日経文庫・新書統括編集長 平井修一(以下、平井) 日経ビジネス人文庫は2000年10月に刊行され、今年25周年を迎えました。きょうは、注目の新刊やベストセラーの制作裏話を担当編集者たちとともに紹介したいと思います。

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 出版業界のなかでは、文庫本の売れ行きは減ってきているといわれていますが、そのなかで日経ビジネス人文庫は健闘しています。さまざまな分野の著者ならではの教養あふれる内容を、やわらかく面白く書いているのが評価してもらえているのではないかと思います。

 1冊目に紹介する『最後はなぜかうまくいくイタリア人』も好調な売れ行きですね。

コロナ明けにSNSで話題となり重版を重ねて10万部を突破

『最後はなぜかうまくいくイタリア人』宮嶋勲著

『最後はなぜかうまくいくイタリア人』宮嶋勲著
『最後はなぜかうまくいくイタリア人』宮嶋勲著

日経BOOKSユニット 第1編集部 桜井保幸(以下、桜井) この『 最後はなぜかうまくいくイタリア人 』は、2015年に出た単行本を2018年に文庫化しました。私は文庫化を担当したのですが、基本的には手を加えず、デザインや帯コピーを工夫したくらいでした。

 この本はもともとの完成度が高いんです。著者であるワインジャーナリストの宮嶋勲さんが、実体験をもとにイタリア人の国民性や行動様式について、やわらかいタッチで書いています。

 文庫化してすぐに重版がかかり、さらにコロナ明けあたりから突然売れ出し、次から次へと重版がかかりました。トータルで10万部を超えていますが、コロナ明けで「もう少し肩の力を抜いて、気楽に生きたい」という私たち日本人の気分とマッチして、これだけ読まれたのだと思います。

平井 コロナ明けだと22年ごろですね。フェイスブックやSNSでも話題になっていましたね。

桜井 そうですね。X(旧ツイッター)の投稿も増えました。日経BOOKプラスでも抜粋記事を公開したり、単行本刊行時に書評記事を書いていただいたエコノミストの浜矩子さんと著者の宮嶋さんの対談も仕掛けました。

 そういえば、全国の書店に呼び掛けて本書のPOPコンクールも行いました。いろいろな販促にもチャレンジしましたね。

平井 POPコンクールでは、いろいろな書店で工夫をこらした展開をしてもらいました。最優秀賞になった書店ではローマの「真実の口」をモチーフにした販促物を作っていて、とても完成度が高かったですね。応募の写真が届いたとき、「これは最優秀賞を本気で取りにきているな」と社内でも話題になりました(笑)。

桜井 紙粘土で「真実の口」をつくってくれたんですよね。私はイタリア人の知り合いはいません。この本に出てくるようなイタリア人が友人にいたら楽しそうだな、と思いましたよ。同僚や上司にいるとけっこう面倒くさいかもしれないけれど(笑)。

 「時間にルーズで無計画だけど最後は何とかする」とか「何事もダメもとでトライして、薄いコネでも問題を解決する」とか「食卓の時間を何よりも大切にする」とか、日本とは対極のエピソードが紹介されています。でも、そうしたイタリア人的な行動様式が許される社会のほうが楽しそうです。涙もろかったり、家族や友人を大事にしたり、ちょっと『男はつらいよ』の寅さんみたいで、ひと昔前の日本人に通じる部分もあると思います。

平井 イタリア人に続いては『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』(ミレイユ・ジュリアーノ著、羽田詩津子訳)です。

「実践したら本当に体が変わった」人が続出

『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』ミレイユ・ジュリアーノ著、羽田詩津子訳

『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』ミレイユ・ジュリアーノ著、羽田詩津子訳
『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』ミレイユ・ジュリアーノ著、羽田詩津子訳

日経BOOKSユニット 第1編集部次長 長澤香絵(以下、長澤) この本の親本は2005年に出ました。著者でフランス人のミレイユさんは大学卒業後に渡米し、LVMH傘下のヴーヴ・クリコ社のアメリカ現地法人クリコ社の開設に携わり、社長兼CEOを務めた人です。

 ミレイユさんは米国への留学経験があり、そのときにかなり太ってしまったらしいんですね。徹底的にダイエットをして元の体重に戻したそうですが、なぜフランスにいたときは太らなかったのに米国の生活では太ってしまったのか。その体験をもとに、この本ではフランス人が普段どんな生活をして健康とスリムな体型を維持しているかが書かれています。

日経BOOKSユニット 第1編集部 幸田華子(以下、幸田) フランス人の生活習慣やルールが書かれていて、読むと、なぜ「年間300回、外食をしても太らないのか」が分かります。最初から順番に読んでもいいですし、巻末には40のレシピが紹介されているので、そこから読んでも楽しめます。フランス人は食べたいものを我慢するのではなく、カロリーの高いものをほかのものに置き換えているんです。その一例として、この本では「パイ皮なしのアップルタルト」といったレシピを紹介しています。

長澤 2005年に単行本が出版されたときは『フランス女性は太らない 好きなものを食べ、人生を楽しむ秘訣』というタイトルでしたが、今回は「ことさら『女性』と入れなくてもいいのでは」と議論になりました。実際に男性にも効果があり、私の夫も「たくさん水を飲む」という方法を試したら、2キロ程度やせたんですよ。

桜井 え、毎日、水を飲むだけで?

長澤 はい。同時に、この本に書いてある「1回の食事で何かを250g食べたら多すぎる」という記述も参考にして、お肉などを食べすぎないようにしていました。個人的には男女ともに効果的だと思います。

幸田 私が担当している別の本の著者はヨーロッパ圏に留学していたそうで、「この本を読んで、当時出会ったフランス人の生活を思い出した」と伝えてくださいました。そして「ランチでギョーザやラーメンといった炭水化物ばかり食べないように気をつけるようになった」とも。私もお水をたくさん飲むために水筒を買い替え、意識して階段を上り下りするようになったんです。自分の普段の生活を見直すきっかけになる本だと思います。

平井 次は『オランダ人のシンプルですごい子育て』(リナ・マエ・アコスタ、ミッシェル・ハッチソン著、吉見・ホフストラ・真紀子訳)です。編集部の裏話としては『最後はなぜかうまくいくイタリア人』がよく売れた。それならば、と『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』を出したら、こちらも好評だった。そこで次はオランダ人だ、ということで文庫化したんでしたね。

肩の力を抜いた子育てなのに、なぜか子どもたちが世界一幸せ

『オランダ人のシンプルですごい子育て』 リナ・マエ・アコスタ著、ミッシェル・ハッチソン著、吉見・ホフストラ・真紀子訳

『オランダ人のシンプルですごい子育て』 リナ・マエ・アコスタ著、ミッシェル・ハッチソン著、吉見・ホフストラ・真紀子訳
『オランダ人のシンプルですごい子育て』 リナ・マエ・アコスタ著、ミッシェル・ハッチソン著、吉見・ホフストラ・真紀子訳

日経BOOKSユニット 第1編集部 三田真美(以下、三田) 『フランス人はなぜ好きなものを食べて太らないのか』が文庫化された直後に、「ヨーロッパ人シリーズの第三弾を」とむちゃぶりされてつくった本です(笑)。

 この本はもともと2018年に『世界一幸せな子どもに親がしていること』というタイトルで出版されました。先に出ていたイタリア人、フランス人のトーン&マナーを踏まえて文庫化しようとしたのですが、フランスとオランダって国旗の色が同じなんですよ。だから表紙の色が同じになってしまう……と悩んでいたら、オランダはサッカー代表のユニフォームがオレンジ色だということで、こちらの表紙になりました。

平井 イタリア人、フランス人とイラストレーターは同じ方ですか。

三田 いいえ、それぞれ違います。装丁家は同じなので、3冊とも違う内容ですが、並べてみるとシリーズ感がありますよね。

表と裏がつながった一枚の絵で構成されているのもかわいい
表と裏がつながった一枚の絵で構成されているのもかわいい

 著者は、米国人のリナさんと英国人のミッシェルさん。2人が育った米国、英国は、やはり学歴重視の競争社会で、「勉強しろ」「いい成績を取れ」と追い立てられて育ってきたそうです。ところが、オランダ人と結婚してオランダに移住したら何かが違う。小学校のうちは宿題が少なく、テストで序列もつけない。子どもの幸福度ランキングで世界一になったことがあり、学力も高い。これはいったいどういうことだ、と2人が周囲のママ友やパパ友に問いを投げ、ブログにまとめたところ評判に。それを書籍化したものの翻訳書です。

 面白いのは、オランダでは自転車に乗ることを重視しているということ。日本の水泳のように検定級があって、交通ルールや乗り方を学ぶそうです。それから「ママ友は家に呼ばずに外で会う」「朝食はパンとチョコレートでOK」「夕食は作り置きか残り物」「クリスマスや誕生日のプレゼントは10ユーロ以下か手づくり」「洋服はリサイクル」といったように、肩の力を抜いた子育てメソッドがずらり。しかも、子育てだけではなく、オランダならではのシンプルライフも分かるので、書店では、教育コーナーだけではなく教養コーナーにも展開しています。興味のある小見出しから読んでもらっても楽しめます。

平井 子育てにプレッシャーを感じている人が読むと救われそうですね。

三田 読むと「そんなに気負わなくてもいいんだ」と分かります。育児も家事ももっとシンプルでいいんだと思えるかもしれません。

平井 日本の親は頑張りすぎなのかもしれませんね。今、ヨーロッパ人シリーズはイタリア、フランス、オランダと出ていますが、続編も考えていきたいですね。

 続いては『整える習慣』『リセットの習慣』『はじめる習慣』の3部作です。

シリーズ累計で45万部を突破

『整える習慣』小林弘幸著

『リセットの習慣』小林弘幸著

『はじめる習慣』小林弘幸著

日経BOOKSユニット 第1編集部 酒井圭子(以下、酒井) こちらの著者は順天堂大学医学部教授の小林弘幸さんです。刊行は、2021年に『整える習慣』、2022年に『リセットの習慣』、2023年に『はじめる習慣』となります。そもそもは、桜井保幸さんがビジネス人文庫の編集長だったときに「ビジネス人文庫のシリーズの中に自律神経をテーマとした本があるといいよね」という言葉がきっかけで、自律神経研究の第一人者である小林さんにお話を伺いに行ったのが始まりです。

桜井 そうでしたね。覚えていますよ。

酒井 当時、小林さんは『医者が考案した「長生きみそ汁」』など、数々の本を出されていました。この『整える習慣』も2015年にKADOKAWAから出版された『一流の人をつくる 整える習慣』がもとになっています。

『整える習慣』小林弘幸著
『整える習慣』小林弘幸著

 当初は2020年の春ごろの出版予定でしたが、コロナ禍が始まり、小林さんにも大幅な加筆修正をお願いして2021年の刊行となりました。この『整える習慣』では、パフォーマンスが落ちた自分の心と体をどう整えていくかに着目しています。

 2冊目の『リセットの習慣』は、悪い流れに乗ってしまった心身をどう整えるかを書き下ろしていただきました。

『リセットの習慣』小林弘幸著
『リセットの習慣』小林弘幸著

 コロナ禍も大変な時期でしたが、台風が来るとドキドキするように、非常事態には少し気分が高揚する部分もありますよね。そうしたマイナス方向に高揚した気持ちをリセットする内容となっています。

 3冊目の『はじめる習慣』も書き下ろしです。コロナ明けにどうやって動き出せばいいかがテーマです。

『はじめる習慣』小林弘幸著
『はじめる習慣』小林弘幸著

 当初はシリーズ化を考えていたわけではないのですが、3冊そろうと現在を『整えて』、過去を『リセット』し、未来にどう踏み出し『はじめて』いくかが分かる内容となっています。小林さんからも「このシリーズに背骨が通りましたね」と言っていただいて、うれしかったですね。個人的には、書籍の他に小林さんの『 日めくりカレンダー 毎朝1分の整える習慣 』も担当できたこと、そしておかげさまでシリーズ累計で45万部を突破できたことが良い思い出です。

平井 刊行の時期がコロナ禍、コロナ後と重なっていたこともあり、この本に救われた方も多かったと思います。「朝起きたら水を飲む」「落ち込んだら階段を上り下りする」とすぐに始められる習慣が書かれているのもいいですね。

酒井 「腹6分目」というメソッドもありましたね。この3冊を読むと、小林さんご本人もコロナ禍で心身がくじけそうになっていたときにどうやってそれを乗り越えたかが分かると思います。

平井 最後は『知的戦闘力を高める 独学の技法』です。

人気著者・山口周さんの初期の本の文庫化を実現

『知的戦闘力を高める 独学の技法』山口周著

『知的戦闘力を高める 独学の技法』山口周著
『知的戦闘力を高める 独学の技法』山口周著

日経BOOKSユニット 第1編集部 永野裕章(以下、永野) こちらは2017年にダイヤモンド社から出ていた山口周さんの『知的戦闘力を高める 独学の技法』がもとになっています。

  『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社) など、2017年以後、たくさんの山口さんの本がヒットし、そこで山口さんのファンになった方が、今回この文庫版を手に取ってくださったのだと思います。

 山口さんの初期の本はコンサル色が強く、この本も「そもそも何をインプットすべきか?」という戦略面から、「インプットした情報をどのように抽象化・構造化するか」そして、「どうアウトプットするか」という実践面まで、解説されているのが特徴です。

平井 8年前に出された山口さんの初期の本を発掘したということですよね。永野さんはどうやってこの本を見つけたのですか。

永野 すべての著作を拝読したのですが、本書は発売から8年を経ても鋭く古びない山口さんのノウハウや視点がとても興味深く、文庫化することで本書を知らない方にも届けられそうだなと思いました。

平井 なるほど。考えてみると、他社で出た単行本を我々が文庫化するのは、ちょっと不思議なシステムに思われるかもしれないですね。

桜井 単行本を出した出版社が、文庫のレーベルを持っていないこともあります。それに、他社の単行本で売れなかった本は、文庫化しても売れにくいことが多い。そもそも売れている単行本は文庫化の権利がもらえないこともあります。

平井 そのあたりは「いかにOKをもらえる依頼をするか」という編集者の腕の見せどころでもありますね。日経ビジネス人文庫で文庫化することによって新しい価値を加えることも、文庫化における編集の醍醐味だと思います。ここにいる皆さんの目利きのおかげで、このように文庫化されたヒット本がたくさん生まれていることに感謝します。

文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集)