ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にも日本代表として参加しているメジャーリーガー菊池雄星投手が、『こうやって、僕は戦い続けてきた。「理想の自分」に近づくための77の習慣』を出版した。自身の本との関わりや読書習慣、子どもたちの読書をサポートする理由などを聞いた。

ロサンゼルス・エンゼルス投手
「頭で考え、心を鍛える」ことで戦い抜ける
日経BOOKプラス編集(以下:――) 今回の著書で一番伝えたかったことを教えてください。
菊池雄星(以下:菊池) 頭で考えて、心を鍛えれば戦い抜くことができるということをお伝えしたいというのが『 こうやって、僕は戦い続けてきた。 「理想の自分」に近づくための77の習慣 』(PHP研究所)の一番のテーマでした。
僕は特別な才能があるからメジャーリーガーになったのではありません。身体能力が飛び抜けているわけでもないですし、僕より身体能力が高い選手は山ほどいる。速い球を投げるピッチャーも山ほどいます。それは日本球界でも一緒だと思います。小学生のころからエースで4番というような、僕より身体能力の高い選手はたくさん見てきました。
僕が初めてエースナンバーをつけたのは中学3年ですし、プロに入ってからも1軍と2軍を行き来し、初めて2桁勝利を上げられたのは7年目。結果を出すまで時間がかかりました。ただ、失敗や挫折のたびに、「このやり方で本当に合っているのか」と、自分に問い続けてきました。頑張ることは当たり前で、最も重要なのは、「どうやって頑張るか」を考えること。やみくもに頑張るのではなく、正しい方向へ、最も効率的な方法で努力を積み重ねていくことでした。
決して飛び抜けた身体能力はなく、むしろ平均的な能力かもしれないけれども、頭と心臓の使い方を工夫していけば、怪物たちの中でも生き残っていける。戦うすべはあることをお伝えすることで、誰かが何か一歩を踏み出す時に背中を押してあげられるような本になっていたらうれしいです。
本との付き合いは「頭で考え、心を鍛える」上で大切ですか?
菊池 SNSやYouTubeで広く情報を入れることも大事だとは思うのですが、読書は一冊300ページ、400ページあるものを読んで、その内容を自分なりに消化する。この「考えて、消化する」プロセスがとても大事だと思っています。断片的な知識を入れるとか、答えや言葉を覚えるだけであればSNSで十分足りるのですが、これって本当にそうかなとか、著者はどういうことを伝えたいのかなと考える、本質を見抜く力は本を一冊読むことでこそ得られるものじゃないかな。僕自身、何か疑問に思ったり、興味を持ったりしたときに、本を通じて歴史や背景を知ることが好きですね。
菊池雄星文化プロジェクトや「雄星文庫」の取り組みで子どもたちの読書を後押しする取り組みをされています。
菊池 今の子どもたちは、生まれたときからスマートフォンが身近にある世代です。僕自身も便利に使っていますし、SNSは手軽に情報が得られるのですが、自分が見ている情報と似た傾向のものばかりがタイムラインに流れ、自分にとって都合のよい形でフィルタリングされてしまいます。
子どもたちや若い世代にとって、本の重要さは以前以上に増していると思うのですが、同時に、本離れが深刻だということも聞いていました。そこで、地元の本屋さんや岩手日報社の方々と一緒にタッグを組んで、菊池雄星文化プロジェクトでは読書感想文コンクールで特別賞を選定したり、僕が推薦する図書を岩手県内の本屋さんに「雄星文庫」として特設コーナーを設けていただいたりしています。
書店では全コーナーを回ってみる
ご自身も相当な読書量です。
菊池 年間200冊ぐらいは読みますが、紙の本とオーディオブックで半分半分でしょうか。メジャーは移動が非常に多く、3試合ごとに飛行機とバスで宿泊先や球場まで移動します。長い移動時間、僕は読書をするか音楽を聴くかで過ごしています。紙の本も読みますが、野球選手にとって目の疲労はよくないので、最近は音声メディアやオーディオブックで「聴く読書」を活用しています。オーディオブックは、再生速度を2.5倍から3倍速に設定してから読書量がさらに増えましたね。ジャンルにもよりますが、慣れてくるとそのくらいのスピードでも聞き取ることができ、文字を追って本を読むよりも速いペースで1冊を読み終えます。
紙の本は、日本に帰ったときに本屋さんに行ってまとめ買いをしています。本屋さんに行くと全コーナーを回るんです。企業会計や宇宙、児童書など必ずしも買うわけではないコーナーも、すべての分野を歩いて回ります。その結果、全く知らない世界の言葉に触れたり、ああこういう視点があるのだということが頭にインプットされたりします。そうすると、スティーブ・ジョブズの言葉「Connecting the dots」(過去の経験や知識は振り返ったときに意味を持つ/スタンフォード大学の卒業式のスピーチ)の通り、いつ、なにがきっかけになるかわかりませんが、点と点がつながることがあるかなと思っています。児童書のコーナーでこういうことが今は流行っているんだと知るだけでも、何かに生きる気はします。思考や視点が凝り固まらないことが大事かなと思っています。
やり続ける力の大切さ
読む本はどんなジャンルの本が多いのですか?
菊池 最近は小説が多いのですが、トレーニングや栄養、健康など野球をやるうえで必須のテーマはもちろんカバーしています。マインドセットに関する本も多いです。例えば、以前、流行した『 やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける 』(アンジェラ・ダックワース著、神崎朗子訳、ダイヤモンド社)は、何度かオーディオブックで聴き返している本です。成功する人の共通点は才能やIQよりも情熱と粘り強さであるとして、やり続ける力の大切さが書かれています。
野球は、徐々にうまくなるのではなく、いきなり上達します。例えばピッチャーの球速は1カ月に1kmずつ伸びていくわけではなく、ある日を境にぐんと伸びたりします。練習はそのきっかけやコツをつかむためにすることだと僕は定義しています。トレーニングの成果が一時的に停滞する「プラトー現象」に入っても、質の高い練習をやり続けることが、グリットなのだと思います。
自己啓発やマインドセット系の本には「あり方」について書かれたものもありますが、アメリカではエビデンスに基づいていないと受け入れられない傾向があります。日本でも最近はエビデンスベースということが注目されているようですが、野球をやっている自分としても、根拠が示されている本のほうが納得しやすく、結果的にアメリカの著者による翻訳本に手が伸びることが多いですね。
一人の人の生き方を知ることができる自伝もよく読みます。こちらも少し前の本ですが、『 スティーブ・ジョブズ 』(ウォルター・アイザックソン著、井口耕二訳、講談社、リンクはI)には圧倒されました。完璧を求める姿勢や信念の貫き方など、なりたいか・なりたくないかは別として、あそこまで振り切ってやり続けないと、ああいうプロダクトは作れないのだなと。禅を学び無駄をそぎ落とす発想や、服選びに時間をかけない私生活など、選択と集中がすごいですよね。
今回の著書は、菊池さんの自伝的要素も持ち合わせています。書き上げた感想を教えてください。
菊池 野球という世界の経験しか持ち合わせていない自分の言葉が、世の中の人たちにとって有意義な情報になるのかという不安はありました。しかし、記憶がある3歳ぐらいから掘り起こし、思い出したくないことや苦い経験も赤裸々につづる中で、何より感じたのは、どれだけいろんな人に支えてもらってきたのかということです。そのことを改めて認識し、感謝の気持ちで自分の人生を振り返ることができました。
取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)


