感情や行動、健康までも左右する「脳」。世界各国の脳科学者によって日々新たな発見が続いている。例えば脳と精神的ストレスの関係。自分がいじめを受けなくても、その場面を「見ているだけ」で「うつ」につながる変化を起こすことが実験で明らかになった。その驚きのメカニズムとは? 日経ビジネス人文庫『最新研究でわかった!くじけない脳のつくり方』(毛内拡著)から抜粋・再構成してお届けする。

精神的ストレスが海馬に影響を与える?

 うつ病は、肉体的なストレスだけでなく精神的なストレスによっても発症するというのは、一般的に広く受け入れられています。

 しかし実際、このとき、脳では何が起こっているのでしょうか

 最近では、精神的ストレスによって海馬などの脳の部位に神経細胞の構造的・機能的な変化が生じ、それがうつ病の発症につながるという説が注目されています。

 しかし、動物実験においては、肉体的なストレスと精神的なストレスを切り離して実験することが難しいため、これを科学的に証明することは困難でした。

 例えば、普通のマウスを、体格も大きく攻撃的なマウスと1日に数時間同居させて、繰り返しいじめさせます。

 結果、社会的引きこもり状態や、好物に対する興味の喪失など、ヒトにも共通して起こり得る「うつ様行動」を引き起こすことができます。
 これを「社会的敗北ストレスモデル」といいます。

 しかしながらこの結果は、依然として肉体的ストレスという要因を切り離して考えることはできません

共感の元になる「ミラーニューロン」

 そこで、東京理科大学薬学部の研究チームは、社会的敗北ストレスを受けている状況を別のマウスに目撃させることで、精神的なストレスだけを与えられるのではないかと予想し検証を行いました。

 その結果、マウスはいじめを目撃するだけで、「引きこもり状態」になることが判明したのです。

 また、このマウスの海馬において、新たに生まれた神経細胞(新生ニューロン)の生存率が顕著に減少し、その影響は4週間にわたりました。

 一方、抗うつ薬であるフルオキセチンを投与すると、社会行動障害である「引きこもり状態」が回復し、新生ニューロンの生存が促進されました。

 脳には、自分が行動していなくても見ただけで活性化するニューロン(ミラーニューロン)があり、これが共感の基盤になっていると考えられています。

 誰かがいじめられているのを見て、もしくはニュースで聞いただけで心が痛むのも、この共感能力によるものなのかもしれません。

ポジティブな体験を意識的に取り入れる

 この研究は、精神的なダメージが脳の物理的変化に直結する可能性を示しています。

 不安やうつ状態を回避するには、日常的にポジティブな体験や効果的なストレスマネジメント法を取り入れることが重要です。

 例えば、心を痛めるようなニュースや、自分の力ではどうにもできないような情報(自然災害や悲惨な国際情勢など)からは、一定期間だけでも、できるだけ距離を置くようにして、小さなことでいいので日常のポジティブなニュースに目を向けるというのも、脳の健康と心のレジリエンス向上に大いに役立つのではないでしょうか。

デジタルデトックスで脳の健康をはかることも必要(写真:Peak River/stock.adobe.com)
デジタルデトックスで脳の健康をはかることも必要(写真:Peak River/stock.adobe.com)
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<参考文献>
Yoshioka, T. et al. A. Chronic vicarious social defeat stress attenuates new-born neuronal cell survival in mouse hippocampus. Behav. Brain Res., 416, 113536 (2022)
脳の特性を知ってストレスや老化に打ち克つ!

実はちょっとおバカで憎めない。驚異の再生力と柔軟性がある…のが脳の正体。その意外な特性や驚きの真実を、気鋭の脳科学者が最新研究とユニークなエピソードから解説。楽しく読めて役に立つ1冊です。

毛内拡著/日本経済新聞出版/880円(税込み)