皆さんは「病気とお金」について意識したことがありますか。大きな病気をしたことがない元気な人ほど、いざ病気になると冷静ではいられなくなるかもしれません。「お金がどれくらいかかるのか」「仕事と治療を両立できるのだろうか」と不安で手探りの状態で、瞬時に治療や手術の判断を求められる場合もあるからです。病気になって初めて分かるお金の知識の大切さ。自身もがんを経験したファイナンシャルプランナー(FP)の深田晶恵さんに、「病気になっても慌てない」ための準備について、聞きました。

 病気が分かった時にまず頭をよぎるのが、「これからどうなるのだろう」という不安ではないでしょうか。治療はどんな内容で、どれくらいの期間続くのか、仕事は続けられるのか、家族への影響は――。そして、避けて通れない現実問題として多くの人が気にかけるのが「お金のこと」だと思います。

 私が乳がんと診断されたのは10年前、48歳の時でした。

 同居していた義母が乳がんで入院していた時、医師から「あなたも検診を受けておいたら?」と勧められたのがきっかけです。その年は自治体の対象年ではなかったため、1万円ほどを自費で支払い、検査を受けることに。実はその半年前に小さなしこりを見つけ、婦人科を受診したのですが「これは脂肪腫だから大丈夫」と言われ、安心してしまっていたのです。

 結果は、ステージⅡ-Bの乳がん。乳房の部分切除の手術を受け、その後は、通院での抗がん剤治療、放射線治療、5年間のホルモン療法と、必要な治療をひと通り受けました。

「義母の検診をきっかけについでに受けた検査で、乳がんにかかっているのが分かりました」
「義母の検診をきっかけについでに受けた検査で、乳がんにかかっているのが分かりました」

 かつては「がんになったら何百万もかかる」と思われていた時代もありました。しかし、実際にはそこまで高額な費用がかかるわけではありません。ちなみに、私が主な乳がん治療でかかった費用(2015~2016年)はおおよそ以下の通りです。

■検査費用(マンモグラフィー、超音波、CTなど)/約5万円
■手術と10日間の入院/約10万円
■抗がん剤治療(6カ月)/約30万円
■放射線治療(週5回×6週間)/約11万円
■その後のホルモン治療(5年間)と年1回の定期検診/約20万円
トータル 約76万円(高額療養費適用後の金額)

 どうでしょう。「思ったよりも少ないな」と感じる方も多いのではないでしょうか。

 病気と診断されたとき、どのくらいお金がかかるのか、どんな制度が利用できるのか――。それらを知っているかどうかで、病気との向き合い方は大きく変わります。私の場合、仕事柄、こうした知識をあらかじめ持っていたことが治療に立ち向かう上での安心材料となりました。

 そんな私が、乳がんを経験したFPとして監修を務めたのが、『 乳がんにまつわるお金の話 』です。

『乳がんにまつわるお金の話』(うだひろえ著、聖路加国際病院 乳腺外科部長吉田敦監修、FP深田晶恵監修/KADOKAWA)/画像クリックでAmazonページへ
『乳がんにまつわるお金の話』(うだひろえ著、聖路加国際病院 乳腺外科部長吉田敦監修、FP深田晶恵監修/KADOKAWA)/画像クリックでAmazonページへ

 この本の編集者も同じく乳がん経験者でした。漫画家・うだひろえさんの「もし乳がんにかかったら」という視点から、治療の流れや費用のすべて、利用できる制度までマンガ形式でわかりやすく学べるコミックエッセーになっています。私自身の経験もふんだんに盛り込んだ内容になっているので、ぜひ手に取っていただければうれしいです。

結局、どんな制度が使えるのか

 病気になったときに頼りになるのが公的医療保険制度です。適用される給付を知っていれば、治療費の負担を大きく軽減できます。

■高額療養費制度
 例えば、高額療養費制度。年収約370万〜770万円の人なら、月の医療費の上限は8万100円。さらに4回目以降は「多数該回」該当として4万4400円まで引き下げられます。治療前に「限度額適用認定証」を取得しておけば、窓口での支払いは自己負担額の範囲内で済みます。

 この制度は、おそらく皆さんもご存じではないでしょうか。今年8月に予定していた負担上限額の引き上げが見送られたこともニュースになりました。現在は、改めて制度のあり方の見直しが検討されているところです。

■健康保険組合の上乗せ給付
 一方で、会社員が加入する健康保険組合に「上乗せ給付(付加給付)」があることは、意外に知られていません。これは、健康保険組合や共済組合が独自に設けている制度で、高額となった医療費の自己負担額をさらに軽減する仕組みです。

 付加給付により最終的な自己負担額が2万円のケースなら、病院で支払った金額と2万円の差額が健保組合から払い戻されます。つまり、最終的な負担は2万円程度。これだけ手厚い制度が整っていても、企業向けのセミナーで「この制度をご存じの方はいますか?」と尋ねると、手を挙げる人はわずか1割ほどしかいません。

 「それって大企業だけの特権でしょ?」と思われがちですが、出版業界の「出版健保」や、IT業界の「関東ITソフトウェア健保」など、新興企業や中小出版社も加入しているケースがあります。ただし、業界健保の中には、申請が必要なものもあるため、給付条件の確認が必須です。

■傷病手当金
 また、長期間仕事を休むにことになった場合には、「傷病手当金」を利用できます。これは、給料の約3分の2が最長1年6カ月にわたって支給される制度です。

 こうした公的医療保険制度を知らず、必要以上に民間の医療保険に加入している人も少なくありません。まずは自分がどの健保組合に加入しているのかを確認し、利用できる給付について把握しておきましょう。

初めて分かる、治療中の「見えない出費」

 治療の過程で気付かされたのが、医療費だけでは「見えない出費」の存在です。

 例えば、抗がん剤の副作用で髪が抜けると、ウィッグが必要になります。安いものでも数万円、高品質のものとなると20万円以上する場合も。一見、治療とは関係ないように思えるかもしれませんが、患者が社会生活を維持する上では大事な必要経費です。私は仕事柄、講演や取材など人前に出ることも多いため、「ここはお金のかけどころ」と割り切り、ウィッグを脱毛前と変わらないヘアスタイルにしてくれる対面販売の店を選びました。

深田さん自身は、ウィッグは国立がんセンターアピアランス外来で受けたセミナーで情報収集をし、自分に合ったものを選んだ(深田さんの闘病ノート)
深田さん自身は、ウィッグは国立がんセンターアピアランス外来で受けたセミナーで情報収集をし、自分に合ったものを選んだ(深田さんの闘病ノート)
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 また、体力が落ちて食事の支度が難しくなる時期は、宅配サービスやお総菜に頼る日もあります。通院が増え、交通費がかさみ、体調次第ではタクシーを使うことも。こうした見えない出費の存在も知っておく必要があります。

 私の場合、入院時の病室は個室を選びました。仕事もしたかったし、人と気兼ねなく会いたかったからです。個室代は1日3万3000円、10日間で約33万円と決して安くはありませんでしたが、「今年は海外旅行にも行けないだろうし、その分の予算を個室代に充てよう」と考えたのです。眺めのいい部屋でじっくり仕事をしたり、本や漫画に没頭したり。

「入院中は毎日誰かしら来てくれて、心のリフレッシュにもなりました。私にはそういう時間が大事でした」
「入院中は毎日誰かしら来てくれて、心のリフレッシュにもなりました。私にはそういう時間が大事でした」

 がんと診断された瞬間、多くの人が「仕事はどうすればいいのだろう」と戸惑います。なかには、「会社に迷惑をかけたくない」と仕事を辞めてしまう人もいますが、それは決して賢明な判断とは言えません。経済的な安定を失うリスクは、治療や生活に大きく響いてくるからです。

 今は医者も、「仕事は辞めないほうがいい」と助言するのが一般的。もちろん病状によっては休養を要する場面もありますが、入院後は外来での治療が中心となり、働きながら治療を続けるがんサバイバーはたくさんいます。

 実際、私は治療と仕事を両立するために、抗がん剤治療のスケジュールを木曜日に設定していました。仮に副作用で体調が悪くなっても、翌日休んで週末を回復にあてれば月曜日から仕事に戻ることが可能だからです。幸いにも副作用が軽かったこともあり、スケジュールを工夫することで、無理なく仕事を続けることができました。

今の時代、「がんはライフイベント」

 今や「2人に1人ががんになる時代」といわれています。がんは、もはや特別な病気ではなく、誰にでも起こりうる「人生のライフイベント」と考えたほうが自然かもしれません。私もがんと診断されたとき、「なるほど。ちょっと早めにそのライフイベントが巡って来たんだな」と受け止めることで、不安に押しつぶされずに済みました。

 医療技術の進歩によって、「がん=不治の病」ではなくなりつつあります。がんになっても、その先の人生は続くのです。

 最近では、がん患者の就労支援も進み、多くの企業で両立をサポートする体制が整ってきています。一人で抱え込まず、職場と相談しながら自分に合った働き方を見つけることが何より大切です。

 病気になっても、知識は自分を守る最大の武器になります。正しい情報を持つことで、不安を手放し、冷静な選択ができるようになります。

 人生を前に進めるために、知識を味方につけること。それが困難な状況に立ち向かう大きな支えになると実感しています。

取材・文/西尾英子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子