アマゾンが上場した際、創業者のジェフ・ベゾス氏は株主に「とあるメッセージ」を伝えた。ビジネススクールの人気教授である大津広一氏は「このときのベゾス氏の表現こそが、ファイナンスとアカウンティングの違いを端的に表している」と言う。ファイナンスを経営と結び付けて分かりやすく解説した大津氏の著書 『ビジネススクールで身につける ファイナンス×事業数値化力』 (日本経済新聞出版)から一部を抜粋してお届けする。
ベゾス氏が株主に伝えたメッセージ
“When forced to choose between optimizing the appearance of our GAAP accounting and maximizing the present value of future cash flows, we’ll take the cash flows.”
「会計上の利益を最適化することと、将来キャッシュフローの現在価値を最大化することのどちらかを選択しなくてはならないとすれば、私たちはキャッシュフローを採用します」
これは、1997年に米国NASDAQ市場に上場したアマゾン・ドット・コムの戧業者であるジェフ・ベゾス氏が、同年度のアニュアルリポート冒頭の株主への手紙(Letter to Shareholders)の中で語ったものです。この文によってベゾス氏が株主に伝えたいメッセージは、いったい何なのでしょうか?
ヒント(2):ベゾス氏が語りかけている相手はあくまでアマゾンの株主。ファイナンスクラスの学生に向けてのものではない。
1997年にアマゾンが置かれていた経営状況
筆者は、ベゾス氏の表現こそが、ファイナンスとアカウンティングの3つの違いを端的に表していると考える。ベゾス氏の言う「会計上の利益を最適化すること」は、アカウンティング理論を重視した経営を意味し、「将来キャッシュフローの現在価値を最大化すること」は、ファイナンス理論を重視した経営と読み取ることができる。
ヒントにも挙げたが、この1文はあくまで株主に対してベゾス氏が語ったものである。すなわち、自社の経営のスタンスを伝えようというものだ。ベゾス氏はアマゾンを創設する前に投資銀行で働いていた経験もあるので、こうした表現が出てくるのだろう。しかし、語りかけている相手は投資銀行の顧客でもなければ、ファイナンスクラスの学生でもない。自社のオーナーである株主なのだ。
1997年といえば、まだネットの黎明(れいめい)期。現代とは違った意味で、ネットの無限の可能性が語られていた時代だ。例えば、リアルな店舗を持った小売店などというものはいつか絶滅する、などと真面目に語られていた時代でもある。そんな時代にアマゾンは上場を果たした。
上場するくらいだから、売り上げは当然しっかりとある。実際に1997年度のアマゾンの売り上げは、1億4700万ドルを超えている。だが、利益はどうだろうか。同年度のアマゾンの営業赤字は2900万ドル、最終赤字は2700万ドルだった。
上場をすれば、どうしても企業は短期的な業績で評価される。四半期ごとに発表される売り上げや利益の動向、すなわちアカウンティングが評価基準となる。アマゾンの売り上げは伸びてはいたものの、それ以上のペースで赤字は拡大していた。いつかこの会社はつぶれる、とアマゾンが最も批判されていた時期である。そんな外部からの評価に対してフラストレーションを感じたためだろうか。ベゾス氏は、この文を株主に向かって発するのである。
会計上は赤字なのに積極投資をした背景
アカウンティングが年間や四半期など企業活動を短期的に、いわばブツ切りにして評価するのに対して、ファイナンスは未来永劫(えいごう)の企業活動を捉えた上での評価を行う。本来、企業はゴーイングコンサーン(継続企業。倒産や解散をせずに、永久に継続することを前提とするという考え方)なのだから、企業を短期的なブツ切りだけで評価することには注意が必要だ。ベゾス氏のメッセージは、いわば次のように表現できよう。
1997年のアマゾンは、会計上は大赤字の企業である。しかし、その先の将来には必ず大きな果実が待ち受けているのだ。大きな果実があると分かっているのに投資を行わないのは、株主への背信行為ともなりかねない。よって、我々は巨額の先行投資を継続する。巨額の投資を行えば、短期的なアカウンティングの利益は犠牲となるが、将来の大きな果実をつかむことができる。それがアマゾンの経営方針であることを理解してほしい。
ベゾス氏が目指したこうした長期的な視点に立った経営を伝えるための比喩表現として、冒頭の文が生まれたのであろう。実際に、この文が含まれている株主への手紙の中に、Long Term(=長期)という言葉が実に8回も登場する。
そしてアマゾンは、2019年1月にアップルやマイクロソフトを抜いて、時価総額で世界トップになった。ネットバブル時と異なり、今度はアカウンティングの黒字も伴った株価である。ベゾス氏からすれば、正しかったのは経営者である自分であり、誤っていたのはアマゾンを批判したアナリストであると、胸を張って叫びたい心境ではないだろうか。
投資・調達の判断に不可欠なファイナンス理論と、事業構想を具体的な数字に落とし込む力(=事業数値化力)はビジネスの基礎力。ポイントを押さえた解説と、講師と受講生のインタラクティブな会話形式でやさしく学べます。
大津広一著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)