長や機関長といった幹部船員には海技士免許が必要だからだ。外国人でも取得できないわけではないが、試験は日本語でしか実施されないので、その担い手となる日本人船員の確保が欠かせない。

 日本人船員は高齢化が進み、70〜80代の有資格者が乗船するケースもある。若い有資格者ほど重宝され、早い段階で船長などの重責を担うことになる。それだけ高収入を得る機会も早く回ってくる。

23歳で船長、水揚げ次第で年収は大きく伸びる

 その象徴が、26年7月末時点で23歳の渡木桂祐氏だ。宮崎の水産高校を卒業後、水産庁の海技免許養成コースを経て、マグロ漁船に乗った。日本最年少級の若さで船長を務める。

 乗船初年度から1000万円近い年収を得たといい、船長になったことで今後さらに数百万円の上積みが見込める。将来の目標年収を聞くと、渡木氏は迷わず「5000万円」と答えた。水揚げ次第で年収が大きく伸びる世界だけに、その目標は夢物語ではない。

 Wi-Fiのおかげで船上の生活はかなりホワイト化したが、船に乗っている間もSNSを通じて陸にいる同世代の暮らしが見えてしまうのは、微妙なところだ。「陸上には逃げ場がある。でも、海の上にはそれがない」(渡木氏)。そうした環境に順応できず船を離れる人は少なくない。それでも意志を持って技能を磨けば、若くして高収入を得る道が開ける。

 年収ばかりが魅力ではない。仲間と巨大魚を引き揚げる興奮があり、若くして機関長や船長など責任ある立場に就ける。覚悟のある若者にとって、遠洋マグロ漁船は人生を大きく変える職場になり始めている。

清水港に寄港するマグロ漁船。船員の高齢化が課題となる一方で、若手は早くから重責を任され、高収入を得る機会も早く回ってくる(写真=小林 淳)
清水港に寄港するマグロ漁船。船員の高齢化が課題となる一方で、若手は早くから重責を任され、高収入を得る機会も早く回ってくる(写真=小林 淳)

日経ビジネス電子版 2026年9月11日付の記事を転載]

人工知能(AI)で激変する労働市場。じわり増える高収入ブルーカラー層の実像から、ホワイトカラーが揺らぐ時代の針路を探る。大工に電気工事士、すし職人、アパレル販売員、マグロ漁船の船員、米農家……そして米国事情まで。19人の実例を綿密に取材。学歴やスキル以前に需給で決まる報酬の現実を捉える。

佐藤斗夢、大西孝弘(著)/日経BP/1210円(税込み)