スマホを通してデジタル社会を生きる子どもたちは、さまざまなリスクに遭遇しています。例えば、いじめ、嫌がらせ、さらし上げ、不適切投稿……。大人は、子どもがそうした事態に巻き込まれないようにスマホの利用を制約したがり、「子どもたちが責任ある行動を取りさえすれば事態をコントロールできるはず」と思い込みがちです。が、実態はそれほど簡単ではありません。さて、大人たちが本当にすべきこととは? 新刊『スマホの中の子どもたち デジタル社会で生き抜くために大人ができること』(エミリー・ワインスタイン、キャリー・ジェームズ著、豊福晋平訳)から一部を抜粋・再編集してお届けします。
デジタルが記録し続ける自分史はトラウマ?セラピー?
今のティーンエイジャーが大人になったとき、10代で残したデジタル足跡と向き合って何を思うのでしょうか。研究者のブレイディ・ロバーズとシアン・リンカーンは、この問いに深い興味を抱きました*1。
彼らは、ひとつのソーシャルメディア(Facebook)とともに成長の軌跡を記録されてきた、最初の世代にあたる20代を対象に、インタビューを実施しました。全部で41件の調査では、独自手法「スクロールバック法」を用い、若者たちにFacebookのタイムラインを遡ってもらい、古い投稿やタグを再発見した際の反応を語ってもらいました。
主な反応としては、人々が長らく忘れていた投稿(たとえば夜に飲みに行ったときの写真など)が公開されたままだったり、他人に見られる状態で残っていると気づいたときに、「パニック」「切迫感」「不安」を覚えるというものでした。スクロールバックをするうちに、トラウマや辛い出来事の嫌な思い出が蘇(よみがえ)ったりします。しかし、一部の参加者にとっては、このプロセスが非常にポジティブで「セラピーのようだ」と感じられるほど大きな効果をもたらしました。古い投稿が「記憶の火花」となって、喜びや人生の節目を改めて思い出させるからです。
Facebookのタイムラインが、個人にとって大切なアーカイブとして機能しているのは明らかでした。また、ロバーズとリンカーンは、若者がタグを外したり、将来への影響を考えたりしながら、デジタル履歴を管理するべきだという期待が「強烈なプレッシャー」を生み出す可能性があり、さらに実験やお祝い、反抗、そして自分の限界を探るといった若者ならではの経験を「消去し、無菌化する」よう暗に求めてしまう面があると指摘しています*2。
「成長する自分」と「残り続ける過去」の矛盾
彼らが大人になり、自分の青春時代のデジタル記録を振り返る前から、ティーンエイジャーは、過去にやってしまった失敗や将来にきっと避けられない失敗を思って、ストレスを感じているようです。ある高校3年生はこう嘆きました。
──昔言ったことが、今の自分を決めるわけじゃないのにさ。
また、13歳の子は、未来を先取りしたような後悔を口にしました。
──うっかり何か無知なこと言っちゃって、それがずっと残ったら嫌だな。
過去の自分、現在の自分、未来の自分がぶつかってしまうのは、ティーンエイジャーにとって十分あり得る事態で、大きな不安のタネにもなります。14歳のときに、この現実に直面するところを想像してみてください。
──誰かが3年前に投稿したやつが掘り返されて、その人が責められる。でもその人って、今は全然違う自分に成長してるんだよ。なのに、昔のやらかしを責められるんだ。あの頃は自分が何をやってるかなんて分かってなかったのにさ。
あるいは、別の13歳の子が言うように、何でも記録されるのが普通で、成長そのものがリスクになってしまう世界で、自分は大人にならざるを得ない、と感じるかもしれません。
──若いときに投稿して、後から「うわ、なんでこんなこと書いちゃったんだろ」って思っても、もう遅いの。特に投稿にセンシティブな情報が含まれていたら最悪だよ。誰か、でなかったら何かがもう保存しちゃってて、自分じゃ消せないんだもの。
ティーンエイジャーは、人の信念や価値観、そしてアイデンティティが時とともに変化していくのだと理解しています。それでも、一度きりの軽率な発言やまずい写真が長く印象を残してしまうことも知っています。だからこそ、「ずっと悪いイメージのまま見られ続けるのではないか」という不安を感じるのです。「高校を卒業すれば人生が良くなる」「辛い経験はやがて過去のものになる」といった考えも、こうしたデジタル社会ではなかなか信じられないのかもしれません。
一面では、大人たちからの「デジタル足跡に注意しなさい」という警告を、一部のティーンがしっかり受け止めているのは、多少の安心材料かもしれません。しかしそれでも、やはり不適切な投稿をしてしまうティーンは存在します。いったいなぜ、彼らはリスクを十分理解しているのに、それでも危険を冒してしまうのでしょうか?

思春期の発達から見る、抗えないデジタルの引力
答えのヒントのひとつは、デジタルプラットフォームでテンポの速いやりとりが当たり前になっている点にあります。メッセージが複数のプラットフォームに散らばっているため、正確な統計は得にくいものの、ティーンエイジャーが毎日100通以上のメッセージを送り合っているという話はよく耳にします。しかも多くはリアルタイムの会話の一環として即座に送られるため、それだけ数が多いと、「いつ、どこで、誰に、どう受け取られるか」をいちいち考えて投稿するのは現実的ではありません。このような事前の熟考は大人にとっても難しい作業ですが、特に思春期の若者は長期的な影響よりも、その場の仲間との結びつきを優先しがちなので、なおさらハードルが高いのです。
さらに、オンラインでの自己表現は、「自分は何者で、どうなり得て、どうなりたいか」を探ろうとする思春期特有の発達的衝動にぴったり合います*3。アイデンティティの形成は思春期における主要なテーマのひとつです*4。試行錯誤を繰り返しながら自分を模索するのが思春期ならではのプロセスと言えます。ツイートやスナップが登場するずっと前から、ティーンはポップカルチャーやファッション、政治にいたるまで、あらゆるテーマについて新たに生まれた考えをオープンに発信する術を見つけてきました。そして今、ソーシャルメディアのアプリは、まさにそうした自己表現を実現する場を提供しているのです。
インターネット草創期のチャットルームやフォーラムは、今ほど洗練されたデザインはなかったものの、アイデンティティを探るには絶好の場所でした。しかも当時は、ほとんど匿名で利用できたのです。1990年代にシェリー・タークルが『スクリーン上の人生(Life on the Screen)』[未邦訳]で述べているように、こうした「仮想コミュニティは……遊び、いろいろ試すことを許してくれる」場でした*5。そこでは、より強気な自分、挑発的な自分、あるいは攻撃的な自分を試しても、長期的な影響や痕跡をほとんど残さずに済んだのです*6。
現代のアプリ、特にSnapchatやTikTokなども、同様に魅力的で楽しい自己表現の場を提供しています。今のテクノロジーとともに育つ一番の利点について、ティーンはこんなふうに言います。
──もっと自由に自分を表せるようになって、声を出せるようになった感じ。
──ソーシャルメディアを使って、自分の気持ちをちゃんと言えるようになった。
──同じ興味を持つかもしれない世界中の人たちに、自分を表現できるのがいい。
ところが今では状況が変わり、オンライン上の匿名性はほぼ過去のものになっています。私(著者のエミリー・ワインスタイン)と同僚のケイティ・デイビスが論じてきたように、1990年代のインターネットにあった自由奔放さと低リスク感は、もう同じ形では残っていません*7。良くも悪くも、今のデジタル環境はほとんどが身元を特定しやすく、オンラインでの投稿はたいてい自分の「現実社会での名前やアイデンティティ」と結びついているのです*8。
もちろん、匿名アカウントを立ち上げようと苦心する人もいます。たとえば、ちょっとした親切行為(Random Acts of Kindness)アカウントの裏方をやりたい場合や、逆に他人のInstagram投稿に意地悪なコメントをして荒らしたい場合など、理由はさまざまです。ただし、そうしたアカウントを匿名のまま守り続けられる保証はありません。「今の時代、誰がアカウントを始めたかなんて簡単に突き止められちゃう」と、皆分かっています。
オフラインで過ごしているときでさえ、スマートフォンを持つ友人がその様子を撮影し、ネットに上げる可能性は常にあります。その結果、これまでとは大きく異なる状況が生まれました。成長の過程で避けられない浮き沈みや、ぎこちない場面、あるいは後から後悔しそうな瞬間まで、これまでになく克明に記録されるようになったのです。
さらに、ソーシャルメディアの仕様変更によって、昔の投稿をより簡単に検索できるケースもあります。たとえばFacebookでは、タイムラインに移行したので、以前なら手間をかけて遡らなければ見つからなかった投稿にも、すぐアクセスできるようになりました*9。
ティーンエイジャーが大人に伝えたいこととは?
大人はよく、「ティーンエイジャーがもう少し努力し、責任ある行動を取れば、自分のデジタル足跡をコントロールできる」と思い込みがちです。しかしティーンは、実際にはプライバシーやデジタル足跡を完全に自分だけで管理するのは無理だと大人に理解してほしいと考えています。
──時々ソーシャルメディアを思うように扱えないことがあるんです。
友人や仲間が、望まない写真を勝手に投稿してしまう場合もあります。削除を頼むのは人間関係上のハードルが高く、さらに(大人がよく口にするように)一度共有した写真は、何らかの形ですでに出回ってしまいます。こうした状況で、「自分なら絶対投稿しない写真が(友だちや仲間によって)たくさんアップされていて、もう自分ではどうにもできないよ」という現実に直面し、ストレスを抱えるティーンも多いのです。
ティーンは、大人がティーンの足跡を作り出してしまうことについて、ストレートな要望を口にしています。
──大人は、私たちの写真を投稿する前にきちんと許可を取ってほしい。大人が「いい写真だ」と思っていても、私たち本人にとってはすごく恥ずかしいこともあるんです。
大人が「たった一回の投稿で将来を棒に振りかねない」と強調しすぎると、ティーンはすでにアップしてしまった過去の投稿に対して不安を募らせ、「もう手遅れかもしれない」と感じるようになります。かつての友人が、自分の近未来やもっと先の将来を脅かす「カード」を握っている場合もあるでしょう。キャンセルカルチャーによるさらなる不安も見逃せませんが、一部のティーンは、キャンセル行為に正義や社会性があることを認めてもいます。それでも、インフルエンサーの世界だけでなく、自分たちの日常にもキャンセルが波及しているのを見て、「いつ自分が対象になるか分からない」というリアルな恐怖を抱いているのです。
ティーン自身も「強固なパスワードを設定する」などの基本的な対策は重要だと認めていますし、ジオタグやSnapマップなどの位置情報機能が引き起こす予期しないトラブルについて、より具体的な情報を求めています。しかし、個人の警戒心だけでは、ネットワーク社会で起こり得る多彩なリスクを防ぎきるのは困難です。ティーンは身近なところから先々の将来にまで、安全や評判、そして人生そのものが脅かされる可能性を感じているのです。
安全なパスワードやプライバシー設定、それに「投稿前によく考える」といった対策だけでは対応しきれないリスクも存在します。発達面やデジタル面、そして社会面の理由から、ティーンの警戒心がそのままコントロール能力に直結するわけではありません。
ティーンにデジタル足跡のリスクを教えるのは不可欠ですが、その一方で失敗が起こり得るのは見越しておく必要があります。投稿を慎重に行う大切さを話すだけではなく、謝罪や責任の取り方、そして失敗からの学びをどう得るかについても取り上げるべきでしょう。とりわけ重要なのは、私たち大人自身がティーンエイジャーに「人生や成長を記録するためのツール」を与えたために、彼らをどれだけ危うい立場に置いてしまっているかを、すべての関係者が真摯に認識する必要があります。

1. Brady Robards and Siân Lincoln, Growing Up on Facebook( New York: Peter Lang, 2020)[ 未邦訳] ; “scroll-back method,” 51; “panic,” “urgency,” 63; “anxiety,” 62, 63; “therapeutic,” 73, 181; “memory ‘sparks,’” 96.
2. Robards and Lincoln, Growing Up on Facebook, 96.
3. アドリアナ・マナゴによるデジタルメディアとアイデンティティ形成に関する詳細な議論は、思春期の発達に関連する一連の関連する機会と課題を概説しています。:Adriana M. Manago, “Identity Development in the Digital Age: The Case of Social Networking Sites,” in The Oxford Handbook of Identity Development, ed. Kate C. Mclean and Moin Syed( New York: Oxford Press, 2014),508-524[ 未邦訳].
4. Erikson, Identity: Youth and Crisis.
5. Turkle, Life on the Screen.
6. Erikson, Identity: Youth and Crisis.
7. Katie Davis and Emily Weinstein, “Identity Development in the Digital Age: An Eriksonian Perspective,” in Identity, Sexuality, and Relationships among Emerging Adults in the Digital Age, ed. M. F. Wright( Hershey, PA: IGI Global, 2017), 1-17.
8. Shanyang Zhao, Sherri Grasmuck, and Jason Martin, “Identity Construction on Facebook:Digital Empowerment in Anchored Relationships,” Computers in Human Behavior 24, no. 5(2008) :1816-1836.
9. Robards and Lincoln, Growing Up on Facebook, 4.
エミリー・ワインスタイン、キャリー・ジェームズ(著)、豊福晋平(訳)、水野一成(解説)/日経BP/2970円(税込み)
