有効成分が含まれていない薬を患者に渡し、本物の薬として服用してもらうと、本物の薬のように効いて治ってしまうことがある。こうした現象は「期待効果」「プラセボ効果」と呼ばれ、医療だけでなく日常の様々な場面でも起きている。期待効果の仕組みを知り、うまく活用できれば幸福感や満足感が増し、仕事や生活がより豊かになる。プラセボ効果研究の第一人者、カリン・イエンセンの最新刊『 予測脳 Placebo Effect 最新科学が教える期待効果の力 』(中村冬美・翻訳)から一部抜粋して、人の感覚を狂わせる不思議な力の正体に迫る。

最低の安酒を最高級ウイスキーだと信じ込んだ叔父

 私の叔父は、安酒を使ったいたずらに引っかかったことがあり、わが家ではそれが語り草になっている。叔父は上質なウイスキーが大好きだ。そして私の父の家族には、いたずら好きの人がいた。彼らは安物のウイスキーを高級ウイスキーの空き瓶に詰めた。瓶のラベルには、職人が丹精込めてつくった18年物と書かれていた。

 叔父が一口味わいどう反応するか、彼らは食い入るように見守った。中身が入れ替わっているのに気づくだろうか? 叔父は安物のウイスキーをまるで本物の最高級ウイスキーのようにうまそうに味わったという。

 ウイスキー通の叔父がこんなペテンに引っかかったと、父の家族はこの話が出るたびに、笑い転げた。ここまで完全にだまされて、最低の安酒を最高級の酒だと思い込むなんて、彼はウイスキーの味をどこまで分かっていたのだろうか。

 けれども叔父と同じようにだまされる人はほかにも大勢いる。似たような話は山のようにあるし、バリエーションもさまざまだ。高アルコールのビールを飲んで酔っぱらったら中身はノンアルコール飲料だったと後で知ったとか、ベッドメーカーがあるベッドの値段をかなり上げてより素晴らしい製品になったと宣伝したところ、顧客の満足度も上がったという話もある。

(写真:Shutterstock)
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期待効果とは何か?

 安物のウイスキーをうまいと思ったり、ノンアルコールのビールで酔っぱらったり、値段だけ高い低品質のベッドで気持ちよく眠ったりなど、人の感覚を狂わす不思議な力の正体は何なのか、深く分析されたことはこれまでほとんどない。

 その正体は多くの場合、願望と期待によるものだ。私たちは目の前にあるものが自分の思う通りの味、匂い、寝心地であると予測し、期待を膨らませる。そして、実際にその通りの味、匂い、寝心地だと感じてしまう。

 それは一般に期待効果と呼ばれ、医学的には「プラセボ」あるいは「プラセボ効果」として知られている。安物のウイスキーをおいしく飲める以外にも、特に効き目のある成分が入っていない薬で吐き気が治まったり、華やかなガラス容器に入った高価なシワ改善化粧品で肌が若返り滑らかになったように実感したりするのも期待効果だ。

人は自分が思っているほど合理的ではない

 スウェーデン・テレビ(通称SVT。スウェーデンの公共放送)が、拡大する高級スキンケア製品の市場について調査したシリーズ番組があった。実験用の容器に詰めた有名な高級スキンクリームを被験者たちに使ってもらい、その後、専門家が肌の状態を客観的に測定して効果を分析した。その結果に誰もが驚いた。一番安いスキンクリームと最も高い製品の効果が同等だったのである。

 それは、スキンケア製品を日々使う消費者にとって、重要なガイドとなる娯楽番組だった。とはいえこの類いのテストは、大きな問題の表面だけを取り上げたにすぎない。その問題とは、希望や期待によって、自分の身体の認識や反応がどのように形成されていくかである。プラセボ効果はどのように発生するか、期待値は自分の認識をどこまで左右するか、もっと深堀りする必要がある。

 この事例から得られるのは、消費者をだますことへの批判や笑い話以上に重要な何かだ。一見効果のない薬で病気が治った話や、奇跡のような治療法に興味を抱くのは、気づいていながら実際には説明できない身体の不思議な仕組みについての扉を開くことでもある。

 私たちは、健康食品を買ったり薬を飲んだりするとき、ある程度自分をだましているのではないだろうか。疲労回復をうたうサプリメントは、広告で効果が誇張されていて実際にはほとんど効かないと分かっていても、私はその製品を購入し、飲むことがある。プラセボ効果の研究から得た経験によれば、人間の選択は自分が思っているほど合理的ではなく、自分が何を信じるかに左右される。

偽物の薬が慢性痛に効いた

 私が研究者になり立てのころ、スウェーデン・ストックホルムにあるカロリンスカ研究所での最初の仕事は、慢性痛の患者に新薬をテストすることだった。患者の体調を定期的にモニタリングし、痛みの感覚や身体機能を何百回も測定した。その新薬は以前に海外で治験が実施され、少なくとも一部の患者には良い結果が出ていた。

 そこで、この薬が痛みをどの程度軽減できるのかを正確に調べることが実験の目的だった。3カ月の投与で大部分の患者は症状が改善したが、予想通り、まったく改善しない患者もいた。当然の結果だった。というのも、この研究では、患者の半数に本物の薬を、残りにはプラセボ錠剤を与えていたからだ。

 しかし、実験の終了後、誰が本物の治療薬を服用し、誰がプラセボを飲んだのかを知ったときには本当に驚いた。患者の何人かがプラセボ薬を飲んで良くなっていたからだ。さらに、治験開始前に、私たちは新薬の副作用について被験者に説明したが、プラセボ群の中に、説明と同じ症状を訴える人が少なくなかった。この研究の被験者となった患者は皆、冷静な判断力を持った知的な人たちだった。

期待効果はあらゆるところで起きている

 プラセボ薬がこうした変化を起こし、被験者たちにプラスとマイナスの両方の影響を与えたのはどうしてか。慢性疾患のある人に、なぜ偽薬が効いたのか。長年痛みに苦しんでいる患者の多くは、さまざまな治療を試みたが痛みが大きく緩和されることがなかった人たちだ。

 長引く痛みは、不快感だけでなく大きな精神的負担になる。慢性痛がどういうものか知らない人は、腰痛や歯の痛みを思い出し、それが毎日、何カ月も続き、しかも身体の数カ所で同時に起きている状態を想像してほしい。痛みが不眠症や集中力の低下を引き起こすことも少なくない。たとえ効果がわずかでも、プラセボによって長引く痛みが緩和できたら試す価値はある。その考え方は新鮮で魅力的だった。

 治療における期待の役割を研究するようになってから20年近くになるが、期待効果は医療の現場だけではなく、あらゆるところにあると思うようになった。例えば、スポーツの世界でも、アスリートにはゲン担ぎがつきものだ。

(第2回に続く)

人は無意識のうちに、自分がしようとしていることに「期待(マイナスの期待のときもある)」を持ち、それがメンタル面だけでなく、身体機能にも影響を及ぼします。この期待効果(医学の世界では「プラセボ効果」)を理解することで、仕事も人生もより豊かになります。運動も薬も「効く」と思って実践した方が、絶対にお得な理由を本書で明らかにします。

カリン・イエンセン(著)、中村冬美(訳)、日経BP、1870円(税込み)