小児科医の「ふらいと先生」こと今西洋介さんが『医師が本当に伝えたい 12歳までの育児の真実 親子の身体と心を守るエビデンス』を、ハーバード大小児精神科医の内田舞さんが『小児精神科医で3児の母が伝える 子育てで悩んだ時に親が大切にしたいこと』(いずれも日経BP)を発売しました。2冊とも子育てに悩む親への温かなメッセージです。今回刊行を記念してクロストークを行いました。2回にわたってお届けしますが、前編の今日は、3歳までは母親が子育てに専念しないといけないという「3歳児神話」や親へのプレッシャーについて語ります。

本の冒頭で「3歳児神話」の否定について語った理由

今西洋介さん(以下、今西) 内田先生のご著書、読みました。僕と先生の、育児に対する考え方は似ているので、共感するところが多かったです。期待以上の内容でした。

内田舞さん(以下、内田) ありがとうございます。私も今西先生の本に対して、同じような感想を持ちました。特に印象的だったのは、第1章の冒頭を、「3歳児神話」の否定に費やしてくださっていたことです。

 「3歳児神話」というのは、子どもが3歳になるまでは母親が子育てに専念すべきだという考え方です。今西先生は本の中で、3歳まで母親が子育てに専念しなかった家庭でも、子どもの幸福度や発達に悪影響はなかったという科学的エビデンスを紹介してくださっています。これはとても力強い解説だと思いました。

 日本では親、特に母親に対する「こうすべき」「こうあるべき」という言葉であふれています。それがどんなに「理不尽だ」「根拠がないことだ」とわかっていても、こうした言葉の中で生活していると、その“呪い”にとらわれてしまいます。それが多くの母親を苦しめているものの正体なのではないかと思います。

 ですから、「『3歳児神話』は科学的根拠がない」と言い切ってくれたこの本の冒頭に、私はすごく元気をもらいました。

今西洋介さん(ふらいと先生)(左)と内田舞さん。お互いに医師という立場で子育てについて語りました
今西洋介さん(ふらいと先生)(左)と内田舞さん。お互いに医師という立場で子育てについて語りました
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今西 ありがとうございます。僕もこの部分にはかなり思い入れがあります。僕は15年以上、NICU(新生児集中治療室)で新生児医療に携わっていますが、子どもが病気で入院した時のお母さんの質問で一番多いのが、「私のせいでしょうか?」なんです。でも、ほとんどのケース、ほぼ99%はお母さんのせいではありません。

 小児科の外来でも同じです。「子どもにこんなつらい思いをさせているのは、私のせいなのでは」「私が仕事を辞めた方がいいんですよね」「3歳になるまでは私がこの子をみた方がいいんでしょうか」と聞かれます。「そんなことはないです」と何度も何度も伝えるんですが、それでもお母さんたちの心の中には、疑念が残っていることが多く、とても気になっていました。

 そこで、科学的なエビデンスを示して「そんなことはない」としっかり伝えなくてはと考えて、本の最初にこの項目を入れました。

子どもの病気で真っ先に自分を責める母親たち

内田 初めて先生とお話したとき、赤ちゃんのお母さんが命を絶ってしまうことも少なくないというお話をしてくださいました。もちろん、産後うつなどの精神疾患の影響はあったかもしれませんが、早産でお子さんを出産したことを周りから責められたことや、母乳神話によるプレッシャーなども一因だったようだとのことでした。

 根拠のない“神話”や偏見、デマが、人を苦しめていて、これだけの実害がある。医療者として、これらの背景を科学的に検証し、はっきりと「これは根拠がない」「デマだ」と否定することの大切さをあらためて感じます。

今西 私たちは医学的知識を持っているので「まさかこんな神話やデマを、本当に信じる人はいないだろう」と思いがちなのですが、そんなことはないんです。信じたり影響を受けたりして、傷ついたり自分を責めたりする人はたくさんいます。

 我々は確かに忙しく、限られた時間の中で診療しているので、そこですべてを伝えきるのは難しいところがあるのですが、本などを活用して、丁寧に情報発信しなくてはと思います。

内田 私がいる小児精神科に来られる親御さんたちも、お子さんがうつ状態になったり、不安を感じたりしているのは、自分のせいなのではないか、自分のせいに違いないと、むしろ確信に近いほどに思い込まれていることが多いです。

 でも、うつや不安障害、躁鬱(そううつ)など、子どもたちが経験する精神疾患のほとんどは、生物学的なほかの要因があって、親の子育ての仕方によって大きく変わるものではないんです。親が何をしてもしなくても、おそらくお子さんは同じような発達を遂げただろうと思われるケースの方がずっと多いんです。ですから、初診のときには、その説明に時間を費やすことが多いです。

 親に向けられた偏見やプレッシャーは根強く、それに苦しめられている親が多いことを、実感させられます。

「3歳児神話」には科学的根拠がないという。子育ては「こうすべき」という言説が多く、エビデンスのないものでも、親がプレッシャーに感じてしまう(写真:aijiro/stock.adobe.com)
「3歳児神話」には科学的根拠がないという。子育ては「こうすべき」という言説が多く、エビデンスのないものでも、親がプレッシャーに感じてしまう(写真:aijiro/stock.adobe.com)
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子育ての悩みの背景にある「親へのプレッシャー」

今西 僕には13歳、12歳、5歳の3人の娘がいます。娘が小さいときには、夜泣きをする、なかなか寝ない、保育園への行き渋りがあるなどの悩みがありましたし、思春期になると、勉強や部活、デジタルとの付き合い方など悩みが変わってきます。その世代ごとに、またもちろんその子どもごとに違った悩みが生まれる。育児は奥深いです。

内田 子どもが寝ない、勉強しない、など、親がその時々に抱える一つひとつの悩みに向き合うことに加え、社会から親に向けられる過剰なプレッシャーを指摘し、親自身がもっと気持ちよく生きられるようサポートすることも、私たちの役目だと思うんです。

 ですから、今回執筆した本は、そこにも焦点を当てています。

 私も、子育ての悩みをたくさん聞くのですが、その根底には、「子育てに自信が持てない」「親としての自分、あるいは自分の選択に不安がある」といった、全ての悩みにつながる“何か”があると感じます。勇気を持って一歩前に進んでいい、自分の人生を歩んでいい、親としての決断にもう少し自信を持ってもいい、そして、不安を抱えていてもそれは普通のことなんだ、と伝えたい。そして、親御さんに寄り添って励まし、そっと背中を押せるような本にしたいと思いました。

夜泣きや不登校など、個別の子育ての悩みの根底には、プレッシャーからくる親の「自信のなさ」があるという(写真:buritora/stock.adobe.com)
夜泣きや不登校など、個別の子育ての悩みの根底には、プレッシャーからくる親の「自信のなさ」があるという(写真:buritora/stock.adobe.com)
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今西 それはとてもよく伝わってきます。それに内田先生の本は、先生ご自身が自分の子育ての中で気づいたことを、医師としての臨床の経験や研究者としての知見を生かしながら話してくださっているので、すっと入ってきますよね。

 印象的だったのは、当時9歳だった息子さんのSASUKEのエピソードです。SASUKEの競技で失敗して落ち込んだ時、“I'm sad.”と、弱い自分を言葉にして表現できたのは素晴らしいと思いました。そうなるまでの、葛藤する心理描写もとてもリアルでした。

 さきほど、母親に対する社会的プレッシャーの話がありましたが、男性への社会的プレッシャーもかなり強くて、なかなか僕ら男性は、自分の弱さを見せることができないでいます。男性は強くあるべき、外で働いて稼ぐべき、育児は横に置いておいて仕事をし続けるべきというステレオタイプがまだ強く残っています。

 僕は2カ月ほど育休を取ったことがあるんですが、ある医療関係の女性の方から「先生、そんなに休んだら、(職場に戻ってくる)場所はないよ」と言われました。医療関係者でさえそんな認識なのか、と驚きました。

内田 そもそも育休は“休み”じゃないですよね。

今西 その通りです。育休中は、育児や家事をやったんですが、あの大変さはNICUの当直の比ではありませんでした。エンドレスですから。

内田 そうなんですよね。私も当直は何度も経験していますが、子育てと違って、当直が明けたら次の日は多少休めます。もちろんすぐには行けないこともありますが、トイレにも自分が行きたいタイミングで行けます。でも子育ては次から次に新しいタスクが降ってきて、終わりが見えませんし、何一つ「自分のタイミング」で決められることではありません。

 私も「子育ては大変なんだろうな」と思いながら母親になってみたら、想像を150倍くらい超える大変さでした。今でこそ子育てを通して感じる幸せも想像を超えるものであると言葉にできますが、特に長男が生まれてからの最初の数カ月は、つらい思い出しかないといっても過言ではありません。

今西 子育て中の親に対するサポートは、もっともっと必要だと思います。私たちが書いた本が、親御さんの悩みや不安を少しでも取り除き、子育てに優しい社会につながればうれしいですね。

文/大井明子