新刊『推したちとどう生きるか』(新潮新書)を出版した文芸評論家・三宅香帆さんが東京・下北沢の本屋B&Bで、「Miyake Book Club」を開催しました。参加者と一緒に新刊を読み、さまざまなテーマについて三宅さんと本屋B&B代表の内沼晋太郎さんが語り合いました。今回は「推し」や「言語化」についてのトークを再構成、紹介します。

文芸評論家・三宅香帆さん
文芸評論家・三宅香帆さん
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人はなぜ集団になると暴走するのか

本屋B&B代表取締役 内沼晋太郎さん(以下、内沼) 今回の新刊は「推し」がテーマです。三宅さんの言葉で『 推したちとどう生きるか 』(新潮新書)を説明すると、どんな本ですか。

文芸評論家・三宅香帆さん(以下、三宅) 私は2023年に『 推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本を出版しました。この本は24年に『 「好き」を言語化する技術 』とタイトルを変えた携書版になりましたが、2024~25年頃には推し活に対するネガティブな反応や、言語化についても功罪が取り沙汰されるようになりました。

 でも、個人的には「いやいや、推し活も言語化もそれ自体が本当に悪いものなのか?」という気持ちがあります。確かに、推し活には「課金競争に走りすぎる」「自分のアイデンティティーを推し活に託しすぎてしまう」、言語化に対しては「自分の言葉よりも人への評価を求めすぎてしまう」「何でもかんでも言語化すればいいわけじゃないだろう」といった批判の声もあります。

 一方で「それって本当に推し活だけの問題なんだっけ?」「言語化だけの問題なんだっけ?」と思ったのが、『推したちとどう生きるか』を書いたきっかけでした。推し活や言語化の問題を突き詰めていくと、この本で書いた「人は集団になったときに暴走する」という共同性の話に行き着きます。私はずっと「集団とは距離を取ろう」というメッセージを発信してきたつもりなんですが、自分が思うよりも人に伝わっていないなと。そこをちゃんと伝えたい、という思いでこの本を書きました。

「推し活や言語化の問題を突き詰めていくと、共同性の話に行き着きます」(三宅さん)
「推し活や言語化の問題を突き詰めていくと、共同性の話に行き着きます」(三宅さん)
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内沼 三宅さんのスタンスとしては共同体から離れたほうがいいと。

三宅 はい。私が一人で本を読む「読書」という行為が好きなのは、「みんながそう言っているけど、本当にそれでいいんだっけ?」と考えるきっかけになるから。本はツッコミを入れる装置として優秀だからです。
 書き手としても言いにくいことを言うときは、動画よりも本のほうが言いやすい。読者も本のほうがメッセージを受け取りやすいという実感があります。

内沼 「書き言葉のほうが思い切れる」んですかね。

三宅 そうですね。誤解されないように話そうと思うと、留保や補助線が増えて、言葉数が多くなってしまう。でも、言葉が多いのは動画向きじゃないんですよね。それに、動画だと明るく話さなきゃいけない。今回のテーマは明るく話すものでもないかなと。

推し活文化のルーツをたどる

内沼 なるほど。今回、『推したちとどう生きるか』を読んで、三宅さんは何冊も本を書いているけど、実はそれがバラバラではなくて、一つの問題系をやっていると分かりました。『 「好き」を言語化する技術 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『 なぜ働いていると本が読めなくなるのか 』(集英社新書)、『 娘が母を殺すには? 』(PLANETS)はそれぞれ全然違う本だけど、『推したちとどう生きるか』の中で交差している。点がつながって星座になっていくような感じを覚えました。

『推したちとどう生きるか』(三宅香帆著、新潮新書)/画像クリックでAmazonページへ
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三宅 そう言っていただけると、うれしいです。自分としては同じ話をしているつもりでも伝わりづらいので、「こういうことに興味がある人なんだ」と分かってもらえるといいですね。

内沼 実はかなり一貫して、同じことを違う角度からやっているんだなと。

三宅 同じ人が書いていると同じものになりますよね。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』と『推したちとどう生きるか』、それから来年に『なぜ夫は病院に行かないのか』という本を出版する予定なのですが、自分の中では「近現代」「戦後」「立身出世」の3部作と考えています。自分の問題系が分かったようで、満足しました。

 『推したちとどう生きるか』は「推しはハレの日を与えてくれる」というアイデアから始まって、民俗学や共同性の暴走について書ければいいなと思っていました。でも、調べていくうちに、推しの文化は立身出世や新中間層から来ているんだと分かりました。

内沼 そこには「現代を生きている人たちの苦しみを解き明かそう」という気持ちもありますか。

三宅 そうですね。それから「自分が気になることを知りたい、書きたい」ですね。

内沼 『推したちとどう生きるか』は新潮社の『波』で連載していた原稿がもとになっていますが、連載時とはずいぶん変わったそうですね。書くのに苦労した部分はありますか。

三宅 「推しとハレ」についての歴史を膨らませて、書き直しました。連載時は4章の「アメリカと共同性と推しの語り口」に関する記述が多かったのですが、書いているうちに戦後にアメリカからエンターテインメントが入ってきて、芸能事務所の発展やジャニーズ事務所、STARTO ENTERTAINMENTができて…という流れと、社会の核家族化、インターネットが登場して、推し活へ…という流れは別物だと分かりました。そのため4章はほかの章とは分けています。

引用したい一節に出合うとアドレナリンが出る

内沼 なるほど。今回の本は注釈や引用文献が多いですよね。

三宅 そうですね。じゃまでしたか?

内沼 じゃまではなかったです。むしろ、文章が分かりやすいからこそ、「論が甘い」と言われてしまいそうなことへの三宅さんの抵抗なのかと。つまり、「これだけ本を読んで、ちゃんと参照して物事を言っていますよ」という証拠なのかと。参考文献が多いから、大変ですよね。

三宅 そうですね。でも、参考文献をきっかけに「この本、面白そう」と思ってもらえたらいいですね。

内沼 「こんな本まで読んでいるんだ」という本がいっぱい出てきます。

「『推したちとどう生きるか』の参考文献だけを集めたフェアをやりたいですね」(内沼さん)
「『推したちとどう生きるか』の参考文献だけを集めたフェアをやりたいですね」(内沼さん)
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三宅 阿久悠さんの本が面白いんですよ。あとは『 成功したオタク日記 』(オ・セヨン著、桑畑優香訳、すばる舎)、漫画の『 ガチ恋粘着獣~ネット配信者の彼女になりたくて~ 』(星来作、コアミックス)もすごく好きで、今回取り上げられてよかったです。読んだことがない人には、ぜひ読んでもらいたいです。

内沼 B&Bで参考文献だけを集めたフェアをやりたいですね。

三宅 わあ、うれしい。実際に触れてもらいたいです。自分でも参考文献を調べているときが一番楽しいです。
 今回の本でも吉見俊哉先生の『 視覚都市の地政学 まなざしとしての近代 』(岩波書店)、登場してくれてありがとう!竹内洋先生の『立身出世主義 近代日本のロマンと欲望』(世界思想社)って素晴らしい! と思いながら読み返していました。

内沼 引用する一節を見つけたときは「あった!」という感じですか。

三宅 そうですね。その瞬間はやっぱりアドレナリンが出ますね。昔に読んだ本や漫画で「面白いんだけど、自分の本では使えない」ということがたくさんあるので、それを引っ張り出してくることができたときはハッピーな気持ちになります。

「読んだ本で、将来引用するかもしれない部分は引用集を作ってまとめています」(三宅さん)
「読んだ本で、将来引用するかもしれない部分は引用集を作ってまとめています」(三宅さん)
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三宅 本の全体的な内容は、しばらくたつと忘却のかなたに行ってしまうことがあるのですが、読んでいて興奮したところ、面白いところはピンポイントで覚えています。『推したちとどう生きるか』でも引用させていただいた『視覚都市の地政学 まなざしとしての近代』は、以前読んだとき、銀座の街がモダンだった理由を説明している部分がすごく面白かったのですが、改めて読み返してみたらやっぱりその部分は覚えていました。

 普段から、「自分が将来的に引用しそう」という部分は引用集にまとめています。メモすることで記憶に残りますし、気になるワードがあったら引用集で検索して、該当部分だけ読み返すこともあります。本によって異なりますが、面白いと思って引用するのは2~3カ所です。紙の本だとスマートフォンで写真を撮るとコピペできるので、地道に引用集をつくっています。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也