「スペースX」という企業は、ロケットの再利用や全世界高速インターネット衛星通信網など、常人では実現できない“奇策”で成長してきました。そのため同社の経営は「天才・イーロン・マスクがやることだから」で思考停止しがちです。が、実はいくつかの補助線を引くと、スペースXのテクノロジーやマネジメントについての考え方は案外すっきり理解できます。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の現役ロケットエンジニアと、ディープテックへの投資経験が長いベンチャーキャピタリストが、ビジネスパーソンに参考になる形で、スペースXの考え方を読み解く書籍『 ロケット開発者と投資のプロが読み解くスペースX 』から、抜粋してお送りします。その第5回。=一部再編集あり、文中敬称略

(写真:Photocreo Bednarek/stock.adobe.com)
(写真:Photocreo Bednarek/stock.adobe.com)

 前回(「宇宙に初めて『規模の経済性』を持ち込んだイーロン・マスク氏 一石多鳥がカギに」)ご紹介した策が当たって、スターリンク通信衛星事業は、スペースXの中核的収益事業へと育ちます。その速度は「爆発的な成長」と呼べるもので、現在の同社の収益はこの事業が支えています。

 ロケットから分離後に、衛星と衛星の距離が空いてくると、一度に打ち上げられたたくさんの衛星が、一列に並んだ星として夕暮れ後の夜空を並んで飛んでくる風景が話題になりました。まるで列車の窓明かりのように見えることから、「スターリンクトレイン」と呼ばれ、全世界でその映像や写真がシェアされるなど、大きなムーブメントが起きました。

三日月と金星をバックに夜空を走る「スターリンクトレイン」(写真:dmf87/stock.adobe.com)
三日月と金星をバックに夜空を走る「スターリンクトレイン」(写真:dmf87/stock.adobe.com)

 2019年から翌年にかけて、ほぼ毎月60機のスターリンク衛星が打ち上げられ、軌道上の総衛星数は1000機に到達しました。そして2026年8月中旬時点で、軌道にあるスターリンク衛星の数は約1万1000機とされています。

スターリンク衛星はどうして平たいのか

 スターリンク衛星は、その平たい板のような形状が特徴です。ロケットのフェアリングの中でまるで食堂の「お盆」のように多数の衛星が積み重ねられて打ち上げられます。

 大きさは約1.5m×3.0m、重さ約250kgの巨大なお盆で、ロケットから切り離され衛星同士がバラバラに分離したあとは、長さ9mの太陽電池パネルが垂直方向に展開し、本体部分に仕込まれた通信アンテナを地球に向けて通信衛星として動作します。なお、この衛星の大きさや重さは第1世代(V1)のもので、第2世代(V2mini)以降は2倍以上に拡張されています。

太陽電池パネルを開いたスターリンク衛星のイメージ。パネルを折りたたむと底部に見える大きなお盆状になる(写真:Dayan/stock.adobe.com)
太陽電池パネルを開いたスターリンク衛星のイメージ。パネルを折りたたむと底部に見える大きなお盆状になる(写真:Dayan/stock.adobe.com)

 スターリンクがデビューする前は、人工衛星の形状は箱型が一般的でした。宇宙空間は大気がないので強烈な太陽光が入射し、周りが真空であるために、日なたの部分は極端に熱く(100℃以上)、日陰の部分は極端に冷たく(マイナス100℃以下)なります。高度約550kmで飛ぶ衛星は、おおよそ45分置きに地球の昼と夜の領域に出たり入ったりしますから、頻繁に高温、低温が切り替わるので大きな負担になります。また、飛び交う放射線や太陽光の紫外線が樹脂材料などにダメージを与えます。

 したがって、バッテリーや半導体チップのような繊細な部品は箱形状の衛星内部に大切に収納し、さらに衛星全体をMLI(多層熱防護膜)でくるみ、内部の温度をなるべく一定にして保護するのが常識でした。

 板のような形状では部品を内部収納できず、打ち上げの振動や音響の影響も大きくなります。しかし、マスクはこの板状の衛星を選択しました。技術的ハードルが高いにもかかわらず、あえてその道を選んだのです。

 最大の理由は、ロケットへの積載効率です。衛星を搭載するための限られた容積に最大限の数の人工衛星を詰め込もうとした場合、箱形状衛星と比較して、平たい板形状は高い密度で搭載できます。

 先行各社に追いつき、追い越し、突き放すには、速やかに通信サービスをスタートする必要がありました。そのためには一刻も早くネットワークを完成させねばならず、そのためには、1つのロケットに搭載できる衛星の数をライバルよりも増やし、ロケットの高頻度打ち上げとの相乗効果で、衛星の数をごく短期間に飛躍的に増加させる必要があったのです。

2019年5月、スペースXはファルコン9にスターリンク衛星60機を積んでの打ち上げに成功した。写真は切り離される前の衛星をロケット側から撮影したもの。アンテナを畳んだ衛星がぎっちり積み込まれている様子がわかる(SpaceX/UPI/アフロ)
2019年5月、スペースXはファルコン9にスターリンク衛星60機を積んでの打ち上げに成功した。写真は切り離される前の衛星をロケット側から撮影したもの。アンテナを畳んだ衛星がぎっちり積み込まれている様子がわかる(SpaceX/UPI/アフロ)

 2019年5月には、最初のスターリンクV0.9衛星60機が一度にファルコン9で打ち上げられました。V0.9という名からわかるように、まさにアジャイル開発のベータ版を担う衛星です。この打ち上げのタイミングで、著者(後藤)はスターリンクが平板型衛星であること、「お盆」をまとめてロケットから切り離し、切り離し後に衛星がバラバラに分離していくことを初めて知りました(スペースXはそれまで一切公開していませんでした)。その発想の斬新さに度肝を抜かれたことを覚えています。

お盆が運んできた「相乗りビジネス」

 2010年代以降、小型人工衛星の開発ブームが興り、世界各国で無数のベンチャーが起業して様々な衛星を開発してビジネスを開始し、また、大学等が教育・研究目的の小型衛星を盛んに開発しました。そのような衛星は数十cm角、数kg~数十kgと小型軽量です。

 しかし衛星を小さく、安く造っても、打ち上げる費用は変わりません。コストを削減するためには、ほかの衛星と相乗りで打ち上げるのが有効。そう考えたベンチャーや教育機関等のニーズに応えるため、スペースXは小型衛星搭載の打ち上げ枠を準備しました。フェアリング内に積み込むスターリンク衛星の数を減らすと、上部に空いた空間ができます。そこに小型衛星搭載用の機構を設けたのです。

 これはスペースXにも、小型衛星事業者にもメリットがあります。スペースXはスターリンクの打ち上げ機会を利用して、新たな顧客に低コストで打ち上げ機会を提供できます。サービスに満足してもらえれば、継続して使ってもらえる安定顧客になるでしょう。小型衛星事業者にとっては、低い費用で、高い打ち上げ頻度のファルコン9に「座席」を用意してもらえます。

 衛星の開発が難航して打ち上げに間に合わなかった場合でも、スペースXが請求するキャンセル料は安く、次の打ち上げ機会も提供してくれます。スペースXにしてみれば、キャンセルが出て打ち上げ能力に余裕ができれば、次なりその次なりに打ち上げを予定していたスターリンク衛星を隙間に詰めて打ち上げればいいだけですし、新たな小型衛星打ち上げの注文が入ったら、その重さに合わせてスターリンク衛星をどかして、打ち上げ能力と場所を空ければいいわけです。

 小型衛星事業者にとっては、コストが安くてこちらの都合に柔軟に対応してくれる、スペースXにとっては、お客さんからお金をもらいながら自社の事業用の衛星の打ち上げができる。平たい形状のスターリンク衛星が、Win-Winの関係を生んだのでした。

箱形を提案した設計チームが全員クビに

 スターリンク衛星の設計が箱型か、お盆のような平板型か、を選択するところで有名なエピソードがあります。今となっては広く知られるようになりましたが、著者(以下、後藤)はかなり当事者に近しい人から、その事件のすこしあとに話を聞きました。

 最初の衛星開発チームは、おおまかな衛星の設計ができたあと、段ボールで箱形状の衛星モデルを作ってマスクに説明したそうです。「ここが太陽電池パネルで、ここがアンテナで……」と説明を始めた衛星開発チームにマスクは怒り、あっさりとチーム全員をクビにした。

 マスクは自分と同じ視点に立っていなかったことに腹を立てたのだと思われます。君たちは、スターリンクの衛星設計の何が重要な点かを全く理解していない、と。

 しかし、著者(後藤)だったらクビにされたチームと同じことをしたでしょう。衛星を箱形状に仕上げるのは、設計上のイロハのイです。チーム員はこれまでの仕事の基本を否定されて首にされたのですから、さぞかしショックだったと思います。

 チーム全員をクビにすることでそれが伝説となりますから、次に雇われたチームへのプレッシャー、別の部署のメンバーの気を引き締める効果を狙ってマスクが仕掛けたショック療法だった、という側面もあったかもしれません。優秀な経営者ですから、いろいろなテクニックを使うのでしょうが、個人的な印象では、マスクは「素」でそれをやっていると思います。経営者としてのマスクをどう見るか、そしてそれがスペースXの事業にどう影響を与えるかは、共著者の小松と私とで書籍の一章を割いて討論していますので、ご興味があればお読みいただければ幸いです。

[日経ビジネス電子版 2026年9月16日付の記事を転載]

スペースXはなぜ2日に1回ロケットを打ち上げるのか? この会社が成功している理由は、物理学の原理を利用しながら、ビジネスの原則を徹底的に貫いているからだ。ロケットの打ち上げ頻度を高度な技術で跳ね上げることが圧倒的な価格競争力につながった。数多くの失敗や危機を原理原則にこだわり抜いて突破したスペースXの技術と経営を、専門家が分かりやすく読み解く、ビジネスヒントにあふれた1冊です。

小松伸多佳、後藤大亮(著)/日経BP/2200円(税込み)