韓国で「泣けるビジネス書」として話題になった『 会社のためではなく、自分のために働く、ということ(日経ビジネス人文庫) 』(チェ・イナ著、中川里沙訳)。会社で尊重されない、上司と合わないと感じたときにすべきこととは。本文抜粋の第1回。

自分で自分を尊重するには

 退職を2カ月後に控えた秋の日のこと。当時、私のいたオフィスからはソウルタワーがある南山(ナムサン)が一望できた。その眺望のいいオフィスで、私は本当によく働いた。

 その日も夢中で業務をこなしていた。途中、ふと顔を上げて窓の外に目をやると、空はすっきりと青く、日差しがとても気持ちよかった。そのまま外に飛び出して、カフェのテラス席でさわやかな風にあたりながら、大好きな酸味の強いコーヒーを飲みたくなった。

 実際には仕事が山積みだったから行動には移せなかったものの、私は思ったより悲しくなかった。なぜだろう?

「あなたの考えを聞かせてくれる?」

 そのとき私は、「うちの会社は、仕事は多いけどいい会社じゃないか」と思ったのだ。理由はいくつかあるが、私がとくに評価していたのは、自分の意見を聞いてくれる先輩たちの存在だ。先輩たちの口癖は、「あなたの考えを聞かせて」だった。それがどれほど貴重な問いであるかに気づいたのは、ずいぶんあとになってからだ。韓国が先進国に分類されたいまも、意見を述べようとする後輩や部下に「誰がお前の意見を聞いた? 言われたとおりにしろ!」と言ってのける上司がいるのだから。

 会社にいたころ、私たちは常にアイデアに飢えていたので、勤務時間の大半を会議をして過ごしていた。広告代理店だけではなく、多くの人が集まって働く場所はみな同じようなものだろう。ただし、私たちがしていたのはおもにアイデア会議で、それぞれの考えが求められる場だった。「私の考えは……」「それもいいですが、私が思うに……」

 私たちに求められていたのは、新しいものをつくることだった。新しい、つまり存在しないものを生み出すためには、常に思考を巡らせる必要があった。

 もちろん私たちも、数字を意識したり、クライアントの好みやキーパーソンの意向を反映したりした。それでも中心に据えていたのは、問題や答えについて、それぞれのアイデアを出し合うことだった。

 同じ仕事を10年、20年、さらには30年続けていると「打てば響く」ようになり、すっかり慣れると思うかもしれない。ところが私はそうではなかった。新しいプロジェクトを引き受けるたびに緊張し、怖かった。楽なことなんて一つもなかった。

 それなのに、どうやって耐えてきたのだろうか? 時間がたち、経験が積み重なるにつれて大事なことに気づいた。それは、会議室で同僚や後輩とアイデアを出し合っていると、たいていの問題は解決するということ。私たちはそうやって互いのアイデアに耳を傾け、補い合って働いた。その先に、答えが待っていることもあった。

 そんなふうに育ててもらったからだろうか? 私もまた先輩になり、責任ある立場で後輩の面倒を見ながら「それで、あなたの考えは何? あなたの考えを聞かせてくれる?」という質問をたくさんした。そして、もし年俸がいまより大幅にアップするとしても、「言われたとおりにしろ」の文化が横行する会社では、長く働けないだろうという結論に至った。

同僚たちとの話し合いがよりよいアイデアを生み、仕事の問題解決につながった。上司から部下への一方的なコミュニケーションでばかりでは息苦しい(写真:tirachard/stock.adobe.com)
同僚たちとの話し合いがよりよいアイデアを生み、仕事の問題解決につながった。上司から部下への一方的なコミュニケーションでばかりでは息苦しい(写真:tirachard/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

質問とはすなわち尊重だ

 ここで、自分自身にスポットを当ててみよう。あなたは仕事も人生も、主体的に取り組んでいるだろうか? そして、自分自身を愛そうとしているだろうか? 誰かを愛すると、その人を大事にし、尊重するようになる。相手を尊重すると、人はどんな行動を取るだろうか? そう、質問するのだ。何が食べたいのか、疲れてはいないか、どこへ行って何をしたいのか、何を考えているのか、一方的に何かを決めず、愛する人にしきりに尋ねるようになる。

 恋愛を思い浮かべてほしい。誰かを好きになると、その人のことが気になって仕方がなくなる。どんな音楽が好きなのか、どんな映画に誘ったら喜ぶか、いま何を考えているのか、自分のことを考えているだろうか……。相手のことが次から次に思い浮かんで頭から離れない。

 飲食店の場合はどうだろうか。高級レストランでは、前菜やドレッシング、メイン料理、肉の焼き加減、デザート、食後の飲み物など、そのつど質問する。これは客を丁重に扱っている証拠だ。

 一方、軽食を売る店で「ラーメンの麺の硬さはどうしますか?」「トッポギは辛くしますか、それとも辛さを抑えますか?」「ビビンパの目玉焼きは完熟にしますか、半熟にしますか?」とは尋ねない。さっさと食べて席を立ってほしいと思っているからだ。

 質問は、相手を尊重するときにするものだ。自分一人で決めずに相手の意向に沿うのである。好みも性格も違う人に価値観を押しつけることなく、いちいち質問し、意見を反映するのは当然、労力も、時間も、費用もかかる。

 だから相手の意向や意見を尋ねるのは、相手を尊重する行為だ。もし会社の上司があなたの考えを聞いたり、意見を述べたりするチャンスを与えずに一方的に指示をするだけなら、それはたんに性格や年齢のせいではない。後輩であるあなたを尊重していない、愛していない証拠だ。大事に思っていない人の意見は気にならないものだから。

友人や恋人に問うように、自分にも問うことで仕事も人生も主体的に取り組むことができる(写真:fidaolga/stock.adobe.com)
友人や恋人に問うように、自分にも問うことで仕事も人生も主体的に取り組むことができる(写真:fidaolga/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

常に自分に問いかけよう

 自分を愛し、尊重する方法も、他人を尊重する方法と同じだ。常に自分に問いかけるのである。質問がなぜ重要なのかというと、質問をしないと流されるまま生きるようになり、外の流れを自分の考えかのように錯覚してしまうからだ。

 主体的に生きるとは、自分を大事にし、尊重することだと思う。世間に流されるまま、言われるままに従うのではなく、自分は何を大事にしていて、なぜそれを求めるのかをしきりに自問し、それを中心に据える人生のことだ。自分を大事にするなら、世間の流れを追う前に、心の声を聞いてみよう。自分がどんな人間かを知り、その意思に従って人生をコントロールするのだ。

 最近はコツコツと文章を書いて記録する人が多い。あなたもぜひ、自分について書いてみてほしい。自分に問いかけ、考えたことを書くのだ。今日考えたことのなかで、いちばん気に入ったのはどんな考えだったのか、記録してみよう。

 それから、おもしろい本に出合ったら「この本、おもしろいな」で終わらせず、「この本、おもしろかった? どんなところが気に入った?」と自分に訊いてみよう。すると「ああ、私はこういうものが好きなんだ! こういうときに心が動くんだ」とわかるようになる。

 新しく出会った誰かや、映画の主人公をうらやましいと思ったら、「あの人がうらやましいの? どんなところが?」と自分に訊いてみる。すると「私は力のある人の前でも、堂々としてる人に憧れているんだ。うらやむということは、それを大事にしているということ。そうか、私は胸を張れる人生かどうかが大事なんだ」と気づくだろう。

 質問をするとじっくり考えるようになるので、見過ごしていたものが一つずつ見えてくる。それらが積み重なり、のちに重要な選択をするときの基盤になるのである。

 私は重要な選択を迫られると、先輩にアドバイスを求めにいく前にまず自分と向き合い、たくさん自問した。「これがやりたいの? なんで? これをするためにどこまで譲れて、どこからは譲れない?」。一つずつ答えを考え、記録しているうちに、自分の望みや、大事にしているものがはっきりした。

 こんなふうにしたのは、私が世間の基準よりも自分の意思を重んじる人間だからだ。いや、自分に問いかける時間をもったからこそ、自分の意思を中心に据えることができたのかもしれない。

 自問自答は常にやるべきことだが、自分の意見を尊重してくれない会社で、あるいは一方的な指示ばかりする上司のもとで働く人はなおさら、意識して行ったほうがいい。じつは、仕事を指示する上司より、質問をたくさんされる上司のほうが重要なのだ。あなたも自分を大切にするなら、自分に訊いてみよう。

(写真:polkadot/stock.adobe.com)
(写真:polkadot/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示
韓国の大手広告代理店を辞めた著者は、働く人の悩みに寄り添った〈チェ・イナ〉本屋を始める。やがて、その言葉、選書が評判に――。他人の基準や考え方にあわせるのではなく、自分の意思や希望に沿って働くにはどうすればいいのか。働く時間と自分の時間、同僚、上司との関係、転職など、仕事の悩み、もやもやが、読み進めるうちに晴れていく。

チェ・イナ著、中川里沙訳、日本経済新聞出版、1210円(税込み)