ChatGPTが巻き起こした空前の生成AI(人工知能)ブームで顕在化した半導体不足。「GAFAM」は独自チップの開発を急ぎ、供給不足に対応する。圧倒的なシェアを誇るエヌビディアの次の一手とは。生成AIの5つの覇権争いを徹底取材した書籍『 生成AI 真の勝者 』から、AI半導体の覇権争いを描く。

勃発した半導体争奪戦

 状況が一変したのは2023年初頭だった。ChatGPTをはじめとする空前の生成AIブームで、GPUの逼迫(ひっぱく)が始まった。

 「AIに関わる全ての企業がプレッシャーにさらされている」。イスラエルのAIスタートアップ、AI21ラボのオリ・ゴシェンCEO(最高経営責任者)は真剣な表情で、2023年に始まったGPU不足をこう説明した。同社は高性能な生成AI技術を保有し、ChatGPTの開発企業である米オープンAIのライバルと目される注目企業だ。「AIを開発し続けるために、誰もがGPUを必要としている」と逼迫感を口にする。

 前例のない需要がある──。エヌビディア幹部は生成AIが要求するGPUニーズをこう説明する。ブームで一気に需給バランスが崩れ、GPU不足が顕在化。半導体争奪戦が勃発した。同社は「増産に向けて懸命に努力している」と言うが2024年時点でも供給は追いついていない。

 米国に端を発した空前の生成AIブーム。ChatGPTが世界的に流行する一方、グーグルなども矢継ぎ早にAI関連技術を投入し、巻き返しを狙う。シリコンバレーでは「生成AIなしに投資家は動かない」(米ベンチャーキャピタル幹部)と言われるほどテック業界の話題の中心になった。

 その生命線が、エヌビディアが独占的なシェアを握るGPUであることに変わりはない。英オムディアが2021年8月に発表した推計では、世界のクラウド・データセンター向けAIプロセッサー市場でエヌビディアは80・6%のシェアを占める(売上高ベース)。生成AIブームが到来した2024年も「AI向けではシェアはほぼ変わっていないだろう」と米半導体メーカー関係者はみる。

 なぜGPUが足りないのか。生成AIのコア技術である大規模言語モデル(LLM)は、パラメーター数や学習するデータ量などが増えれば増えるほど性能が向上する「スケーリング則」に従う。各社は優れたAIを開発するためより多くのデータを使った学習にしのぎを削る。

 結果、モデルの大きさは指数関数的に拡大。例えばオープンAIが2019年に発表したLLM「GPT-2」のパラメーター数が15億だったのに対し、2020年発表の「GPT-3」は1750億に急増。最新の「GPT-4」は1兆を超えるとも伝えられている。

 機械学習の大量の計算には、並列演算が得意なGPUが向く。オープンAIがChatGPTのトレーニングに1万基のGPUを使用するなど、AIプロセッサーとしてのデファクトスタンダードとなっている。生成AIブームで一気に需給バランスが崩れ、2023年春ごろからGPUの不足感が顕在化しはじめたわけだ。

 特に枯渇しているのが、AIに最適化した高性能GPU「H100」だ。カタログ価格は500万~600万円程度。2023年には、1.5倍の価格での取り引きもあったとされる。

 H100の発表は2022年3月でChatGPTが発表される前だが、GPT-3などで使われている機械学習のアーキテクチャーであるトランスフォーマーへの最適化が図られた。前世代と比較してトランスフォーマーの演算処理が最大で6倍高速になったという。

 米国では大手クラウドベンダーなどの大口顧客のほか、LLMを開発するスタートアップなどによる争奪戦に発展している。日本でも「サーバーにH100を搭載した」という事実が報道発表されるほどニーズが高まっていると言える。

 AI開発企業や利用企業の多くは、自社でGPUをサーバーに導入するのではなく、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などのクラウドサービスを経由して、オンデマンドでGPUサーバーを使用する。

 クラウドサービスでGPUサーバーを使用する場合、管理画面でインスタンスを選ぼうとすると、使えるサーバーがない場合は「待ち状態」になる。「一般的には、いつサーバーが空くかはユーザーの管理画面上からは分からない。定期的に管理画面で確認してもらうしかない」。大手クラウドベンダーの担当者はこう説明する。

 大手クラウドサービスを使ってH100を使用する米IT大手のエンジニアは、頻繁に発生する待ち状態に諦め顔。「2023年秋ごろは、ひどい時には使いたかったサーバー数の10分の1程度しか使用できない状態だった」と振り返る。

 独調査会社のスタティスタは、AI向け半導体の市場規模が30年に2022年比で8倍の1650億ドル(約24兆7500億円)に拡大すると予測。主要半導体メーカーでつくる世界半導体市場統計(WSTS)による2024年の半導体全体の市場見通しが約5759億ドルであることを考えると、AI向けの存在感が急激に増すことが分かる。生成AIによって需要は急変している。

 エヌビディアは目下、快進撃を続ける。2023年11月~2024年1月期決算は、AI向け半導体特需に支えられて純利益が前年同期比で8.7倍、売上高が同3.7倍に急増。2024年1月期通期の売上高は9兆円を超え、半導体メーカーで初めて世界首位に立った。同社はGPUの受注量を開示していないが、AI向け半導体などを担当するデイヴ・サルヴァトール ディレクターは「前例のないレベルの需要だ」と言い表す。「我々は非常にアグレッシブな事業目標を達成し、事業全体が(現在も)好調を維持している」(サルヴァトール氏)。

 グーグルやアマゾン・ドット・コムがAI向けの独自半導体を実用化する中でも、エヌビディア製GPUへの需要は衰えていない。米大手IT企業の半導体エンジニアはその理由を、「ソフトウエアを含めた開発フレームワークが充実しているからだ」と見る。

 例えば、エヌビディアはAI開発向けソフトウエア群「エヌビディア AI エンタープライズ」を提供する。深層学習(ディープラーニング)向けのデータ準備や学習、推論などに最適化したツールやデータ分析用のアプリケーションなど、4000を超えるソフトウエアから成るサービスだ。

 特に生成AIモデルを構築、カスタマイズできるフレームワーク「ニーモ(NeMo)」は開発者からの需要が大きい。GPUの利用を前提とした分散トレーニングの最適化など、「GPUメーカー」としての優位性をソフトウエアに応用し、競争力の高いフレームワークを構築している。

 前述したクーダなどのプラットフォームに加えて、ニーモなどAI向けに特化したフレームワークも多数用意。加えて、大学など研究機関への支援がGPUのスイッチングコストを限りなく高めた。ファンCEOの戦略がGPUをAI半導体で唯一無二のものとしたわけだ。

 「10年以上前から、ハードウエア以外にも投資してエコシステムをつくり上げてきた。その姿勢は尊敬に値する」。グーグルでインフラストラクチャーを担当するエンジニアはエヌビディアの戦略に舌を巻く。

これはAIのウッドストックだ

 2万人弱を収容する屋内競技場の真ん中に、巨大なステージとスクリーン。無数のライトで照らした光の演出は、まるで人気アーティストのコンサートのようだった。2024年3月、エヌビディアはプロアイスホッケーチームが本拠地として利用するシリコンバレーのアリーナで年次開発者会議「GTC」を開いた。

2024年のGTCで次世代GPU「ブラックウェル」を発表。発表会はまるでコンサートのようだった(写真:日経クロステック)
2024年のGTCで次世代GPU「ブラックウェル」を発表。発表会はまるでコンサートのようだった(写真:日経クロステック)
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 新型コロナウイルス禍を挟んで5年ぶりのリアル開催。世界中のエンジニアがAIで一人勝ちの状況を続けるエヌビディアの「次の一手」を見ようと集まった。「これはAIのウッドストックだ」。米バンク・オブ・アメリカのアナリストはGTCを、40万人の観客を集めて米国音楽史に残る伝説的イベントになぞらえた。

 「今日はコンサートではないことをご理解いただきたい。あなた方は開発者会議に来たのです」。トレードマークの革ジャンを着たファンCEOが舞台に上がってこう切り出すと、1万人以上が詰めかけた会場から笑いと大きな拍手が起こった。

 最大の見せ場だったのは、全ての参加者が期待したであろう「次世代GPU」の発表だった。ファンCEOは新しいアーキテクチャーである「ブラックウェル(Blackwell)」と新製品「B200」を発表。現行のアーキテクチャー「ホッパー(Hopper)」を使った最新GPU「H100」の後継となる。2024年内にも市場投入する予定だ。

 GPU需要の高まりはしばらく収まりそうにない。楽天証券経済研究所の今中能夫チーフアナリストは「GTCでエヌビディアの大手顧客であるクラウドプロバイダーからの強い需要が明らかになった。B200の生産能力が多くなれば電力消費の観点からH100の更新需要が発生する。同社製のAI向け半導体の需要が供給を上回る状態は2026年ごろまで続くだろう」と予測する。

生成AIでもうかるのは誰? 半導体はエヌビディアの一人勝ちが続く? AIが変える地政学って何? AIモデルやクラウドの勢力図はどうなる? 結局、日本企業の勝ち筋って何? 生成AIブームで勃発した「5つの覇権争い」の最前線をシリコンバレー駐在記者が徹底取材、その「知られざる勝者」に迫る。

島津翔(著)、日経BP、1980円(税込み)