生成AI活用の第一人者の深津貴之さんと、初の著書『#100日チャレンジ』が話題を集めている大塚あみさんを迎えて、ビジネスパーソンは生成AIとどう向き合えばいいのか、を語っていただきました。対談前編は、生成AIをめぐる今後の展望についてです。
編集部 まずは、今後ビジネスパーソンにとって「生成AIを使いこなす」とはどういう位置づけになるか、を教えてください。
深津貴之さん(以下、深津) 生成AIの登場を時間軸で捉えると「鉄砲伝来」に近いインパクトだと思います。鉄砲が伝来したらどうなったか。それまでは皆、刀で戦っていました。刀には長い歴史があり、武士道などの価値観も含んだものと思いますが、それはそれとして、鉄砲が伝来したら「撃たれたら負ける」という現実があります。真剣勝負の場では銃を導入せざるを得なくなりますよね。これが、今の生成AIをめぐる大きな流れだと考えるといいでしょう。この状況で「刀を使って銃に勝つ」という方法に固執するのは、現実的な選択というよりロマンチシズムになってしまうのではないかと思います。
大塚あみさん(以下、大塚) 「面倒だけど学ぶ方法が確実にあって、そのテンプレートが存在すること」は、生成AIでできてしまうようになりつつあります。今までは自らいろんなところで学んでそれを試す、ということに大きな価値があったかもしれませんが、現状ではChatGPTに聞けば教えてくれたり処理してくれたりするので、もう習う必要も覚える必要もないんです。そうした現実と向き合わずに生成AIを使わないでいると、不必要なスキルばかり貯(た)め込んで必要なスキルが残らない危険性があります。それではまずいのではないかと思います。
深津 時間の使い方が変わりますよね。これまで10年かけて修業を積み、ようやく身につけられていたようなスキルの市場価値や経済価値が、大きく失われてしまう可能性があります。
大塚 そうですね。ChatGPTを使う以前であれば専門家に直接聞かないと学べなかったことが、今はChatGPTがだいたい教えてくれるので、学習の参入障壁がすごく下がった印象があります。
深津 「10年かけて修業して習得したスキルで作ったもの」対「3日くらいでChatGPTに聞きながら作った」の差が徐々につかなくなる、というのが、さまざまな業界でこれから次々と起こっていきます。そのため、抽象化して述べると「修業期間が長く」「純粋な知的産業で」「トレーニングコストが高い」分野ほど、生成AIが入ることで、常識が覆される可能性が高いと見ています。
編集部 生成AIツールを使いこなすかどうかによって明暗が分かれる傾向が今後強まる、ということでしょうか。
深津 そうですね。例えば、純粋な知的産業で、専門性を身につけるために4年間大学に通い、2000万円を費やすような分野があるとします。しかし、生成AIを使えば、月額2000円のツールで同等の成果を得られる可能性があるとしたら、「高額な教育機関に通わなくてもいいのではないか」「アルバイトにプロンプトを渡せば代用できるのではないか」といった発想が現実味を帯びてきます。そうなると、産業構造とかビジネスモデルそのものが吹き飛ぶこともじゅうぶん起こりうるのではないかと思います。
既存産業に及ぶ激変の波、「車輪の再発明」は通用しない
編集部 そう考えると、個々のビジネスパーソン自体がそれを受け入れてやらなければいけないのと同時に、そういったマインドを持っていない社員がいる会社は立場が危うくなる可能性があるのでしょうか。
深津 そうですね。さらに、業界全体が危機にさらされるケースも出てくるでしょう。例えば弁護士や税理士といった士業は純粋な知的産業であり、修業期間と学習コストが高い点で、AIに置き換わりやすい条件を備えていると見ることができます。
大塚 私としては、AI単独で何かをするというのはまだ無理だと思います。ただ、専門家ができることが100個あったとして、そのすべてを専門家は網羅的に覚えているわけですが、個々の業務で実際に使うのはそのうちの一部なわけです。一部だけを覚えるコストというのはものすごく下がっていて、その意味で生成AIを使う利点は大きいものと思います。専門的に、すべて網羅的に学ぶ必要がない、ということを日々実感しています。
編集部 そうした傾向は、今後さまざまな業界で強まっていくのでしょうか。
深津 はい。例えば出版業界でも、極論すると、優れた取材力やコネといった人的ネットワーク、インタビューの技術さえあれば、その先の「面白い記事や本を作る」という工程は、生成AIによって自動化・同質化されると思っています。そういう世界になると、究極的には「あの著名人? 知り合いだからすぐにインタビューが取れるよ」といった人脈の差が、勝敗を決める要因になる可能性があります。取材の交渉やアポ取り、人的ネットワークの構築さえ押さえておけば、残りの9割の作業は生成AIによって自動化できる時代が来るかもしれません。
大塚 私も似たような結論になりつつあります。書籍になっているもの、すでに体系的な知識になっているものは誰でもアクセスできるので、それ自体の価値は下がっていって、反対に自らが体感できるもの、自らが得た知見、外に出ていないものの価値は高まっていきます。それを世に出す方法はChatGPTがいくらでも補ってくれるので、世に出すものそれ自体があるかどうかの勝負になってくると思います。
深津 検索エンジンのGoogleが世に出たとき、全人類の一般的な知識がすべてポケットに入ったといえます。さらに生成AIが出たことによって、全人類の一般的な知性までがポケットに入る段階に来たといえるでしょう。なので、過去に解かれた問い、一般論があるもの、スタンダードな解き方があるもの、などは全部生成AIに任せれば済むという話になっていきそうな気がします。
大塚 確かに考えてみると、一般的な解き方があると知られたものについては、もう「できるもの」と捉えている気がします。
深津 誰も考えたことのないアルゴリズムや課題は生成AIには不得意な分野ですが、一般的な課題、例えば「みんなが押したくなるログイン画面の作り方」とか「めっちゃ使いやすいヘルプページの設計」のようなものは、もう人類が考える必要はないのではないでしょうか。
編集部 ある意味では人類が車輪の再発明から解放される、ともいえるでしょうか。
深津 そうともいえるし、車輪の再発明では誰も許してくれなくなる、ともいえるかもしれません。この世にない問いでしかお金が稼げない世界になっていくのかもしれません。
「ブラックボックス」を見定めてから勝負せよ
編集部 一方で、知性をChatGPTに委ねすぎるとブラックボックス化してしまい、人間が真贋(しんがん)の検証をしにくくなったりする可能性はないのでしょうか。
深津 それはあるかもしれませんが、僕は個人的に、ブラックボックス化をあまり気にしないタイプなんですが、皆さんはどうですか?
大塚 私は、最初は自分でやるようにしています。何かコーディングを始めたときに、そのコードについてChatGPTに説明してもらい、それを理解したうえで次の指示を作るようにしています。それをしないと、ChatGPTに対して指示をするときの進展がないためです。スコアリングをして「60点を100点にしてください」などとしてもいいのかもしれませんが、そうしても本当に100点になっているかどうかの判断がつきません。結局は学ばないといけない――この点は変わらないのではないかと思っています。
深津 大塚さんの考え方に近い部分もありますが、少し違う立場です。例えば、ここにあるスマートフォン。僕は高速通信規格5Gの仕組みを知らないし、多くの内部部品の仕組みや設計内容も知りません。だけれども、スマートフォンを日々活用して、元気に生きています。そういうことなのではないかと思っています。
編集部 確かに、言葉だけ知っていてブラックボックス化しているものばかりですよね。
深津 スマートフォンをどう使えばビジネスにインパクトを出せるか、という部分さえ分かっていれば、その中身がブラックボックスでも別にいいかなと思ったりするんですね。
大塚 私はソフトウエアを作るとき、OS(オペレーティングシステム)の内部構造などを詳細に理解しているわけではありませんが、その上で動いているソフトウエアやサーバーの仕組みは分かっているので、そこはホワイトボックスなんです。
深津 さっきの例えでいうところの、スマートフォンの使い方の部分ですね。
大塚 そうですね。そういうブラックボックスとホワイトボックスの分け方をしています。
深津 結局のところ、ブラックボックスとホワイトボックスの境界が変わっていくだけであって、これは過去にも起きてきた現象です。意外と人類は見えない部分を見えないまま受け入れる柔軟性を持っているのではないかと思います。
編集部 言われてみれば、検証の心配をせずに機械に任せていることがすでにたくさんあることに気がつきました。何も生成AIに限った話ではないということですね。
深津 僕は印刷所のオペレーションを知らないけれど本は出せるので。
編集部 それは何を作るか、どういう成果をあげたいかによっても違うのでしょうか。
深津 そうですね。自分が潜る深さを理解しておけば、その深さより下のところは他に任せていいのではないかと。あるいは、一段深いところまで理解していればより良いけれど、二段以上深いところはとりあえず考えなくていいのではないでしょうか。人によるとは思いますが。
編集部 大塚さんはエンジニアなので、ソフトウエアを作るときは生成AIが出してきたコードを検証していますよね。
大塚 そうですね。生成AIが設計して出してきたコードはめちゃくちゃなことも多いので、繰り返し修正して仕上げなければなりません。私はエンジニアだから、ソフトウエアの構造を理解したうえで適切な指示を出す必要があります。
編集部 ブラックボックスの範囲というものが非常に興味深いですね。今後生成AIが進化していけば、範囲が広がっていくわけで。
深津 ブラックボックスの範囲が広がると同時に、逆に人間が自ら解く必要のある問題の範囲は減っていきます。例えば、課題が「オセロ(に似たゲーム)を実装する」であれば、ホワイトボックスとして自分で理解しておくことが理想です。
しかし、「オセロを作り、それをマーケティングし、大ヒットさせてプラットフォーム化し、対戦ゲームとして定着させる」という広い課題に取り組む場合、その中での実装部分はブラックボックスでも問題ないかもしれません。取り組む課題のスコープの広がりに合わせてブラックボックスで許容できる範囲も変わってくるのではないかと思います。
編集部 なるほど。どこまでを対象にするかで範囲が変わってくると。
深津 次第に生成AIが普及してくると、「優れた脚本を書く人」よりも、「企画・出演・演出・監督を一人でこなす」ようなマルチな人材が増えてきて、どの分野も勝負する範囲が広くなってくるのではないでしょうか。
生成AIを使いこなすための「守備範囲」の見極め
編集部 展望が見えてきたところで、生成AIを使いこなすためのマインドセットを教えていただけますでしょうか。
大塚 生成AIを使うとき、1行や2行のプロンプトで何でもやってもらおうとする方が多くいらっしゃいます。いわば「魔法の呪文」があることを期待しているような状態です。しかし、もちろんChatGPTは魔法ではなく、何をしてもらいたいかを明確に説明する必要があります。
ユーザーとしては最初に、何をやりたいかをしっかり把握しなければなりません。自分の能力以上のことはできないという現実を理解したうえで、自分の能力でできる面倒くさいことをChatGPTに任せる姿勢が重要ではないかと思います。
深津 基本的にはおっしゃっていることは正しいし、多くの方にそれを推奨します。自分にとっての理想の上司からの仕事の発注を想像し、それを文章に落とすのがよいと思います。9割の仕事では、自分が1番詳しい状態になったうえで、それをAIに任せるのが理想でしょう。
少しだけ異なる点としては、先述の一人総監督や、一人プロデューサーのような使い方をすると、仕事の全分野においてAIより詳しい状態で発注するのは現実問題、不可能になってしまいます。そういう場合はブラックボックスを飲み込みながら、自分の守備範囲外でも高得点を取る方法をいくつか持つ必要が出てきます。
例えば、僕が今から激売れの家具ECサイトを作るとします。生成AIを使ってワンマンオペレーションでやるのなら、発注オペレーションや工場の生産工程など守備範囲外の仕事でも平均点以上を出す方法を見つける必要があるのかなと思います。
大塚 私のやり方では、守備範囲外で平均点を出すことはできないものと認識しています。なので、それに関してはほかの人に任せるなりするしかないのではないかと考えています。ただ、畑違いの分野であっても、ある特定の状況については学べると捉えていて、個人で対応できるのはその範囲内だと思っています。例えば、税務の知識が知りたいときに、税理士並みの知識は持てないけれど、限られた状況に対する知識だけを得ることはできる――このように思っています。
そのため、自分の守備範囲内外にかかわらず、過信も軽視もせず、冷静に生成AIを使いこなすことが重要だと思います。
構成/進藤寛(日経BOOKSユニット第2編集部)、写真/小野さやか
大塚あみ(著)/日経BP/1980円(税込み)
深津貴之、岩元直久(著)/日経BP/2640円(税込み)







