2015年、出版業と宿泊業という異色の組み合わせで真鶴出版を立ち上げた川口瞬さんと來住友美(きしともみ)さん夫妻。出版を手がけたい川口さんと宿を運営したい來住さん、それぞれのやりたいことをかけ合わせた拠点を神奈川県真鶴町につくりました。「探訪!ひとり出版社」真鶴出版編の2回目は、東京のIT企業勤めから一転、フィリピン滞在を経て真鶴に移住した経緯や、やりたいことを探すために雑誌づくりをした話など、川口さんが真鶴出版を立ち上げるまでの話を伺います。

雑誌をつくりながら、自分のやりたいことを探していた
真鶴出版は川口さんひとりで運営されていますが、なぜ出版を始めようと思ったのですか?
メインで動いているのは僕ひとりですが、普段からスタッフの山中美友紀さんが手伝ってくれているし、妻にも相談しながら進めているので、完全にひとりで本をつくっている感覚はあまりないんです。
もともと大学4年のときにSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS(SPBS)でインターンをしていて、少しだけ出版に関わる経験をしました。SPBS代表の福井盛太さんから「起業って、そんなに大それたことじゃないんだよ」と言われて、起業に興味を持ったんです。ただ、大学3年のときに都内のIT企業から内定をもらっていたので、そのまま就職しました。会社員生活も楽しかったのですが、心のどこかで「いつか自分で何かを始めたい」という思いが残っていました。
でも当時の僕は、やりたいことが何か分からなかった。それで、これから何をするかを探すために雑誌をつくることにしたんです。「働く“合間”に雑誌をつくって、働き方について考える」というテーマで、インドやデンマークで働く人たちを取材して、リトルプレス(個人や団体が自らの手で制作した少部数発行の出版物)「WORLD YOUTH PRODUCTS(WYP/ワイプ)」という雑誌をつくりました。

雑誌をつくることが、自分がやりたいことを探す手がかりになったのですね。
WYPは同世代の5人でつくっていたのですが、僕たちのように、働き方やこれからの生き方を考えたいと思っている人は多いだろうなと思ったんです。だから、僕たちが見聞きしたことを共有しようという感覚で雑誌をつくっていました。
その経験が、出版業につながっていったと。
そうですね。WYPを始めたときは「出版をやりたい」と思っていたわけではないのですが、つくるうちに「自分は出版をやりたいんだ」と気づきました。
2011年に創刊号の取材でインドへ行って、同世代の人たちの働き方を追いました。2冊目は0.5号として日本で働く20代を取り上げて、その号が完成したタイミングで、メンバー5人全員が会社を辞めたんです。僕は、妻がゲストハウス開業の修業をしに行くタイミングで一緒にフィリピンへ渡って、他のメンバーもデンマーク、ベトナム、栃木と、それぞれの場所へ散っていきました。そのあと2014年にWYP3冊目となる1号をつくるためにリモートで集まって、デンマークを特集しました。1号が出来上がったのが、2017年です。
当時から、出版不況といわれていました。勢いのあるIT業界から出版業に進むことに、迷いはなかったですか?
みんながITに向かう流れがあるなかで、逆に紙に引かれたんです。あまのじゃくなんですよね。それに、何もないところから一冊の本という物体が生まれることに、すごく感動しました。WYPをつくったことで、本づくりの面白さを味わってしまいました。
真鶴出版を立ち上げて10年。川口さんが思い描いた未来になっていますか?
真鶴に来てから、思ってもいなかった方向に向かっている感じがあります。もともと会社を辞めたときは、海外向けの本をつくろうと思っていたんです。WYPも創刊号と1号には英訳をつけていて。当時、「KINFOLK」(2011年にアメリカのポートランドで創刊されたライフスタイル誌)が売れているのを見て、日本から発信する海外向けの雑誌もいいかもしれないと思って、ヨーロッパの書店を見て回りました。ただ、ヨーロッパでは「KINFOLK」のような雑誌は町の普通の書店にはほとんど売っていませんでした。普段はなかなか行かないアート系の書店とか、外国雑誌の専門書店にしか置かれていなかったんです。僕が海外向けの本をつくっても、アートに興味があるような一部の人にしか届かないのだとしたら、それは僕がやりたいことではないと思いました。
そこから、グローバルと真逆のローカルに目が向いていきました。以前はいろんな国の人のことを知りたかったけれど、真鶴に来てからはローカルをひたすら深掘りしていくことが面白いし、意味があることだと思っています。

グローバルからローカルへ関心が移っても、有名人ではなく、町の人たちに光を当てて話を聞く姿勢は変わらないのですね。
WYPをつくっていた時から、市井の人たちに興味を持っていました。特別な肩書がある人よりも、普段の日常を生きている“普通の人”を取材したいという思いがずっとあります。インドやデンマークの若者を取材してきたように、今は真鶴の人たちに話を聞いています。
ただ、本のデザインは変えています。僕はそれを「いとおしいデザイン」と呼んでいるのですが、とがったかっこいいデザインではなく、読む人を選ばない柔らかさを大切にしています。そうすれば、地元の人も都市の人も、似たような感覚で本を手に取ってくれるのではないか。たとえば、『やさしいひもの』や、真鶴在住の絵描きである山田将志さんの『港町カレンダー』は、地元の皆さんにも目を向けてほしいという思いを込めて、「いとおしいデザイン」を目指してつくっています。

巡ってきた企画を、真鶴出版らしく育てていく
本の企画はどのように生まれるのですか?
語れるほど多くは出していないのですが…、たとえば『奇僧 風外道人(復刻版)』(松本雲舟)は、ご近所さんからの提案で実現しました。風外という僧侶の禅画は、“ピーター・ドラッカーが最初に求めた禅画”として知られているのですが、その風外を世に広めたのが真鶴町初代町長の松本雲舟さんだと言われています。この復刻版は、その孫にあたる松本茂さんからお話をいただいて刊行しました。
2025年7月に第二版が出た『海のまちに暮らす』(のもとしゅうへい)は、コロナ禍で大学を休学して真鶴に移り住んで、真鶴出版でインターンをしていた青年の本です。文章と詩を書き、イラストも自分で手がけて、最近は漫画も描いているスーパーマンです。真鶴出版で個展を開催したタイミングで、彼が書きためてきたエッセーを一冊にまとめました。

縁あって自分たちの元に巡ってきた案件を、真鶴出版らしい本づくりにしているのですね。
パンフレットや地図など、いわゆる請負の編集仕事もしていますが、どんな仕事でも、自分が面白いと思う座組みを考えるようにしています。たとえば、いつものデザイナーやイラストレーターではなく、初めて一緒に仕事をするクリエイターに声をかけてみたりして。気になっていた雑誌のデザイナーに話を持ちかけたり、リソグラフ印刷と手製本に挑戦したりして、自分なりの挑戦のラインを設定しています。
そうやって、本づくりそのものを楽しむと。
そうですね。どんな案件でも、自分が面白いと思える関わり方を意識しています。一緒に本づくりをする人や進め方を工夫して、まずは自分が楽しめる状態をつくるようにしていますね。
取材・文/石川 歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子