決して脅すわけではありませんが、どんなに大志があっても、どれだけ入念に準備をしても、予想だにしないハプニングが次々と起こる――。それが、起業というものです。これは、シリコンバレーで起業をした私自身、身をもって経験したことでもあります。

 ですが、「その覚悟がないなら起業しないほうがいい」なんてことを言いたいわけではありません。むしろ、その逆です。今や誰もが知る大企業も、かつては小さなスタートアップであり、幾多の困難をどうにかこうにかして乗り越えてきたのですから、起業を志すあなたも、きっと何とかなる。そんなことをお伝えしたくて、今回の6冊を選びました。

 これまでに経験したことのない困難にぶつかると、解決へのステップはなかなか想像しづらいものです。しかし、先人たちの成長物語に触れれば、これからやってくるであろう試練への心の準備もできるでしょう。日本だけでなく世界で活躍する起業家まで、数多くのスタートアップが直面した課題や問題を参考に、イメージトレーニングしておくことをお勧めします。

1. 『Founders at Work』 Jessica Livingston著、長尾高弘訳、角川アスキー総合研究所

 著者のジェシカ・リビングストンは、世界的に有名なシードアクセラレータ「Y Combinator」の創設者の1人。シードアクセラレーターとは、主にスタートアップの企業に対して投資を行ったり、事業支援を行う組織のこと。「Y Combinator」はその名門として知られ、「Dropbox」や「Airbnb」もかつて同社の支援を受けています。

『Founders at Work』 Jessica Livingston著、長尾高弘訳、角川アスキー総合研究所
本書は品切れ・重版未定です。古書店、インターネット書店などで入手することができます

 本書は、そんな「Y Combinator」を立ち上げたリビングストンが、今や世界的企業となった「かつてのスタートアップ」、その創業者たちに話を聞いたインタビュー集。

 「Yahoo!」「Google」「Adobe」「PayPal」など、本書では33のスタートアップの主に会社の成り立ち・立ち上がり期について知ることができます。

 リビングストンの質問によって次々と明かされていくスタートアップの成長記録で分かるのは、今でこそ盤石なビジネスモデルを築いている巨大企業も、産声を上げたばかりのころはピンチの連続だったということです。その困難をどう乗り越え、何が突破口となったのか。この本からは起業家たちの飽くなき「情熱」を感じ取ることができるはずです。

2. 『ハッカーと画家』 Paul Graham著、川合史朗訳、オーム社

 プログラマーにとって憧れの言語ともいわれる「Lisp(リスプ)」。本書はLispプログラミングの達人として知られ、作家でもあるポール・グレアムによる1冊です。実は、1冊目で紹介した『Founders at Work』の著者・リビングストンとは夫婦で、「Y Combinator」の創業者かつ中心人物でもあります。

 そんないくつもの顔を持つグレアムによる本書は、ゼロからビジネスをつくり上げる過程でどのようなことが起こるのか、豊富な実例に基づきなら書き記したもの。ITやソフトウエア関連のビジネスに関わる人なら、すでに読んでいる人も多いかもしれません。

 この本は、「ハッカーは、画家や建築家や作家と同じ、ものをつくる人々だ」「ハッカーはルールを破ることで勝つ」など、著者ならではの切り口が光ります。さらに、富のつくりかた、ものづくりのセンス、デザインとリサーチなど、特にテック系サービスの起業を考えるなら、知っておきたいヒントが満載です。

3. 『ブリッツスケーリング』 リード・ホフマン、クリス・イェ著、ビル・ゲイツ序文、滑川海彦、高橋信夫訳、日経BP

 「PayPal」創業に携わり、「LinkedIn」の共同創業者でもあるリード・ホフマンは、スタートアップを支援するエンジェル投資家としても知られています。本書は、数々のスタートアップを見てきた著者が、企業が急成長するときに生まれる「苦しみや困難」について書いています。

 スタートアップはある程度軌道に乗ったら安泰、というわけにはいきません。むしろ軌道に乗ってからが、ジェットコースターの始まりです。猛烈な競争に巻き込まれながらも、スピードを緩めず、むしろブレーキをかけずに突っ走る。そんな状況に自ら追い込まなければ、圧倒的な成功はつかめないからです。

 当然、そんな行為は危険ですし、常にリスクと隣り合わせの恐怖を味わうことになるでしょう。しかしながら、スタートアップの成長フェーズでは「リスク」や「常識」よりも「スピード」を取るべきだ、とホフマンは説きます。起業家として誰よりも早くスケールアップさせたいなら、まず開くべきはこの本かもしれません。

4. 『HARD THINGS』 ベン・ホロウィッツ著、滑川海彦、高橋信夫訳、小澤隆生(日本語版序文)、日経BP

 この本のタイトル「HARD THINGS」は「困難」という意味。シリコンバレーのベンチャーキャピタル「アンドリーセン・ホロウィッツ」を共同創業した著者が、自らが体験したHARD THINGSの数々をつづります。

 自分だけの力では抗いがたい困難というものが、きっと誰にでも一度は訪れると思います。自らの帆をあげ、荒れる大海原に船をこぎ出した起業家たちは、そうした困難に遭遇する確率も高まるでしょう。

 起業家時代のホロウィッツも、世の中の不況、株価の暴落、資金ショート、家族のアクシデントなど、幾多の不運や困難に見舞われました。そして、最終的には起死回生を果たします。

 ホロウィッツが体験した壮絶な試練と、そこから得た教訓を惜しげもなく教えてくれる本書は、「起業によって起こり得る未体験の困難」をシミュレーションするのに役立ちます。起業したいと考えている人にとって、転ばぬ先の杖のような存在になってくれることでしょう。

5. 『STARTUP』 堀新一郎、琴坂将広、井上大智著、NewsPicksパブリッシング

 日本版『Founders at Work』ともいえるのが、この『STARTUP』です。共著者の一人、堀新一郎さんは、ベンチャーキャピタル「Z Venture Capital」の代表も務めており、スタートアップへの投資も行う人物。そんな堀さんをはじめビジネスの手腕にたけた執筆陣が、日本の起業家17人にインタビューしたのが本書です。

 登場するのは、「メルカリ」の山田進太郎さん・小泉文明さん、「BASE」の鶴岡裕太さん、「クラシル」の堀江裕介さん、「ラクスル」の松本恭攝さんなど、私たちの暮らしを豊かにするサービスを生み出した起業家たち。私も起業を経験しましたが、この本はスタートアップの「The Real」と言うべき部分を巧みに描出しており、より現実的な視点で企業の成長過程を知ることができます。

 ただの事例集にとどまらず、17人に共通する「成功の原則」まで見いだせる本書は、まさに日本版「起業家のバイブル」といってもいいかもしれません。

6. 『起業のファイナンス』 磯崎哲也著、日本実業出版社

 ベンチャー投資を行う「Femto Partners」のパートナーを務める磯崎哲也さんが、スタートアップの「ファイナンス(財務)」について徹底的に教えてくれるのが本書です。

 実際に起業をすると、ビジネスの内容だけを考えていればいい状況から一変。資金調達をしたり、投資家を迎え入れたりと、「ファイナンス」に関する仕事がついてまわるようになります。とはいえ、急に財務のプロになるのは不可能ですし、一から勉強し直すのも現実的ではありません。ただし、一定水準以上のファイナンスの知識を身につけておかないと、よからぬ投資家や弁護士などにだまされるリスクも高まります。

 磯崎さんのこの本は、そんな足元のおぼつかない起業家を「だまされないレベル」にまで引き上げてくれる良書の一つ。教科書と言っても過言ではないでしょう。自分自身やスタートアップのメンバーの身を守る上でも、絶対に押さえておきたい「起業にまつわるファイナンスの知識」が詰まっています。

取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)