誰しもが起業や独立を目標にしているわけではないと思います。ですが、名だたる起業家たちのマインドに触れることは、例えば、同期よりも早くやりたい仕事ができるようになったり、先を読む視点を身に付けて自分の市場価値を上げたり、いわば「勝ちの戦法」を知るために欠かせません。
また、「天才」と呼ばれる起業家たちは称賛を集めるだけでなく、「狂気」と揶揄(やゆ)されることも常です。“破天荒”なその仕事ぶりや人物像からは、優等生であり続ける必要性はなく、時に周囲を振り回し、翻弄してでもビジネスを前進させることの大切さを学べるでしょう。
今回選んだのは、時代の潮流をつくり出した巨人たちの足跡を、臨場感たっぷりにたどることができる11冊。近年のインターネット産業を作り上げてきた天才起業家たちを中心に抜粋してみました。今、大きな野心を抱いている人はもちろん、平穏無事に会社員生活を送りたいと考えている人も、「仕事と人生」を測る物差しがひと回りもふた回りもスケールアップすること請け合いです。
イーロン・マスク氏
1. 『イーロン・マスク』 アシュリー・バンス著、斎藤栄一郎訳、講談社
電気自動車メーカーの「テスラ」、宇宙開発ベンチャーの「スペースX」、脳埋め込みデバイスを開発する「ニューラリンク」など、世界を驚かせる事業を次々と展開するほか、Twitterの買収劇でも世間をにぎわせたイーロン・マスク。影響力のある起業家として、今真っ先に思い浮かぶのはこの人でしょう。
テクノロジー分野で活躍する作家、アシュリー・バンスによる本書は、イーロン・マスクが世界にいかなる革命を起こしてきたかを書き記した評伝です。しかし、その中で語られるのは、ビジネス面における輝かしい功績だけではありません。
私からすると、「これだけむちゃくちゃなことをやってきてよくビジネス界に生き残っているな」というのが率直な感想です。普通の人なら途中で降りるか、派手にコケて大けがをしそうなものですが、そこはさすがのマスク。ビジネスパーソンとしても人間としても、生命力の強さがほとばしるエピソードが満載なのです。
マスクのまねをする必要は全くありませんが、「天才」と「狂気」の両面を体現するその姿に、固定観念を打ち破るきっかけがもらえると思います。
ジェフ・ベゾス氏
2. 『ジェフ・ベゾス』 ブラッド・ストーン著、滑川海彦解説、井口耕二訳、日経BP
今や数多くの国でインフラの一つになっているAmazonですが、その創業者ジェフ・ベゾスとは、一体どんな人物なのか。生い立ちからビジネスの成功までを、著者が300回以上も関係者に取材し、克明に書き記したのが本書です。
世界のトップを走るテックカンパニーは、アメリカ西海岸にある「シリコンバレー発」の企業が数多く名を連ねています。私もかつてシリコンバレーで起業しましたが、シリコンバレーには独自の文化や考え方があり、ある意味それが「成功法則のスタンダード」になっている側面もあります。
そんな中、Amazonはシアトルでその歩みをスタートさせました。この本の面白いところは、シリコンバレーのやり方とは一線を画する、ベゾス独自のビジネス戦略を垣間見ることができるところ。例えば、シリコンバレーの企業が「利益の最大化」を追求する間も、ベゾスは「顧客価値の最大化」を優先するなど、成長過程において独自戦略を取りました。
イノベーションは必ずしも、従来の成功法則に従うことで起こるわけではありません。他人の考えに迎合するのではなく、「周囲とはちょっと違った考え方」でやってみてもいいはずだ――。本書でベゾスとAmazonが教えてくれるのは、「独自のやり方」を貫く姿勢です。
ピーター・ティール氏
3. 『ゼロ・トゥ・ワン』 ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ著、瀧本哲史序文、関美和訳、NHK出版
著者のピーター・ティールは、イーロン・マスクと共にPayPalを経営した人物です。「ペイパルマフィア」と呼ばれた起業家集団のメンバーとしてもその名をはせ、「YouTube」をはじめ数々の企業の立ち上げに関わった優秀な投資家でもあります。本書は、ティールの母校、スタンフォード大学で行った起業講義録をまとめたもので、スタートアップを考える人にとってはバイブル的な1冊といえるでしょう。
彼も名だたる経営者に負けず劣らず「個性的」な人物ですが、その手腕の特筆すべき点は「いかに相手を出し抜いて勝ち抜くか」に圧倒的にたけていることです。つまり、その戦法やマインドを知ることは、同僚や同期、市場の競争相手に一歩も二歩もリードして勝てる最短ルートを知ることにつながります。
ちなみに、マスクには怒られるかもしれませんが、マスクがゴリゴリの「武闘派」だとすれば、ティールはスマートな「頭脳派」です。互いをリスペクトし合う両者ですが、ここで紹介したそれぞれの本を読んで考え方の違いを比べてみると、お互いがなぜ引かれ合い尊敬し合っているのかが分かり、面白いと思います。
江副浩正氏
4. 『起業の天才!』 大西康之著、東洋経済新報社
日本の起業家として、絶対に外してはならないのが江副(えぞえ)浩正さんです。江副さんは、みなさんもご存じの大手企業・リクルートの創業者。戦後最大の企業犯罪ともいわれる「リクルート事件」の後、同社は1.8兆円もの負債を背負いましたが、10年という社会常識では考えられないスピードで完済。この「不可能を可能にする」圧倒的経営手腕こそが、江副さんの真骨頂です。
本書では、強烈な逆風に立ち向かう江副さんの姿はもちろん、求人広告・企業採用の仕組みでどのように世の中を変革してきたのか、リクルートという会社のDNAを知ることができます。
個人的に興味深かったのは、江副さんは東京大学の教育学部で心理学を学んでいて、リクルートがつくった人事制度と採用の方法には「心理学のテクニック」がふんだんに盛り込まれていたという点。そうしたビジネスセンスは、まさに天才というほかありません。
若い人は「リクルート事件」を知らない人も多いかもしれませんが、テクノロジービジネスに特化していないにもかかわらず、短期間で日本を代表する巨大企業をつくった「江副浩正」という人物がいたことは、知っておいてほしいと思います。
孫正義氏
5. 『孫正義300年王国への野望』 杉本貴司著、日本経済新聞出版
6. 『志高く 孫正義正伝』 井上篤夫著、実業之日本社
こちらの2冊は、いずれもソフトバンクの創業者・孫正義さんについて記したものです。特に、日本で誕生したソフトバンクが海外でどのような軌跡を経て現在に至るのか、その足取りがよく分かる内容です。
私が考えるに、孫さんは日本の創業経営者の中でも、「圧倒的にむちゃをしてきた」人の一人でしょう。孫さんの創業したソフトバンクほど軽いフットワークで色々な事業を立ち上げ、それらのほとんどが「負けずに生き残っている」という企業は、世界中を見回してもなかなかありません。
植えた苗をもれなく大樹に育てる企業としての生命力は、すなわち経営者のパワーなのだと実感できる2冊です。もちろん、大きな成功には大きな失敗も伴うもの。孫さんの足取りをたどると、自分の失敗なんてちっぽけに見える、スケール感の大きな「失敗の在り方」も学べます。
三木谷浩史氏
7. 『突き抜けろ 三木谷浩史と楽天、25年の軌跡』 三木谷浩史監修、幻冬舎
8. 『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』 大西康之著、日本経済新聞出版
楽天の創業者・三木谷浩史とはいかなる人物かがよく分かる2冊。1997年にわずか6人で創業した楽天は、ネットショッピング、ネット銀行、クレジットカード、電子書籍、そして携帯電話と新規事業を開拓し続け、言わずと知れた日本屈指の企業になりました。この2冊では、楽天の成長と躍進の裏にどんな経営判断があり、失敗があり、熱い物語があったのかが書かれています。
携帯電話事業の不振など、何かとネガティブな報道をされることも少なくない楽天ですが、この2冊を読めば、三木谷さんが徹底して「挑戦」し続ける姿勢を崩さない、タフなビジネスパーソンであることが分かるはずです。それは、経営者として何ものにも代え難い資質だと感じます。
三木谷さんは私の元上司でもあるため、多少バイアスがかかっている点はご承知おきいただきたいものの、多少ネガティブな報道があろうと、「この人が率いている楽天ならばきっと大丈夫だろう」、そう思わせる説得力がこの2冊を読むと感じ取れるはずです。楽天OBの私の本棚から、応援の意味も込めて選ばせていただきました。
山田進太郎氏
9. 『メルカリ 希代のスタートアップ、野心と焦りと挑戦の5年間』 奥平和行著、日経BP
孫正義さん、三木谷浩史さんよりも下の世代で、日本のマーケットに革命を起こしたのが、メルカリ創業者の山田進太郎さんです。メルカリがどのようにスタートし、いかなるスピード感で成長を遂げ、上場に至ったのか。その一連の軌跡を丁寧に追いかけている本書は、今回紹介する「起業家」関連本の中でも、私がとりわけ好きな1冊です。
設立5年でユニコーン企業(企業評価額が10億ドル以上の非上場ベンチャー企業)になるというのは、並大抵のことではありません。スタートアップとしての野望を夢物語に終わらせず、見事実現させた手腕、もっと具体的にいえば、チーム力やリカバリー力などをビルドアップする才能には思わず脱帽したくなります。
ただし、スピード感があるということは、どこかにぶつかったり、けがをしたりするリスクも増えるということ。それらのリスクを乗り越える過程もまた、同社が急成長を遂げるために必要な成長痛だったのだと思わせる説得力があります。若者から高齢者まで幅広く愛用されている「メルカリ」、ビジネスパーソンならその誕生秘話を知っておいて損はありません。
辻庸介氏
10. 『失敗を語ろう。』 辻庸介著、日経BP
著者の辻庸介さんは、金融系ウェブサービス・マネーフォワードの創業者。本のタイトルの通り、マネーフォワードの歩みは決して順調なものではなく、失敗やトラブルの連続だったことが分かる1冊です。
スタートアップの経営者というと、才走っているが故に「怖い」とか「厳しい」という印象を与える人も少なくありません。ですが、辻さんは物腰が柔らかく、人の話にも静かに耳を傾けるタイプの経営者。手の内を隠さず、見えを張らず、「こんなにたくさん失敗してきました!」と開示してしまうその明るさも、次世代の社長像を感じさせます。
孫さんや三木谷さんのような猛烈な経営者に憧れこそすれ、自分にはとてもまねできないと考える人は少なくないでしょう。ですが、辻さんのようにマイルドかつソフトな印象の経営者でも、マネーフォワードのような巨大企業をつくれるのです。新たなリーダー像や起業家に本当に大切な資質とは何かを学べる1冊だと思います。
ネットバブルの起業家たち
11. 『ネット興亡記』 杉本貴司著、日本経済新聞出版
最後に紹介するのは、1人の起業家にフォーカスしたものではありません。日本のネット産業が勃興した平成から、令和の現在に至るまでの、起業家たちの苦悩と挑戦を描いたノンフィクション作品です。アメリカでインターネット・バブルが起こったのが1990年から2000年代初め。日本では2000年から2004年までネット・バブルが起き、数々のベンチャー企業が誕生しました。
今でこそ、私たちが当たり前に享受しているさまざまなネットサービスが、実は苛烈な攻防戦を繰り広げていた過去があるということ。さらに、米国のサービスが上陸を果たす中、日本の起業家たちは何を思っていたのか。本書では、インターネット・バブルのキーパーソンと主要な出来事にスポットを当てながら、じっくりと掘り下げていきます。
これまで「当たり前ではなかった」ものが「当たり前になった」のは、大きな歴史のうねりと挑戦者たちの苦難があったからこそ。光のみならず影の部分にも迫る本書は、ノンフィクションとしてはもちろん、「ネット産業の日本史」としても秀逸なので、デジタルネーティブの若い人にこそ読んでほしい1冊です。
取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)










